あの人たち
程なくして謁見は終わった。一気に色んなことを告げられて、考えなきゃいけないことがあり過ぎる。とにかく部屋に戻って一息つきたかった。
「部屋まで送る」
無人になった玉座に背を向けて歩き出したら声をかけられた。皇子の表情が沈んでいるのは、もしかして気を使ってくれているのだろうか。
「……ありがとうございます」
拒否する理由もないけれど、正直言うと一人にして欲しかった。考えたいこと、考えなきゃいけないことが山ほどある気がしたから。でも拒否権はない。騎士らに先導されながら自室へと向かった。
父と王妃、異母姉が処刑。父と王妃はそうなるだろうとの予感があったから、特に驚きはなかった。父とこれから死に別れると言われても特に感じるものはなかった。残念なことに生物学上の父というだけで、心温まる想い出はない。少なくとも私の記憶には残っていなかった。
子どもの頃、父とは今よりもずっと多く顔を合わせていたけれど、父が会いに来たのは母であって私ではなかった。父が来ると私は別室に連れていかれて、戻った頃には父はいなかったし、母はぐったりしていたっけ。その後の母は近づき難くて怖かった。時には顔を見せないでと怒鳴られたこともあった……
「その……あんまり気を落とすなよ」
「……え?」
意外な言葉が聞こえた気がしてその主を見上げた。赤い目はいつもより精彩を欠いているように見える。どうして皇子がそんなことを言うのかと一瞬疑問に思ったけれど、実父と半分とはいえ血の繋がった姉の死を告げられたばかりだった。
「まだ、実感がなくて……」
「そうか」
「でも、こうなる予感もありましたから……」
全くその通りで、その期限がはっきりしただけ。異母姉も一緒なのが意外だったけれど、これまでの態度を思えばそれも仕方ないと思えるものだった。
「その……気を落とさないように」
「……ありがとうございます」
お礼を言うのも違う気がしたけれど、他の言葉が浮かばなかった。もしかしたら混乱しているのかもしれない。まだ頭が霞みがかったような気がするし。その後も殆ど話すことなく部屋に着いた。皇子はまだ何か話したそうにも見えたけれど、それを無視した。今は誰とも話したくなかった。
「十日、か……」
天井を見上げながら、彼らに会うか考えた。部屋が闇に覆われても、ベッドに横になっても眠気はやってこなかった。それでも、青白い室内は心を落ち着けてくれた。
彼らに愛情を感じたことはないし、このまま会わなくてもいい気がした。向こうだって会いたくないだろう。王妃や異母姉にとってはいい嫌がらせになるかもしれないけれど、こっちも嫌な気分になるのは明らかだ。わざわざ嫌な気持ちになる必要はないように思えた。
エリクだって会わないと言ったのだ。アシェルでの私たちへの彼らの態度を知っているから、帝国だって私たちを責めたり薄情だと思ったりはしないだろう。実際、それだけのことをされてきた。特に王妃と異母姉には散々苦しめられたから。
だからと言って、優位に立てたことを嬉しいとも思えなかった。彼らの先にあるのが死だからだろうか。それをすれば彼らと同じレベルに落ちるだけ、それは自分で自分を貶める行為のような気がした。
一方で、この十日を逃せばもう二度と会えない。その事実が重くのしかかってきた。話しておいた方がいいのだろうか。
最初に浮かんだのは虚ろな目をしていた父だった。あんなにも母に嫌われていたのに、王妃とその実家からの風当たりが強かったのに、どうして父は母に執着したのか。母亡き後、どうして私を放っておいたのか。あの男は私たちのことを、いや、王妃や異母姉のこともどう思っていたのだろう。志尊の地位にいながら、父は常に王妃に頭が上がらず、それでいて反抗しているように見えた。無気力で、何の感情も感じさせなかったあの男は、今、何を考えているのか。
王妃だってそうだ。自分を裏切った男にどうして執着していたのか。私だったら浮気した時点で愛情など枯れただろう。美しくプライドが高い彼女が凡庸と陰で笑われていた父に執着する気持ちがわからない。一方で、これまでにされたことへの恨みを今は感じなかった。死という罰が待っているせいだろうか。
異母姉は……一言では言い表せないものがあった。姉という感覚はないし、嫌な思い出しかない。ただ、年が近くてここにきて共に過ごした時間があったから、父や王妃よりも身近に感じていた。その中で感じたのは、異母姉も父や王妃の犠牲者ではないかとの疑念だった。彼女の価値観は王妃らによって作られたもので、親があれでなければ真っ当に育ったかもしれない。帝国の再教育で矯正出来ればよかったのだろうけど、半年ほどでは無理だった。最初の予定通り一年あれば……と思ってしまう。
それでも……会いたいかと問われると、躊躇する気持ちの方が大きかった。会って嫌な思いをするなんて馬鹿馬鹿しい。彼らが私に謝ることはないし、そもそも悪いことをしたなんて思っていないだろう。生き延びた私を憎み、罵詈雑言が飛んでくる可能性の方が高い。帝国での穏やかな生活に慣れてしまえば、わざわざ罵倒されに行く気にはなれなかった。
翌日も、その翌日もいつも通りの授業が行われた。そのことにホッとした。何もすることがない方が気が滅入りそうだったから。それでも、以前ほど授業に身が入らなかった。こうしている間にも父たちの死が迫っていると思うと落ち着かなかった。
そんな日が四日続いた昼の午後、皇子がやってきた。
「ソフィ嬢、王たちに会うと聞いたが?」
少し慌てた様子の皇子がやってきた。
「会って、大丈夫なのか?」
心配してくれているらしい。意外だけど一番驚いているのは自分に対してだった。どうして会おうと思ったのか、自分でもわからない。それでも、会わなければいけないような気がしたからだ。
「はい、これが最後になると思うので……」
会ったところで嫌な気分になるだけかもしれない。そう思うけれど、後で会っておけばよかったと思うよりはマシな気がした。嫌な気分になれば処刑されても仕方なかったと思えるだろう。




