王族への処分
(しょ、処刑って……それに私が、王妃……)
情報の数は少なくても、その中身が問題だったせいかすんなり頭に入ってこない。異母姉まで処刑? 王妃になるのは彼女じゃなかったのか。いや、再教育では無理だったか。それに王妃が私って……あの皇子の妃? 弟は処刑じゃない? そこはよかった。よかったけど……ああ、何から考えたらいいのかわからなくなってきた……
「しょ、処刑……? わ、私たちが……?」
混乱し始めた私を止めてくれのは、異母姉の呟きだった。ああ、そうだ。まさか自分が死を賜るとは思わなかったのだろう。帝国で再教育を受けていると聞いていたから、生涯幽閉辺りかと思っていたのに……
「ど、っ、どうして私たちが処刑なのです? わ、私たちはアシェルの王族なのよ!?」
「そうですわ! なのになぜ側妃が産んだ子供だけ生き残るのよ。そんなのあり得ないわ!!」
王妃も異母姉もこの決定が理解出来ずにいた。王妃はともかく異母姉もわからないのだろうか。帝国の教育を受けていればわかりそうなものなのに。
「それに側妃の娘が王妃ですって!! 私の、正妃の娘を差しおいてそんなこと、許しませんっ!!」
「そうですわ!! どうしてソフィなのよ!! あんな卑しい血筋の女がっ!!」
その腕に異母姉を抱きしめながらそう叫んだ王妃は、必死に我が子を守る手負いの獣のように鬼気迫るものだった。こんな場面なのにそんな王妃の母心に感心してしまう。私には一度も向けられた事のない思いだったから。
「こんなの間違っている!! アシェルの王族を害するなど許しません!!」
王妃が必死に叫ぶが、その横で父王はそんな王妃を熱のない目でただ見ているだけだった。人形のようなその様は得体が知れなくて一層不気味に見えた。
「ほう、許さんとな。だが、そなたの許しなど必要ないが?」
「何ですって!?」
「敗戦国の元王妃風情が何を言う? 何と叫ぼうともこの決定は下らぬ」
「は、敗戦国だなどと……!」
「敗戦国であろう? 降伏したのはそちらだからな」
「あ、あれは……」
急に王妃が口籠った。どうやらあの降伏は形だけで、裏ではネルダールと組んでいたのだろう。密約があったと言っていたし。
「何ならこの場で処刑しても構わぬぞ? そうしたところで誰も咎めはせぬ」
「な……!!」
皇帝陛下が腰に下げた剣に手を伸ばすと、王妃の表情が凍り付いた。ようやく現状を理解したらしい。ゆっくりと表情が力を失い青褪めていった。王妃たちが帝国を蛮族と蔑む一因が、皇帝自ら罪人を処刑したという逸話だ。ここで本当に切られるかもしれないと思ったのだろう。異母姉も怯えた表情で王妃に縋りついていた。
「大人しくしておれば、娘の命は助かったであろうにな……」
皇帝陛下が小さくため息をついた。これまでの私たちへの対応からも帝国は出来る限り私たちを生かそうとしていたように思う。帝国の思想教育もその一つだったのだろう。アシェルの考えのままでは、王族としてふんぞり返ったままでは帝国で生きられないから。私たちを生かそうとしていたのは父たちではなく仇敵だったのだ。
「処刑は十日後に処す」
「じょ、冗談ではありませんわ。王族を処刑などと!」
「何を言っている? 宣戦布告した時点でその覚悟があったのではなかったのか? 負ければ命はない。それが戦争であり、国を率いる者の責任だろう」
陛下の言うことは尤もだった。無辜の民を巻き込むのだからそれくらいの覚悟をもって開戦したのではなかったのか。それとも、負けるなどと思わなかったのか。いくら何でもそれは考えなしではないだろうか。
「今更国に連れて帰るのも手間がかかる。十日後に毒杯を授ける」
(毒杯……)
処刑は免れないと思ってはいても、具体的に告げられた言葉が重かった。父が、王妃が、異母姉が、十日後に……
「ど、毒杯って……」
「心配するな。苦しむような毒ではない。それまでの間、望むなら家族で過ごす許可を与えよう。好きにするがいい」
「十日……」
異母姉が茫然と呟き、王妃が皇帝を睨みつけた。その豪胆さは大したものだと思う。父は熱のない目を皇帝に向けていたけれど、やはり感情らしいものは何も読み取れなかった。
「残念だったな。最初から我らを謀らなければ、少なくとも娘が死を迎えることはなかっただろうに」
「な、何、を……」
「アシェルの謁見の際、お前はこう言ったそうだな。『金の髪と青い瞳の王女が側妃の子だ』と」
「あ……」
王妃が茫然と異母姉を見つめた。もしかしたらあの時、異母姉の処遇は決まっていたのだろうか。あの時嘘を吐かなければ、帝国でもっと謙虚に振舞っていたら、その未来は変わったかもしれないと?
「…………」
王妃がガクッと床に崩れ落ち、両手で身体を支えるように蹲った。騎士たちが困惑しながらもその周囲に立っていた。暫くすると異母姉を支えにゆらりと立ち上がった。
「……ソ、フィ……」
王妃が私の名を呼んで、思わず身構えた。あの王妃が私に用があるのはいつだってろくでもない理由だったからだ。騎士たちが見守る中、王妃が私にゆっくりと近付いた。武器も何も持たないせいか、騎士も様子を見ている。滅多なことはないと思いながらも、警戒心が増した。
「……ッ!!」
次の瞬間、何かが飛んでくるのが視界の端に見えて思わず目を瞑った。その瞬間何かに包まれて、その後硬い物が床に落ちる音がした。目を開けると視界が黒一色で、何かと思ったら皇子だった。
(ヒィッ!)
何でここにいるのか。いつの間に移動してきたのか。しかも何故か抱きしめられている形になっているのか……
「放せ!! 放しなさいったら!! 殺してやる!! 殺してやるんだからぁ!!」
混乱する頭が捉えたのはいきり立つ王妃の罵声だった。
「鎮まれ!」
「暴れるな!」
見れば騎士たちが二人がかりで王妃を拘束しようと近付き、王妃は抵抗して手を激しく振り回していた。
「あの女……! あの女のせいで私は……!!」
両手を後ろ手に拘束されながらも、王妃は私を睨みつけてまだ叫んでいた。
「見苦しいな、アシェルの元王妃よ」
「うるさいわね!! 私を馬鹿にしないで! 私は王妃なのよ!! 愛されているのは私なのよ!! なのに、あの女! あの女が……っ!!」
騎士が猿ぐつわをしたところでようやく会場が静かになった。騎士に拘束されながらも尚も抵抗する王妃に、異母姉すらも青褪めた表情で距離を取っていた。あんなに怒りに我を忘れた姿を見たのは初めてなのだろう。それにしても、どうして母をあんなにも憎むのか。母は父の愛を望まず、むしろ憎んですらいたのに。
「連れていけ」
皇帝陛下がそう命じると、騎士たちが父と王妃、異母姉を連れて出て行った。王妃は最後まで抵抗していたけれど、父は結局一言も発することなかった。彼らのいた場所には、靴が片方だけ残されていた。




