皇后のお茶会
(再教育、上手くいっていないみたいね……)
皇后様を否定しかねない異母姉の発言に頭が痛くなる……ことはなかった。出てきたのはやっぱりという諦観だけで、私が心配する必要なんてなかった。ソフィの名で失態を重ねて欲しくなかっただけで、帝国がわかっているなら問題ない。
「ふふ、皆に言われるわ」
皇后様は笑みを浮かべて軽く流している。同じことを何度も言われているのだろう。
「なのにどうして行かれますの? スラム街は危険で臭くて、平民ですら滅多に足を踏み入れないと聞きますわ。御身に何かあっては大変ですのに」
思ったよりもまともな言葉が返って来て驚いた。皇后様の心配をするなんて意外だ。
「確かにスラム街は危険よ。私も一人では行かないわ。でも、民の中で最も救いを必要としているのは彼らよ。見て見ぬふりなんて出来ないわ」
皇后様の言葉には揺るぎがない。本気でそう信じていた。
「素晴らしいですわ……」
異母姉がうっとりと、夢見るような目で皇后様を見上げていた。まさかあの異母姉がそんなことを言うなんて。
(再教育って、そんなに凄いの?)
あの異母姉が真っ当になるなんて……それならば父王や王妃が受ければマシな人間になるのではないだろうか。
「ふふ、では、あなたもいらっしゃる?」
「え?」
「一緒にスラム街の慰問にいらっしゃる? 大丈夫よ、ちゃんと護衛は付けるから」
「……は?」
皇后様の言葉に異母姉の顔が引き攣った状態で固まった。再教育が上手くいっていると思ったけれど、それは表面上だったみたいだ。
「アシェルの王妃になった方には、是非私のようにスラム街の救済をお願いしたいと思っているの。あなたがそんな風に言ってくれるなら嬉しいわ」
にこにこと笑顔で話す皇后様を、異母姉は信じられないような目で見ていた。アシェルに行って自分が先に立つなんて考えてもいなかったらしい。でも、確かにそれは必要なことだと思う。
「ふふ、今度行く時にはお声をかけますわね」
「え? で、でも、私たちはまだ外には……」
「大丈夫よ。私が願えば皇帝陛下は否やとは仰いませんから」
自信に満ちたその言葉に、皇帝陛下と皇后様の力関係を見た気がした。
「ふふ、あなたもどうかしら?」
皇后様が笑みを浮かべたまま私にも声をかけて下さった。
「勿論です。お声をかけて頂きありがとうございます」
私に否やがある筈もない。このことは以前ティアからも聞いていたから驚きはなかった。アシェルに行ってやらなければいけないのなら、実際にこの目で見ておきたい。帝都のスラム街を見られるのはいい経験になるだろう。
「じゃあ決まりね。行く日はまたご連絡しますわ」
「はい、楽しみにしています」
「はい……」
異母姉は納得いかない様子だったけれど、そんな皇后様を憧れていると言ってしまった以上、行かないとは言えないだろう。それを相手に悟られるのはどうかと思う。もう少し上手く誤魔化せないのだろうか。
「そうそう、アルヴィドとはどうかしら? あの子、不愛想なところがあるから心配しているのだけど……」
「ふふ、そうですわね」
皇后様の言葉に皇太子妃のカイサ様が笑顔で頷いた。カイサ様も第二皇子妃のエイラ様も皇子と同じくらいの年に見える。
「はい、アルヴィド様にはよくして頂いていますわ。とってもお優しくて、何かと気を使って下さいますの」
待っていましたと言わんばかりに異母姉が嬉しそうに答えた。先日の皇子の様子とは随分違う気がする。どちらかが事実とは違うことを言っているのだろう。この場合、怪しいのは異母姉だろう。
「まぁ、アルヴィドがねぇ。意外だわ」
「そうなのですか?」
「ええ。女性に興味があるのかしらと心配だったから。でも、大丈夫そうね」
「はい、アルヴィド様はよくお話して下さいますし、とても親切ですわ」
あの皇子がよく話し親切……とてもそんな風には見えないけれど……まぁ、親しくなればよく話すのかもしれないけれど、親切は……どうなのだろう。
「あなたは? 困っていることはない?」
皇子と異母姉のことを考えていたらこっちに話が振られた。
「はい、よくして頂いております」
頻繁にやって来てお茶を飲んでいくけれど、特に親しい……わけではないだろう。それをわざわざ異母姉に話す必要もない。もし異母姉の方に行っていないのなら騒ぎ出しそうだし、それはそれで面倒な気がする。
「そうなのね。アルヴィドからもよくあなたの話を聞くわ。ああ、ごめんなさいね、時間が空くと顔を出しているみたいで。勉強の邪魔になっていたらティアに言ってね」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
無難に返したけれど、異母姉が一瞬ムッとした表情を浮かべた。以前ならそのまま文句を言って来ただろうけど、それをしなかったのは一歩前進かもしれない。
「ふふ、仲良くしているようでよかったわ。これからもよろしくね」
「は、はい! 勿論です」
「お気遣いありがとうございます」
元気に返事をする異母姉の姿に、皇子から言われた言葉を思い出した。選考期間なのに平等にする必要がないとはどういうことだろう。その意味を尋ねようとしたところでお茶会の招待状を出されて有耶無耶になったけれど、今思えばちゃんと聞いておけばよかった。
それから程なくしてお茶会はお開きになった。皇后様も皇子妃のお二人も始終感じよく、敵国の王女に対して悪感情を持っているようには見えなかった。それが建前でも、あからさまに貶められることがなかったことに安堵した。




