皇后と二人の皇子妃
十日はあっという間に過ぎ去り、皇后様のお茶会の日を迎えた。
「ソフィ様、お綺麗です!」
「よくお似合いですわ!」
ティアをはじめとする侍女たちの称賛が室内に響いた。鏡に映るドレス姿の自分に暫く声が出なかった。鏡の中の私はいつもの私と同一人物とは思えなかった。
絶対にドレスに負けると思っていたのに、そのドレスは私によく似あっていた。落ち着きのある赤みのある黄色は私の薄茶の髪にうまく調和し、赤の差し色とアクセサリーがいいアクセントになっている。デザインがシンプルな分だけアクセサリーが際立ち、赤色が少ないのに引き立っていた。
髪は後ろの半分は下ろして、サイドと後ろの上の方は編み込んで所々に赤い石が付いた小さな髪飾りが散っていた。こちらも薄茶の髪によく映えている。さすがセンスがいいなと感心してしまった。
「凄いわ……私じゃないみたい……」
「ソフィ様はちゃんと着飾ればお美しくおなりですわ」
とても信じられなかったけれど、帝国に来てから生活の質が良くなったせいか、前よりも肌や髪の艶は出てきたし、身体にも肉が付いて棒切れから貧相くらいには進化したと思う。
「ソフィ様、皇后様のお庭までご案内致します」
侍女の中でも年配で位が高そうな女性が護衛を引き連れてやってきた。この宮から出るのはここに入った時以来だ。
中庭を抜けて本宮に入り、幾つもの廊下を曲がって辿り着いたのは、まるで森の中のような庭だった。生け垣もアシェルなら大輪の華やかな花々が咲き乱れていたけれど、ここにはそんな華はなく、小ぶりの花が優しく風に揺れていた。低木や草花に隠されるようにある四阿は中庭の倍はありそうだ。そこに侍女や護衛騎士の姿が見えた。あそこが会場らしい。緊張感が一気に増した。
「王女殿下はこちらに」
案内役の侍女が示した席に座った。まだ異母姉も来ておらず、私は座って他の参加者の訪れを待った。
「お寒くありませんか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「お気になることがございましたらお申し付けください。私に言いにくいようでしたらティアが承ります」
「お気遣いありがとうございます」
にこりともしないけれど気遣いは感じられた。改めて周囲を眺めるも確かに王宮の庭とは思えない趣だった。私は静かで落ち着くけれど。この庭を見て異母姉が失礼なことを言わないか不安になってきた。再教育が効いているといいのだけど……
程なくして別の一行がやってきた。異母姉だった。今日は薄青に金の差し色のあるドレスで、デザインは私のものと同じだった。異母姉の方が身体にメリハリがあるせいか、色っぽく見える。やはり体格の差は大きいと少し落ち込む。それにたくさんのアクセサリーが花を添えていて一層豪奢に見えた。
案内されたのは私の隣だった。丸テーブルには空席が四つあるので、皇后様たちはそこに座られるのだろう。
「ごきげんよう、お姉様」
「ごきげんよう。お元気そうね」
向こうから声をかけてくるとは思わなかったけれど、これも再教育の賜物だろうか。特に疲れなどは見えないので、再教育が過酷というわけではなさそうだ。話しかけるべきかと考えている間に、近くに控えていた侍女と護衛が一斉に一方を向いて頭を垂れた。多分皇族のどなたかがいらっしゃったのだろう。私も立ち上がって彼らに習った。異母姉のドレスが揺れるのが見えた。
「お待たせしましたわね。ああ、顔を上げて下さいな」
声に従い顔を上げると、中年の女性と、その後ろに私たちよりも少し年上の女性二人が佇んでいた。皇后さまと皇子妃のお二人だった。
(この方が……皇后様と、皇子妃の……)
皇子の美貌から母君もさぞかし華やかな美女なのだろうと思っていたけれど、皇后様は素朴な容姿の女性だった。少し暗めの金の髪に赤紫の瞳で、皇子とはあまり似ていない。黒髪が皇太子妃殿下で、銀髪が第二皇子妃殿下だという。三人ともシンプルなドレスと最低限のアクセサリーのみで、大陸一の権勢を誇る国のトップの配偶者としては随分と地味に思えた。よほど私たちの方が贅を凝らしている様に思えて、却って居心地が悪かった。
「この度はご招待頂きありがとうございます。ご尊顔を拝謁出来て光栄至極にございます」
まだ入れ替わりを解消するとは聞いていないから、私がアンジェリカとして振舞わなければならないだろう。そう思って先に挨拶をした。
「妹のソフィにございます。仲良くして下さると嬉しいですわ」
異母姉は相変わらずソフィとして振舞っていた。入れ替わりが帝国にばれていると聞いていないのか。
「皇后のセリーシアよ。こちらは皇太子妃のカイサ、その隣が第二皇子妃のエイラ。アンジェリカ様にソフィ様、初めまして」
お三方は笑顔を私たちに向けていたけれど、私たちをどう思っているかはわからなかった。皇子からエヴェリーナ様の出席を聞いていたけれど、まだ姿がない。どうしたのだろう。そんな事を思っている間に皇后様たちが着席され、お茶会が始まってしまった。
「驚いたでしょう? 帝国の皇后がこんな地味な私で」
そう言ってコロコロお笑いになるお姿に、皇后様の強さを感じた。きっと周囲から色々言われてきただろうに、それを笑って言い放ってしまえるだけの強さがあった。そう言えるだけの寵愛も信頼もおありなのだろう。皇帝陛下と皇子殿下たちの妃への愛情深さは有名だ。この国の皇族は見た目ではなく中身で相手を決めているのだとはっきりしていた。
「そんなことはありません。皇后様の帝国への献身は皇帝陛下もお認めになっていると伺っております。誰にでも出来ることではないとも」
「まぁ、そうかしら?」
「はい。侍女たちから皇后様のことを教えて頂いたのです。帝国内の貧民街の改善と孤児の救済をなさっていると。時には自らスラム街にも足を運ばれ、情況をご自身の目でお確かめになると」
男性でも護衛を伴っていてもスラム街に足を踏み入れるのは勇気がいると聞く。
「まぁ! 皇后様自らスラム街にですって?」
大袈裟なほどに驚きの声を上げた人物がいた。確かめなくてもその相手がわかった。




