皇后からの招待状
帝国が私と異母姉の入れ替わりを最初から理解していた。その事実は私に思った以上の安堵感を与えてくれた。聞けばティアたちも最初からわかっていたという。ティアたち侍女や護衛も最初から知っていた。接触する者を最小限にとどめ、監視されていたのだ。
そんなわけで、皇帝と皇弟殿下の許可が出れば元に戻れるという。ただ、皇子が言っていたように皇弟殿下には何か思うところがあるらしく、それが終わるまでは現状維持を命じられた。このことを異母姉は知らない。知らせる必要はないと皇子は言った。
「それで、どうしてここに来るんですか?」
あれからも皇子は時間が空くとここに来てはお茶を飲んでいく。その行動が謎だ。異母姉のところには行っていないと言っていたけれど、いいのだろうか。
「あの、まだ選考期間中ですよね?」
「そうだな」
「平等にしなくていいのですか?」
「もう必要ないから問題ない。気にするな」
「……え?」
どういう意味だ、それは。気にするなと言われたけれど、そう言われると余計に気になる。再教育になって異母姉が遅れているようだけど、まだ選定期間は半年残っている。まだ挽回する余地はあるだろうに。
「今日はこれを預かってきた」
皇子がテーブルに置いたのは、薄青色の封筒だった。厚手の紙だけど洗練されたデザインで、蝋印もついている。いかにも高貴な方からのものだ。
「開けても?」
「無論。あなた宛てだ」
封を開けると中に入っていたのはお茶会の招待状だった。誰だろう、私をお茶に招待だなんて。差出人は……
「皇后様!?」
思いがけない大物に腰が浮きそうなくらい驚いた。まだ顔合わせすらしていないのに、いきなりお茶会だなんて……
「姉にも同じものが届いている」
「姉にも……ほ、他の出席者は?」
「エヴェリーナだな。あとは義姉上たちが出るだろう」
「義姉上って……」
「俺の兄、王太子と第二皇子の妃だ」
皇后様だけでも大事なのに、皇子妃がお二人も? お茶会なんて皇子やエヴェリーナ様とのそれが初めてだったのに、いきなり最高位にいるお妃様たちと……恐れ多くて眩暈がしそうだ。
「茶会は十日後。場所は王族専用の奥庭園だ」
「奥庭園……」
「ああ、あそこは母上が手ずから花を育てているお気に入りの場所だ。王宮とはまた違う趣があっていいぞ」
「そ、そうですか……」
どうしよう。花の種類とかあまり詳しくないのだけど……話についていけるだろうか。
「こ、皇后さまは、どんなお花がお好きなんですか?」
「母上か? そんなことを聞いてどうする?」
「私は花には詳しくなくて……十日もあるなら本を読むなり誰かに教えて貰えるなりすれば、話についていけるかと」
花だけじゃない。他にもどんなことがお好きなのだろう。お茶会に出たことがないからどういう流れなのかもわからない。ここはティアやマナーの先生に聞けば教えてくれるだろうか。
「なるほどな。まぁ、母上は花が好きだが、奥庭園で世話をしているのは素朴で役に立つ花だ」
「素朴で、役に立つ……」
素朴はいい、わからなくもない。大輪の花よりも野にある花が好きだという人もいるし、私も大輪の花は綺麗だとは思っても何となく落ち着かないから。でも、役に立つってどういうことだろう。食べられるとか? そういえば食べられる花があると聞いたことがある。
「まぁ、十日もあるんだ。ゆっくり調べる時間はあるだろう」
「は、はい」
授業量が減ったから、それくらい調べる余裕はあるだろう。部屋に戻ったら早速ティアに相談してみよう。
「当日の衣装はこちらで準備する。女同士の気さくなものだ。気負わずに来てくれ」
「女同士の気さくなもの」といわれるものほど闇が濃いのだけど……少なくともアシェルではそうだった。侍女として側に控えていたけれど、あんな場に入りたくないと何度思ったことか。あれは特定の人物を寄って集って袋叩きにする場という印象しかない。皇后様や皇子妃様たちの人となりを存じ上げないだけに不安しかない。エヴェリーナ様への失礼な振る舞いもご存じだろうから、きっといい印象を持たれていないだろう。早くも胃が痛むような気がしてきた……
皇子が帰った後、ティアに頼んでマナーの先生と花に詳しい人を呼んでもらった。お茶会でのマナーや流れを教えて貰い、花が詳しい方からは図鑑をお借りし、ティアには今帝都で流行っているものを簡単に教えて貰った。とにかく話題についていけるかが問題だ。アシェルでは話に付いていけないだけで馬鹿にされ、次に招待されることがなかったから。
予定していたお茶会の二日前、ドレスと宝飾品一式が届いた。
「お茶会よね?」
「はい」
「ちょっと豪華すぎない?」
「いえ、皇后様がご出席なさるならこれくらいは必要かと」
ティアがあっさりそう答えたけれど、届けられたドレスは見るからに上質な生地で出来た立派なものだった。お茶会どころか夜会に着て行っても問題なさそうだ。いくら皇后様がいらっしゃるとはいえ、皇室は華美なことは好まないと聞いていたけれど……
ドレスは赤みが強い落ち着きのある黄色で、ところどころに赤の差し色が入っていた。あまりフリルやレースは使われていないシンプルなデザインで、却って品よく見える。それでも、地味な私ではドレスに負けてしまわないだろうかと不安になってくる。首飾りなどは赤い石があしらわれている。立派過ぎて着るのが恐れ多い。庭でのお茶会だけど、汚したりしないだろうか。出来れば室内がよかった。
「さぁ、ソフィ様。当日まではお肌やお髪の手入れもしっかりしましょうね」
ティアが張り切っていた。この部屋では侍女たちも私をソフィと呼んでくれるようになった。それだけでも大事な何かを取り戻した気分になった。異母姉になり切ってやると思っていたけれど、どう頑張っても「アンジェリカ」にはなれないと思い知らされた半年だった。




