入れ替わりの真相
ずっと感じてきた違和感は、やっと形になった。帝国がアシェルなんかに騙されるとはと幻滅したけれど、ここでの暮らしは疑念を膨らませるものだった。表面上の言葉に騙されるような相手じゃないとの思いは、日に日に募っていったから。
それに……アシェルには帝国の間者がずっと居た筈だ。隠していた「ソフィ」のことだって知っていたじゃないか。だったらあの時点でソフィが「薄茶の髪とヘーゼルの瞳」だったこともわかっていたはずだ。どういうことだとの念を込めて皇子を見上げると、ふっと笑みを漏らした。
「やっと気が付いたか」
「な!」
やれやれといった風の言い方に、何時気付くか待っていたのだと理解した。知っていて面白がっていたなんて……!
「……悪趣味です」
思わず睨みつけてしまったけれど、慌てて顔を戻した。でも、それが出来るくらい今の皇子の纏う空気は柔らかかった。
「まぁ怒るな。これも試験の一つみたいなものだったんだ。怒るなら叔父上にしてくれ。あれを是としたのは叔父上なんだからな」
「皇弟殿下が?」
「当たり前だろ? あの場で権限を持っていたのは叔父上だぞ? 俺はただの副官、使い走りだ」
楽しそうに話す姿に驚いたけれど、そう言われてみればそうだったかもしれない。あの時皇子は発言していなかったし、玉座にいたのは皇弟殿下だった。
「どうしてこんなことを?」
こうなったら問い詰めてやる。そんな思いが湧き上がってきた。知りたいことは山ほどあるのだ。聞く機会がなかったし、聞いていいのかもわからなかったから聞かなかったけれど。軽く睨みながら皇子の答えを待っていたら、何故かクックッと喉を鳴らして笑い出した。遊ばれているような気がするのは気のせいだろうか。
「アシェルの王族が腐っているのはわかっていた。ずっと内偵を忍ばせていたんだからな。最後まであがくだろうと思っていたから好きにさせていたんだ。まさか姉妹を入れ替えようとするとは思わなかったが、姉姫を守るためと思えばまぁ、わからなくもない。そんなことが通用すると本気で信じていたのは笑えたがな」
「……それは、申し訳ございません」
それに関しては同意する。私も絶対ばれると思っていたから。
「あなたが謝ることじゃないだろう。まぁ、王妃の心情は理解出来なくもないが、お前の父親は本当に屑だな。娘を何だと思っているのか」
「私の認識がずれていないとわかって安心しました」
本当にその通りだ。王妃にとってはなさぬ仲の子、憎いと思うのも理解できるが、寵愛していた女の娘を生贄に出せる父の気持ちはさっぱりわからない。まぁ、その頃には新しい寵姫に夢中になっていたし、王妃の怒りを受け止める気概もなかったのだろう。私を差し出して王妃の留飲を下げられればと思っていたのだろうから情けない。
「まぁ、入れ替わっても演じ切れればと思ったが、そんな能力もなかったがな」
「そこは……申し訳ありませんでした」
私にそれを望まれても困る。私が望んだものじゃないのだから。
「ああ、あなたが謝る必要はない。俺が言っているのは姉の方だ。自分たちが言い出したのならそれらしく振舞うかと思ったが……馬車に乗った途端本性が出たからな」
それは帝国に向かう馬車でのことだろうか。帝国人の侍女や護衛の前で散々悪態をついていたっけ。ソフィがあんなことをする筈もないのに。そんな風に見ていたのなら、さぞかしがっかりしたことだろう。まぁ、あの異母姉にそんな芸当が出来る筈もないのだけど。
「それでいて、交流会では妹を装うためか無駄に子供っぽい言動だ。十歳児でももう少ししっかりしているぞ。たった一歳しか違わないんだから大人しくしていればまだ信憑性もあっただろうに」
思い出してか皇子が笑いを押し殺していた。なるほど、まんざらでもないように見えたけれど、内心は笑いを押し殺していたのか。それは何とも……お疲れ様というべきだろうか。あれに騙されてなくてよかった。よかったけど、振舞わされていたこっちの身にもなって欲しい。
「……それで、どうされるのですか? わかったのなら元に戻して欲しいのですが」
「そうだな。だがこの件に関しては俺の管轄外だからな。父帝か叔父上に相談しないと何とも言えん」
「そこを何とかして下さい。もうあの姉の真似など真っ平です」
そう、これ以上「ソフィ」の名で失態を積み上げて欲しくない。帝国では知っている人は少ないかもしれないけれど、だからと言って許せる話じゃないから
「そうだろうな。だが、しかし……」
そう言って皇子がまだ笑いを噛み殺していた。何だというのだ。そんなに笑える要素があっただろうか。そしてこんなに気安い性格だったのか。何だか怖がっていたのが馬鹿らしくなってきたのだけど……
「何ですか? 思い出し笑いはむっつり助平だそうですよ」
「何だ、それは?」
「さぁ、私も詳しくは。でも侍女たちがよくそんな話をしていましたから」
私だって詳しくは知らない。気軽に聞ける相手なんかいなかったから。
「ティア、知っているか?」
そんなに気になったのか、今度はティアに尋ねていた。
「そうですね。殿下は女性に興味がなさそうに見えましたが、そうだったのですね」
「だから、どういう意味なんだ?」
「さぁ。私からは何とも。そうですわねぇ、ラルフ殿にでもお尋ねになってはいかがでしょう。きっと私よりもずっとお詳しいと思いますわ」
ティアがすまし顔でそう答えると、皇子が眉間の皴を深めた。ラルフという人が誰かは知らないけれど、皇子に近しい人なのだろうか。
「わかったよ。父上にも叔父上にも俺から言っておく。だが当てにはするな。叔父上のことだ、何か思うところがあって騙されたふりをしている可能性が高いからな」
そこを何とかしてほしいのだけど……それに思うところとは何だろう。何か企んでいるということだろうか。だったらきっと父たちに対してだろう。きっと踊らされて罪状を積み上げるのだろう。そう思うと頭が痛い。それでも帝国が理解しているならいい。皇子の様子からしても悪いことにはならないような気がした。




