身体がおかしいんですが・・・
エヴェリーナ様を交えての恒例のお茶会。異母姉がエヴェリーナ様を侮辱して、私が謝罪した。この時点でまずおかしい。しかもその後、誠意を見せろと言われて出された薬を飲んだら媚薬だった。どうして私が異母姉のために謝罪して媚薬まで飲んでいるのだろう……
目の前で舌戦を繰り広げる二人を眺めながら、私は回らなくなってきた頭でそんなことを考えていた。身体が変だ。どこがどうという訳じゃないけど。頭がぼ~っとしているし怠い。暑い。いつの間にか風が強くなっていて、風が当たると余計に暑く感じる。喉が渇いたから何か飲みたいけれど、侍女たちも二人の言い合いの激しさに動けずにいる。
「アンジェリカ様、大丈夫ですか?」
そんな中で声をかけてくれたのはティアだった。さすがだ。この状況で動けた彼女は侍女の鑑だと思う。
「大丈夫じゃないかもしれないけど……喉が渇いたわ」
「……では、冷たいお水をどうぞ」
少しの間の後、そう言って冷たい水を出してくれた。嬉しい。
「……ッ!」
冷たいグラスを手にして、その冷たさにビクッとなった。そんなに冷たかったのだろうか。飲んでも大丈夫? お腹壊さない? そう思いながらも喉の渇きには耐えられず水を一気に飲んだ。
(っつ……!)
冷たい水が喉を通った後で酷く熱く感じた。それは喉からお腹へと、そして下腹へと向かった。背筋がぞくぞくする。何、これ……?
「アンジェリカ様?」
異変を感じたティアに声をかけられたけど、身体の変化に戸惑って返事が出来なかった。
「やだ、効き始めちゃってるわ」
「何だって?」
「ちょっと、大丈夫?」
身体の変化に耐えていたらあの二人が声をかけてきたけれど、それどころじゃない。好きなだけ言い合ってていいから、部屋に戻ってもいいだろうか。横になって休みたい。
「あの……部屋に戻って、も、いいですか?」
座っているのが大分辛くなってきたし、そろそろ立てなくなりそうな気がした。それは困る。頭も回らなくなっているし、マズい。前後不覚になる前に部屋に戻りたい……
「失礼するぞ!」
そんな声が聞こえたと思ったら視界が回った。急な変化に身体が強張る。何事と思ったら……皇子に抱きかかえられていた。何で?
「アンジェリカ嬢を部屋にお連れする。ティア、部屋に戻ったら着替えの準備を。念のために医者も呼べ。エヴェリーナ、解毒剤は?」
皇子が何か言っているけれど、まだお怒りだ。下から見上げると眼光の鋭さが増している気がした。何だか魔王に捕まった気分だ。怖いから下ろして欲しいし、出来れば放っておいてほしい……
「へ、部屋に行けば……」
「あるんだな!?」
「え、ええ……」
「だったら大至急アンジェリカ嬢の部屋に持って来い!!」
そう言うと皇子は返事も待たずに歩き出した。歩き出したんだけど……身体に触れるあれこれと振動のせいか、身体の表面全てが変になっていった。ドレスが擦れるだけでもゾクゾクする……
「お、下ろして下さい……!」
「暴れるな。落ちるぞ」
嫌だ、皇子の声にまでゾクゾクする。やっぱり魔王だったんだ。なんだかすごくいい匂いがして、吸い込むたびに頭がクラクラしてくる……魔王は媚薬効果もあったのか……このままくっ付いている方が危険な気がする……
「あの、本当に下ろして下さい」
「いいからじっとしていろ」
問答無用で却下された。少しは私の意見も聞いて欲しい。皇子の存在そのものが危険なんだと言いたいけれど、口にするなんて恐ろしいことは出来そうになかった。
(も、下ろしてぇ……)
階段は地獄だった。振動で身体も頭もおかしくなりそうになった。幸いだったのは魔王の迫力に肝が冷えていたことだろうか。体が熱いけれど恐怖で冷静な頭が僅かだけど残っていた、と思う。多分。でもおかしい……これがあの薬の効果だったのかと動かない頭で必死に考えた。何か考えていなければおかしいことを口走ってしまいそうだ。
(……媚薬なんて、この世にあったんだ……)
必死に頭をフル稼働させて身体の感覚を忘れようとした。はぁ、どうしてそんなものをエヴェリーナ様が持っていたのか。もしかしたら今のエヴェリーナ様は別人で、影武者だったりするのだろうか。あの淑やかで気品に満ちた人がどうして媚薬なんて持っていたのか……持っているなら私じゃなく皇子に使えばよかったのに……さすがに純潔を奪われたら結婚するしかないんじゃない? 婚約者候補だったんだし、何の問題もなかったはず……
そんなことを考えていたら部屋に着いたらしい。もう色々限界だ。今すぐ湯あみしたい。出来れば水風呂でお願いしたい……
直ぐに着替えをさせられて夜着を着せられた。湯あみしたかったけれど薬を飲んでいるから危険だと却下された。そう言われてしまえば仕方がない。ベッドに潜り込みたいのに、皇子がいるからそれもままならない。ソファに座らされたけれど……息まで苦しくなってきた気がする……もう限界かもしれない……
「ほら、解毒剤だ。口を開けろ」
ぼ~っと意識が霞み始めていたら急に声をかけられた。そう言われて口を開いたら、顎を掴まれて上を向かされた。口にとろりとした何かが流れ込んでくる。
「グェ……!」
余りの不味さに思わずえずきそうになったけれど、薬だから飲み込めと言われて仕方なく飲み込んだ。苦さが熱を持って喉を通っていく。思わず顔を顰めてしまった。顎が解放されると水だと言って口元に固い何かが当てられた。コップかと気付いて口を開けると冷たい水が流れ込んできた。美味しい……けど、熱い……温いお湯がいいかもしれない……
それからの記憶は曖昧だった。ベッドに行こうと言われて立ち上がったけれど真面に歩けなかった。再び浮遊感があって、柔らかい何かが触れて、匂いで自分のベッドだと気付いて……そこで私の意識は白くなった。




