旧マイエル国の王女
授業が再開してから半月ほど後、私と異母姉はこの宮の一室に案内された。ここで旧マイエル王国の王女とお茶会をするという。彼女は九年前からこの宮に住むもっとも古参の王女で、今日はマナーと話術の実践を兼ねていると言われた。
普段はロングワンピースの私も、今日はディドレスを着せられ、髪を結われて化粧もされた。こんな風に着飾ったのはいつ以来だっただろう。痩せて棒切れのようだった身体は帝国に来てから人並みに肉がついたし、目の下の隈も授業内容が変わってからは綺麗に消えていた。
「まぁ、お綺麗ですわ、アンジェリカ様」
ティアたちに褒められて面映ゆい。それでも鏡に映った自分の姿は別人のようで心が弾んだ。
異母姉と顔を合わせたのは久しぶりだった。発熱のせいでやつれたかと思ったけれどそんなことはなかった。瞳の色と同じ青いドレスがよく似合っている。私を見て眉を顰めたけれど、人目を気にしてかそれも一瞬だった。冤罪の件で侍女たちが自分の味方ではないと理解したのかもしれない。
「旧マイエル国王が長女、エヴェリーナにございます」
(うわぁ……!)
優雅にカーテシーを披露したエヴェリーナ様に、思わず見惚れてしまった。これまでに見た誰よりも美しく気品がある。緩く結い上げられた髪は目が覚めるような銀色で、瞳は薄紅色と今まで見たことのない色だった。涼やかな目元に整った鼻筋、薄い唇は艶を帯びで、異母姉とはまた違う種類の美人だった。堂々とした佇まいと気品は異母姉など遠く及ばない。
「アシェル王国のアンジェリカにございます。お目にかかれて光栄にございます」
「妹のソフィですわ。どうぞよろしく」
気押されたのは私だけではなかった。異母姉も私が挨拶をするまで呆けていたように見えた。常に自分が一番だと自負していた異母姉にとっては、無視出来ない存在だろう。素っ気なく応えたのは自分が優位だと示したかったからかもしれない。現時点ではエヴェリーナ様の圧勝だけど。
腰を下ろすと侍女がすかさずお茶を入れて下がった。窓から差し込む光を背にした彼女は、女神のように神々しく見えた。眼福だ。
「帝国での生活は慣れまして?」
「はい。色々と習慣が違うので戸惑うこともありましたが、親切な皆様のお陰で随分慣れてきましたわ」
「そうですか。ソフィ様はいかが?」
「ええ、目新しいものばかりで勉強になりますわ。どなたもお優しくして下さいますし。特にアルヴィド様は何かと気にかけて下さいますの」
そう言って異母姉がにっこりと無邪気そうな笑顔を浮かべた。ここで皇子の名を出してくるところが彼女らしい。
「ふふ、アルヴィド様はお優しくていらっしゃいますものね。私も気安くして頂いていますわ」
「そ、そうですの。確かにアルヴィド様は誰にでもお優しい方ですものね」
エヴェリーナ様の言葉に、異母姉の顔が引き攣った。自分は皇子に特別目をかけて貰っているのだと言いたかったのだろう。九年もここで暮らしている彼女の方が付き合いは長いだろうに、そのことに思い至らなかったなんて頭が痛い。エヴェリーナ様はそんな異母姉の牽制をさらりとかわしていた。年配の方かと思っていたけれど私たちより少し上の二十二歳。優雅で静かな威厳もある姿は、帝国の皇女と言われても納得出来るものだった。
「ここに九年もお住まいだとか。ご結婚はなさいませんの?」
「ソフィ!」
なんて失礼なことを聞くのか。マリエル様の一存で決められることでもないのに。
「まぁ、お姉様。私たちのどちらかはアルヴィド様の妃になりますが、選ばれなかった方はどうなるのか気になるではありませんか」
「そ、それは……」
異母姉はエヴェリーナ様が負けたのだろうと言いたいのだろう。一方で選ばれなかった場合どうなるのか気になるのも確かで、何も言い返せなかった。
「エヴェリーナ様はいかがでしたの? やはりご姉妹とお競いになったのかしら?」
「ふふ、マイエル国の妃は帝国の侯爵家のご令嬢ですわ」
「まぁ、そうなのですの? 王女殿下がいらっしゃいますのに、帝国の令嬢をお選びになったなんて」
大袈裟に驚いてみせる異母姉を後ろから引っぱたいてやりたかった。「ソフィ」として無礼な振る舞いは止めて欲しい……
「ええ。マイエルの今の国王陛下は皇帝陛下の弟君でいらっしゃいます。即位された時には既にご結婚されていましたの。幸いその侯爵令嬢、つまり王妃様の母君はマイエル出身だったのです」
マイエル国王は父よりも少し下のはず。九年前なら既に結婚していただろう。
「まぁ、そうだったのですね。でも、マイエルの貴族たちも王家と共に粛清されたと聞いておりますわ」
「ええ。王妃様の母君の実家はマイエル国王を諫めたため反逆者として処刑された方。母君は帝国の親戚を頼って逃げ、そのご侯爵に見初められて王妃様をお産みになったそうですわ」
「そ、そうでしたの。それで、エヴェリーナ様の今後は決まっていらっしゃいますの?」
どうしても異母姉はその話を続けたいらしい。
「ソフィ、お止めなさいな。エヴェリーナ様は皇帝陛下の庇護の下にいらっしゃる方よ。今後のことは皇帝陛下のご意向もあるでしょう」
「ですが、お姉様……」
「アンジェリカ様の仰る通りですわ。私の一存では何も決められませんの」
「そ、そんな……」
「そうですわね。でも、ここに以前いらした方は皇帝陛下の臣下に嫁がれましたわ」
「臣下に?」
「ええ。大変愛らしい方で、中庭を散策中に見初められたそうですわ。とある属国との紛争で活躍なさって、褒賞を聞かれてその方を望まれたと伺っておりますわ」
「褒賞……」
異母姉は黙り込んでしまった。そのような扱いをされるとは思わなかったのだろう。もしかすると私もそんな風に帝国貴族に嫁ぐ可能性もあるのだろうか。
エヴェリーナ様は九年前、つまり十三歳からここで暮らしている。敵国とも言える帝国での生活は楽ではなかっただろう。そんな中でも誇り高く毅然とした姿は、彼女の内面の強さを現しているように見えた。アシェルという狭い世界でチヤホヤされて育った異母姉が適う相手ではないだろう。
その後は異母姉が静かになってしまい、私がエヴェリーナ様のお相手をした。話せば話すほどエヴェリーナ様の優秀さを思い知らされた。お手本にするならエヴェリーナ様がいい。生まれて初めて理想の令嬢を見た気がした。




