身の潔白の証明
皇子が出した紙切れには確かに私が異母姉に指示する内容が記されていた。でも……
「これは……私が書いたものではありません」
稚拙過ぎて怒りを通り越して呆れてしまった。これが証拠になるとでも思っているのだろうか、あの女は……
「なるほど。根拠は?」
皇子の声に咎めるような響きは感じられない。
「まず、私なら名前など書いたりしません。授業を受けているのは私と妹だけ。一言課題をやれと書けば済むことです。名を書く必要はありません」
「なるほど」
それで、と皇子が目で促す。
「それに、どの課題をするのかの指示がありません」
「それは全てやれという意味では?」
「それこそ不可能です」
「不可能とは?」
「課題は授業の科目の数だけ出ます。多い日には七教科、少なくても四教科はあります。私は自分の分だけでも睡眠時間を削ってやっとです。いくら妹が優秀でも全てを二人分やるのは不可能でしょう」
異母姉の方が高い教育を受けているから、もしかしたら私ほど時間はかからないのかもしれない。それでも、全ての教科など無理だ。
「それに、他人の筆跡を真似るのは簡単ではないと思います。それだけでも相当な時間が必要でしょう」
生徒が何人もいるならともかく、二人しかいないのなら字で絶対にバレる。課題の内容は二人とも同じだ。いくら異母姉が優秀でも、二人分の内容を考え、その上で筆跡を真似て書くなど途方もないものに思えた。
「なるほど」
皇子が口角を上げた。その笑みは悪戯が見つかった子どもみたいだ。
「全く、アンジェリカ嬢は聡いな。そして冷静だ。あなた方はいつも私の予想を裏切る」
皇子がソファに背を預けて一層笑みを深めたけれど、安心出来る要素はなかった。
「殿下、それはどういう……」
「そのままの意味だ。私だってあれが証拠だと言われても信じられない。理由は今あなたが言った通りだ」
犯人ではないと言われたことに安堵したけれど、頭の隅で警鐘が鳴った。また言い過ぎたかもしれない。
「侍女や騎士たちにも話を聞いたがそれを裏付ける証言はなかった。それにあなた方のスケジュールも確認した。少なくともこの一月、あなたがソフィ嬢よりも先に休んだという記録はなかった」
そんなことまで記録されていたのか。でも、私たちは捕虜、監視は当然よね。
「二人分の課題をこなすなら先に休むなど無理だ。侍女たちからもあなたが学習以外で時間を使ったとの報告はなかったしな」
当然だ。そんな暇があったらさっさと課題を終わらせて寝たい。
「教師にも話を聞いたが、課題は全般的にあなたの方が評価は高かった。いくら命じられたとはいえ、自分よりも出来のいいものを他人の名で出したりはしないだろう?」
「え、ええ……」
私の方が評価が高い? その一言に心に広がった雲の隙間から陽が差した気がした。あの異母姉よりも評価して貰えていたのは意外だけど、嬉しい。
「これまではソフィ嬢の立場が弱かったかもしれないが今は関係ない。脅されたのならそう言えばいい。ここでは通じないからな」
皇子の言う通りだった。父や王妃の力はここには届かない。もう言いなりにならなくていいのだ。後で課題を押し付けられたと言うくらいなら、脅された時にそう訴えたほうがいい。
「それでは……」
「ああ、今回の件に関してはアンジェリカ嬢に問題はないと我々は判断した」
「そう、ですか。わかって頂けてよかったです」
これで一件落着だろうか。でも、このままでは異母姉はまた同じことをやるだろう。それに次は一層巧妙になるのは目に見えている。入れ替わりを一層疑われているかもしれない。それも問題だ。
「それと、今回の件を受けて授業の進め方を変えることになった」
「授業の進め方を?」
「ああ、また同じことが起きると面倒だからね。それに今回の調査で教育内容を見直すことになったんだ」
「見直す?」
「二人のスケジュールを確認したが、あまりにも睡眠時間が短すぎる。その一因が課題の多さだとわかって教師に説明を求めた。そもそも科目が多過ぎる。一年しかないのに帝国とアシェル以外の国の歴史や経済学など不要だと思わないか?」
「それは……」
そうだと言いたかったけれど声にはしなかった。それは帝国が決めることだから。
「これに関しては我々の落ち度だ。すまなかった。専門家に任せた方がいいと思っていたのだが……こうも無理な計画を立てていたとは思わなかったんだ」
「あ、あの! 頭をお上げ下さい」
皇子が頭を下げたので慌ててしまった。確かに無理はあったかもしれないけれど、それは専門家の責任で皇子のせいじゃない。
「授業内容を見直し、今後は教師との一対一で授業を受けて貰うことになるだろう」
「一対一で?」
「ああ。基本は終わったから後はそれぞれの進捗に合わせて進める。何よりも、あんな不健康なスケジュールを組ませるわけにはいかない。王妃を決める時点で健康を損なっていては意味がないからな」
それは有難いものだった。私もそろそろ限界を感じていたところだった。異母姉が倒れたのも無理がたたったからだろう。私が無事だったのはこれまでの生活が厳しくて耐性があったからだ。そういう意味では異母姉はよく頑張ったなと思う。私は待遇がよくなったけれど、異母姉は格段に落ちていただろうから。
「ありがとうございます。私もそろそろ限界を感じていたので助かります」
その言葉に嘘はなかった。この四日間で十分な睡眠が取れて回るようになった頭でこれまでの日々を振り返ると、記憶が抜け落ちているところがある。それはきっと寝不足で朦朧としていたのだろう。
「ソフィ嬢が回復するまではゆっくり過ごしてくれ。その間に今後の授業の計画を立てる」
「よろしくお願いします」
思いがけない朗報だった。




