先手必勝
「まぁ、アンジェリカ様。また夜更かしされたのですね」
起こしに来たティアの声に意識が呼び戻された。また本を読んだまま眠ってしまったらしい。最近はずっとこんな感じだ。時間が惜しくて寝るまでのわずかな時間を読書に当てていたけれど、ついつい夢中になって読み進めてしまい、最後は寝落ちしてしまうのだ。
でも、侍女をしていた時は徹夜など日常茶飯事だったから全く苦にならない。本の内容が面白いので、同じ徹夜でも気分は真逆だった。
「さぁさぁ、今日は殿下とのお茶会ですわ」
「そうだったわね。気が重いわ……」
あの告発の後初めて顔を合わせるだけに、憂鬱にならない訳がない。きっと異母姉はそれをダシに私を貶めようとするだろうし、あんな報告書を是としたぼんくらな皇子と会いたいとも思わない。皇子妃になんかなりたくはないけれど、異母姉が妃になるのはもっと困る。その為にも交流は欠かせなかった。
ティアに手伝って貰って、今日も帝国が用意したロングワンピースだ。暇だった頃に首周りや袖口に刺繍をしたもので、中々の出来だとティアも褒めてくれている。髪はすっきりと纏めて、ドレスの裾直しで余った布で作ったリボンで結んだ。このリボンもワンピースと同じ刺繍をしてある。
ティアと共に応接室に入ると、既に王子も異母姉も来ていた。異母姉は明るい色のディドレス姿で、髪も綺麗にまとめて髪飾りも付いていた。前回とは随分と差があるけれど、多分帝国が用意したものなのだろう。
「まぁ、お姉様! お待ちしておりましたわ!」
私に気付くと異母姉はパッと笑顔を見せた。無邪気な妹設定は相変わらず健在らしい。
「まぁ、ソフィ。そんな風に大きな声を上げてはダメよ。淑女らしくないわ」
そう言ってこちらも笑みを浮かべて言い返すと、異母姉は笑顔のまま顔を強張らせた。
「第三皇子殿下、先日はつまらないことを申してお騒がせしたこと、お詫び申し上げます」
テーブルに近づくと、皇子に向かって帝国風の最敬礼で謝罪の意を表した。ティアにも合格点を貰ったものだ。あまり我が国と違いはないけれど皇子には伝わるだろう。
「あ、ああ。誤解が解けたのなら構わない」
「ご厚情に感謝致します。ああ、ソフィもごめんなさいね」
そう言いながら眉を下げて申し訳なさそうな笑顔を向けると、異母姉は目を丸くした。私がまだ反論すると思っていたのだろう。
「い、いえ。わかって下さったのなら……いいのですわ。でもお姉様、もっと王女としての自覚をお持ちくださいませ」
声に力がないのは思いがけない展開に動揺しているからだろうか。
「そうね、反省しているわ。そして自分を見直すいい機会になったわ。私、覚えも悪くて社交も苦手でしょう?」
「え、ええ……」
「でも、帝国が調べて下さった報告書で、王宮の使用人の皆さんが私のことを誉めてくれたのを知ったの」
「……は?」
益々訳が分からないのだろう。彼女らしからぬ声が出た。
「私、絶対にダメな姉だと言われていると思っていたから、そんな風に言って貰えていたなんて嬉しくて。お陰でちょっとだけ自信が持てそうになったの。謙遜も過ぎれば嫌味になるって言うし、早くに気付けてよかったわ」
「な、何を……」
何を言っているのだと思ったのだろう。私をまじまじと見つめた異母姉だったけれど、ハッと表情を強張らせた。その噂は自分が流したものだったのだと気付いたのだろう。
「それにしてもソフィ、あなたは何をしているの?」
「な、何って……」
「報告書にはあなたの我儘に皆が困っていると記されていたわ。贅沢を諫めた使用人に暴力を振るったというのは本当なの?」
「はぁあ!? な、何よそれ……!」
自分が流した噂が自分に返ってきたと気付いてか、顔を赤くして歪めた表情はらしくなかった。口調もすっかり元に戻っている。完璧な淑女のはずの義姉は、意外に口が悪いのだ。王妃の影響だろう。
「お、お姉様! あ、あれはお姉様の……!!」
「まぁ、私がなぁに?」
意味が分からないと言った風にそう返すと、わなわなと震えている。
「お願いだから使用人に手を上げるのは止めてあげて。怪我が原因で仕事が出来なくなっては大変だわ。お願いよ」
悲しんでいる表情がちゃんと出ているだろうか。内心では可笑しくて仕方がないだけに気が緩めない。これくらいの演技が出来なければこの先異母姉には勝てない。私は女優なのだと自分に言い聞かせた。
「……わ、わかりました、わ……」
皇子は黙って私たちのやり取りを見ていた。報告書の内容は彼にも伝わっているだろうから、これで異母姉の噂を一層確かなものにしておきたい。
もっとも、もし私たちの入れ替わりをわかった上でやっているなら、私は随分と悪辣に見えるかもしれない。まぁ、そんな可能性は低いだろう。帝国がそうする理由が見つけられないから。
「どうやら誤解は解けたようだな。二人とも、これ以上この件で気に病まないように。まだ若いのだ。これから直せばいい」
「ありがとうございます」
私たちの話が終わったと感じたのか、皇子がそう言って話を締めくくった。異母姉が一瞬唇に力をいれたけれど、目の前に皇子がいるため悔しそうな表情には至らなかった。皇子がああいった以上、異母姉がこの件について私を責めることは出来ない。きっと内心は荒れているだろう。そう思うと益々顔が緩みそうになった。女優も簡単ではないらしい。
「ああ、そういえばソフィ、あれから服はちゃんと届いたのか?」
「あ、はい。とっても素敵なドレスをありがとうございます」
「いや、私は服のことはさっぱりだからな。希望を聞いて用意したが、問題ないのならそれでいい」
「ふふ、アルヴィド様のご厚情に感謝しますわ。ね、お姉様、素敵でしょう、このドレス?」
「ええ。綺麗な色ね。あなたの華やかな顔立ちによく似合っているわ」
「そう言って貰えると嬉しいです。この髪飾りも素敵でしょう?」
そう言って首を回して髪飾りを見せてきた。細かい装飾が施された立派な品だ。そういえば私の時はワンピースだけで、アクセサリー類は一つもなかった。ソフィが王妃に虐げられていたと聞いて用意させていたのだろうか。
「お姉様もたくさんアクセサリーをお持ちでしょう? どうして着けてこないのですか? そんな貧相なリボンではアルヴィド様に失礼になりますよ」
私がアクセサリーの一つも持っていないことを知っているのだろう。異母姉のドレスが持ち込まれた時、アクセサリーの類はなかった。これは自分の方が優遇されていると言いたいのだろうか。




