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悪役令嬢の置かれていた環境は、闇深めでした。


七夕だね。偶に思い出すと、給食に出てた七夕の日の特別デザートが食べたくなるよね。


闇堕ちフラグは幼い頃から存在していたのだ!

的な感じです。あい。

 






 朝にしては少しばかり早い時間だからか……すれ違う人の数は少ない。もう少し時間が経てば、人々の営みは活発になり、賑やかになるだろう。


 そんな朝特有の穏やかな空気が流れている街の大通りを、ソフィアとレインは他愛のない会話をしながら進んでいた。




「というか……ソフィア。冒険者ギルドに所属してなかったんだな? 冒険者登録、してるかと思ってた」


 王侯貴族は冒険者を野蛮な職業だと考えているため、彼らが冒険者登録をすることは滅多にない。

 しかし、ソフィアは強制的にダンジョンに転移させられていたのだ。倒した魔物の買取価格が高くなる特典や、ダンジョンで何かあったら他の冒険者に助けてもらえるーーなお、これは冒険者における義務であるーーなどといったメリットを考えれば、冒険者ギルドに所属している方が色々と得だろう。まだ短い間しか共に行動していないが……それに気づかないソフィアではないはず。

 しかし、若干遠い目をしたソフィアから返された返事は……レインの予想の斜め上を越えるモノだった。


「……まぁ、確かに。冒険者ギルドに所属していた方が得なのは分かっていたのですが」

「うん」

「昼夜問わず強制転移させられ、強制的にダンジョン攻略させられる日々の疲労感と……その合間合間で行われる王妃教育やら何やらの忙しさで……わざわざ冒険者ギルドまで登録しに行く気力がなかったと言いますか……」

「…………」

「そんなことしてる時間があれば寝ていたかったのですわ……寝ている暇なんて殆どありませんでしたけれど」


 ーースンッ。

 レインは思わず真顔になった。いや、これがならずにいられるか。

 何故、ソフィアばかりがこんなにも苦労しなくてはならないのか……。

 同じくダンジョンに強制転移され、強制サバイバルを受けさせられていた身として、彼女の辛さを多少は理解している気にはなっていた。だが、はっきり言って、ソフィアの置かれていた環境はレインよりも酷い。酷過ぎる。

 平民であるレインには想像でしかないが……国を背負う王を支える立場になる予定だったのだ。きっと、その王妃教育というのは、それはそれは大変なモノだっただろう。

 現に、その死んだ魚のような目が全てを物語っている。ぶっちゃけ……〝このまま目を離したら、そっと儚くなってました……〟なんて言われても納得してしまいそうな哀愁を背負っている。

 しかし……どうやらソフィアの闇は、更に深いらしい。


「そういえば……冷静に考えてみますと……わたくしが倒していた魔物の素材は、どうなったのでしょうね……?」

「…………………え?」


 ーーピシリッ。

 足が止まったソフィアに釣られて、少し前で足が止まったレインは……ギシギシッと壊れた人形のようなぎこちない動作で、彼女の方に振り向く。


「……その、(駄女神)特典の、スキル《亜空間収納》は分かりますか?」

「……え? あ、うん。そのスキル、俺も待ってる」


 ソフィアとレインは駄女神からの祝福(※呪い)の効果で、特殊なスキルを沢山覚えている。

 その内の一つが、《亜空間収納》。その名の通り、亜空間に物を収納出来る……物語の主人公の、あるあるスキルだった。


「一応、ダンジョンで倒した魔物からドロップしたアイテムは亜空間にしまっていたのですが……」

「…………(嫌な、予感)」

「ダンジョン帰りって……それはもう疲れるでしょう? たった一人で攻略をしなくてはいけないのですから。寝てる間も警戒を解けませんし、命の危険と隣り合わせの日々を過ごさなくてはならないのですもの。無事に帰れたとしても……もう疲れのあまり、まともな判断が出来なくなっていることばかりで」

「(ま、まさか……)」

「…………わたくしの衣装代だとか、未来の王妃として国に貢献するためだとか何やらと言い包められて……全部、お父様に渡してしまっていたのですよねぇ……わたくし……」

「っっ!!」


 レインは目元を手で覆い、勢いよく空を見上げた。

 そうしなければ……ソフィアを襲ったあまりの理不尽さに、同情のあまり涙が出そうだった。

 つまり、ソフィアは駄女神に強制サバイバルをさせられ。その合間合間に厳しい王妃教育を受け。それどころか命懸けで手に入れた魔物の素材すらも毟り取られて。最後の最後には、婚約者によって魔物の囮にさせられたのだ。

 これは人生絶望しておかしくない。少なくとも、レインなら耐えられない。


「うふふっ、うふふふっ……そうですわよねぇ……あの馬鹿息子とは比べるのすら烏滸がましい国王陛下ですもの……国にわたくしが得た素材が渡っていたのならば一言あったはず……それが今までなかったということは……あの沢山の素材は……」

「っっっ……!」

「うふふふふふふふっ……あぁ……碌でもない人生でしたわねぇ……」


 濁った瞳で嗤うソフィアは、中々にホラーチックだった。

 多分、夜にこんな彼女を見たら、恐怖のあまり眠れなくなる。

 レインすらも若干引いた。目の濁り具合が、恐過ぎた。

 しかし、彼は意を決して様子で息を呑むと……グイッと、どこかヤバいところを見つめ始めていたソフィアの両頬に手を添え、無理やり自分の方に向かせた。


「ソフィアさん、現実に帰っておいで。というか、俺を見ろ」

「……………んぇ?」

「あ、こりゃやばい。口調が溶けてる。光、戻れ〜、目の光、戻ってこ〜い」

「…………………何してますの?」

「あっ、ちょっと戻った」


 徐々に目の光を取り戻し始めたソフィアに、レインは安堵の息を零す。

 このままグルグルと考えさせていたら、大変なことになっていただろう。完全に、闇堕ち悪役令嬢になりそうだった。それじゃあ、ゲーム通りになってしまいかねない。

 だが、どうやら無事に一命(?)を取り留めたらしい。

 ちょっと意識が飛んでいたソフィアは、何故両頬を手で挟まれているのかが分からなくて目を瞬かせる。

 そんな彼女に気づかず。ただただ同情心(と恐怖)を煽られてなんか変な(?)スイッチが入ってしまっていたレインは、自分達がどこにいるのかを忘れて……真剣な声で告げた。


「ソフィアさん!」

「……なんですの?」

「絶対っ……この件もクレームに入れような!? というか、うんっ! 俺が幸せにした方が早いかもしれない、うん、そうしよう! という訳で、ソフィアさん!? 俺と一緒に幸せになろうな!?」

「…………はい?」

「いや、もう本気で! もうソフィアを理不尽な目には遭わせないから! めっちゃ守るから!」

「………………………」

「だから、俺から離れるなよ!? もう目ぇ離したら、一瞬で闇に堕ちそうでっ……恐いから! お願いだから、ずっと隣にいてくれぇ……!」

「………………………………………………えぇぇ……?」


 いきなり告白プロポーズ(?)紛いなことを言われたソフィアは、本気で困惑した。

 ちょっと意識が飛んだ内に何があったのか……。

 若干顔色が悪く、微かに震えているレインの様子からして、中々にヤバめなことが起きたらしいというのは分かった。自覚はないが。

 それよりも、レインは周りが見えているのかが不安になった。

 まだ朝の時間帯ゆえに人気は少ないが……それでも、一人もいない訳ではない。ついでに言うと、レインの声は中々に大きかった。

 つまり、微かに騒ついた様子の街の人々の視線が二人に集まっている。


「……………」


 ーースンッ。

 ソフィアは思わず、据わった顔になった。

 女性関係で苦労させられそうだな……とは思っていたが、どうやらレインはトラブルメーカーでもあるらしい。いや、ソフィアもソフィアで同じ(そう)なのだが。

 だが、現状における騒ぎの原因は間違いなく目の前の男だ。


「うぅぅぅ……哀れ過ぎんだろ……」

「はぁ……」


 ソフィアは溜息を零し、涙声で自身の名を呼び続ける彼の首根っこを掴む。

 そしてーー……。


「いいからとっとと行きますわよ」




 その場から逃げる、という戦略的撤退を敢行したのだった。




 なお、二人のことは朝っぱらからイチャついてた冒険者として普通に噂になるのであった(マル)








【駄女神スキル・説明】


・亜空間収納

俗に言うストレージボックス。生物以外ならなんでも入るよ。

※出し入れの際に魔力を若干消費します。なお、これはソフィアとレインに限りで、他のこのスキル持ちは亜空間内に収納している物の量に比例して魔力を消費します。

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