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悪役令嬢と転生冒険者の初野営


おっと……二人の様子が……?


 







(………まるで、子供に戻ったような気分だったわ)




 ソフィアはパンを切り分けながら、苦笑を零す。

 最初はタラシなレインの行動に我慢が出来なくなって、逃げているだけだった。けれど、途中からはただただ走ることが目的となってしまって。……気づいた時には、子供のように純粋に楽しんでしまっていた。

 いつも彼女が本気で走るのは、駄女神による強制転移後(怒)のダンジョン内であることが多い。まぁ、ソロで最下層(それも、モンスターハウスと呼ばれる魔物が延々と湧き続ける部屋になど)に転移させられることだってあるのだ。今では立ち向かえるほどの力を得たが、最初の頃はひたすら走って逃げるしか出来なかった。



 だから……命の危険もなく。子供のように走れるのが、本当に楽しかった。



 きっとそれは彼女だけではない。ほんの少し後ろを走るレインも同じ。そうでなければ、密かな笑い声が聞こえなかったはずだ。


 互いに笑いながら、走って。走って。走り続けて。


 本来なら二時間のペースで着く予定だったのだが、一時間足らずで到着してしまった(※なお、普通の人であれば一日かかる)。

 だが、どうやらソフィアはかなり無理をして走ったようで……。

 現役冒険者として体力が有り余っているレインとは違い、彼女はその場に倒れかけたが……実際に倒れる前に彼に抱きとめられた。

 逞しい、鍛えられた身体に抱き締められるのがまた恥ずかしくて。折角、恥ずかしさが消えたと思ったのに……。


(………はぁ。やっぱりタラシ、ですわ)


 何度目か分からない感想。

 息切れ一つせず。疲れた様子も見せずに鍋をかき混ぜるレインをチラリと盗み見して、溜息を零す。

 それに目敏く気づいた彼はキョトンと目を瞬かせながら首を傾げた。


「ん? どうした?」

「……なんでもありませんわ」

「なんでもないって顔じゃないんだけど?」


 レインは手を止めると、ソフィアの頬を撫でる。

 心配するような手つき。だが、あまりにも馴れ馴れしく、躊躇いのない近しい距離感に……彼女は胡乱な目を向けた。


「…………ねぇ。貴方は女性に軽々しく触れるのが普通なのかしら?」

「…………え?」

「……………」

「…………あっ」


 ジト目を向けられたレインは頬をじんわりと赤くして、パッと手を離す。


「ご、ごめん……また、無意識」

「はぁ……気をつけてくださいませ」


 ソフィアは〝多分、また忘れて触ってくるんでしょうね……〟と大きな溜息を零してから、焚き火にパンを翳す。

 ある程度パンが温まったところで……にっこりと微笑みながら、彼の口に思いっきりソレを突っ込んだ。


「ふごっ!?」

「今の内に言っておくけれど、女性関係でわたくしを煩わせないで頂戴ね?」

えっ(ふごっ)!? どういうこと(ふごごごっ)!?」


 言われたことが理解出来ていないらしい鈍感(?)なレインを尻目に、呆れ顔のソフィアもパンに齧り付く。


(……ちょっと今後が心配ですわね。主にこの人の女性関係で)


 嫌な予感をヒシヒシと感じる。本能的な直感ではあるが……きっと彼と行動を共にする以上、女難からは逃れることが出来ないだろう。


(けれど、駄女神殴り込みという提案に乗った身ですもの。同意しておきながら反故するなど、出来ませんわ。……あぁ、ですけれど……嫌な予感が止まりませんわ……面倒くさそう……)


 ソフィアが、なんとも言えない複雑な気分(ジレンマ)に陥ったそんな時ーー先に野営をしていた冒険者四人組の一人、赤毛の青年が急に声をかけてくる。


「あ、あの!」

「(もぐもぐ)ん?」

「《双刃雨》のレインさんですか!?」


 ーーギシリッ。

 彼の動きが不自然に止まり、ソフィアは目をパチクリとさせながら青年とレインを交互に見る。

 青年の方は他の仲間達に「何してんの!」とか「急に失礼だぞ!」と怒られていたが……それでも、その目にはレインに対する憧れのようなモノが滲んでいた。


「あ、あのっ……おれ、ブレイドって言います! ファンです!」

「……え? あ、うん……ありがとう……」

「あの、そちらの女性は一体、どういう関けーー」

「どわぁぁぁぁぁあっ!」

「お前はっ! 何をっ!!」

「聞いてるのよぉっ!!」


 ブレイドと名乗った青年は、緑の髪を三つ編みにした魔女風の少女と茶髪の鎧を着た真面目そうな青年、白ローブを着た紫色の長髪の少女に怒られまくる。

 そんな彼らのやり取りを見たソフィアは、キョトンと首を傾げた。


(……わたくしがレインと一緒にいるのが、おかしいのかしら?)

「…………何が聞きたかったんだろうな……?」


 微妙にぎこちない様子でレインは呟く。

 彼の様子に違和感を覚えたソフィアは……じっと観察をする。その視線に気づいたレインは、たじろぎながら口を開いた。


「…………何?」

「……《双刃雨》?」


 ーービクリッ!

 顔を引きらせるレインに、彼女は面白いモノを見たと言わんばかりにニヤリと笑う。

 そして、クスクスと笑いながら彼の顔を覗き込んだ。


「まぁ……もしかして、二つ名が苦手なの?」

「…………」


 レインは無言のままバックパックから木の器を取り出し、そこにスープをよそって彼女に渡す。

 そのまま「あったかいウチに飲めよ〜!」っと言いながら、話を誤魔化そうとしたのだがーーソフィアの魔の手(笑)からは逃れることが出来なかった。


「ふふふふっ。頬が思いっきり引きってますわよ、《双刃雨》様?」

「〜〜〜〜っ!」


 ニヤニヤ、ニヤニヤ……。

 ソフィアの悪戯っ子めいた笑みに、レインは顔を真っ赤にしてーー……両手で顔を覆って叫んだ。


「うぐぅぅぅ!! そりゃあ苦手に決まってんだろぉぉぉっ!! なんだよ、二つ名って!! 《双刃雨》って!! 厨二かっ!!」

「あら。二つ名があるということは、それほどの偉業を成し、敬意を集めているということではありませんの?」

「知るか!! 渾名を付けられる恥ずかしさには勝てんよ!! 他の奴らはどうかは分からんが、俺は渾名が恥ずかしいタイプですぅっ!!」

「…………大変ですわね」

「うぅぅぅぅっ……!!」


 とうとうレインは羞恥心が限界にきたのか、崩れ落ちるように撃沈する(※ちなみにパンは食べ終わってます)。

 そんな彼を見て、ソフィアはクスクス(ニヤニヤ)と笑いが止まらなかった。

 二人の会話を盗み聞き(?)していたブレイド達は互いに顔を見合わせる。

 そして……魔女風の少女が、ソフィアに声をかけた。


「随分と、その……仲がよろしいんですね……?」

「あら。そう見えますの?」

「えぇ。まるで恋人みたいです」

「ニコラ!」

「ちょっ、貴女まで!」


 残りの二人がギョッとした顔で叫ぶ。

 しかし、ソフィアは気にする様子もなく笑みを返した。


「生憎と恋人ではありませんの。今日出会ったばかりですから」

「「「「……………え?」」」」

「そういえば……一夜を共にしますのに、ご挨拶が遅れましたわ。わたくしはソフィア。こちらはレイン。貴方達のお名前をお聞きしても?」


 なんてことがないように言われたが、ブレイド達の顔は引きっていた。

 それもそうだろう。


 ・Sランク冒険者の《双刃雨》のレイン

 ・お嬢様喋りの、明らかに高貴そうなソフィア

 ・只ならぬ仲そうな様子

 ・だというのに、今日が初対面


 ……明らかに厄ネタっぽい。

 しかし、名前を聞かれていて下手にそれに答えないのもアレだ。

 ブレイド達はアイコンタクトで会話する。そして……取り敢えず、自己紹介だけはすることにした。


「えっと……おれはブレイドです。剣士で、前衛です」

「アタシはニコラと言います。ご覧の通り魔法使いです。以後、お見知り置きを」

「オレは槍士のスートという。よろしく頼む」

「わたくしは治癒師を務めているディアーナよ。よろしくね〜」

「よろしくお願い致しますわ」


 ソフィアはにっこりと笑って、今だに羞恥心に悶えるレインの方を向く。そして、スパーンッとその頭を叩いて、ブレイド達をビクッと驚かせた。


「あ痛っ!? 響いた音に反して予想以上に痛いっ!?」

「煩いですわ。いつまで悶えてますの? ご飯が冷めますわ」

「あぁ、ごめんごめん」


 叩かれたというのに怒るどころかケロッとしている……普通に食事を再開したレインの姿を見て、彼らは各々思った。


 〝えっ? これが今日初めて会った人達の会話?〟

 〝普通は叩くとか(ここまで)とか、できませんよね?〟

 〝やっぱり……恋人なのか?〟

 〝恋人というよりは夫婦と言った方がしっくりくる気がするんだけど……〟


 ーーーーと。

 社交界という名の魔窟を経験したことがあるソフィアは、なんとなく目の前にいる彼が自分達の会話に驚いているのを感じていたが、鈍感なレインは気づかない。

 それどころかマジックバックから毛布を取り出しながら、外壁を背にするように移動すると……ブレイド達に更なる爆弾を落とした。


「ソフィアさん、ソフィアさん」

「なんですの?」

「取り敢えず俺の膝においで?」

「「「「…………はい?」」」」


 ブレイド達はその発言に、ギョッとする。

 勿論、そう言われたソフィアもまた……大きく目を見開いて、固まっていた。


「…………その言葉の真意をお聞きしても?」

「いや、真意も何も……女の子を地べたに寝かせるとか……駄目じゃね?」

「………わたくし、地面で寝るのには慣れていますわよ?」

「なんで慣れてーーあっ、サバイバルね。そりゃそうか。でもまぁ……良いからおいでよ。俺の(駄女神から与えられた)スキルで、寝てる間は回復能力が高まるんだけど。それ、近くにいる人にも影響与えられるから……一緒に寝た方が、疲れてるだろうソフィアにも効果覿面だと思うんだよね」

「…………」

「ちなみに身体的疲労と精神的な疲労が回復します」

「………………」


 回復効果を聞いてしまったソフィアは険しい顔で考え込む。

 未婚の男女が必要以上に触れ合って寝るのはあまり好ましくない。けれど、それは貴族としての概念であって、冒険者としては違う。

 それ以前に体力・精神力の回復は重要なことだ。何かあった時に疲労が溜まっていたがゆえに動けなかったなんて状況になってしまったら、笑えない。

 ソフィアは暫く唸りながら考え込んでいたが……あの駄女神サバイバルで疲労回復の重要性をよく学んでいたため、大人しくそれに従うことにした。


「……仕方ありませんわね。お言葉に甘えますわ」

「「「「!?」」」」

「はいはーい、どうぞ」


 もう少し元気であったならば……彼女はレインの提案に乗らなかっただろう。だが、ダンジョンには慣れているソフィアでも、流石に今日は疲れ過ぎた。

 簡単に言ってしまえば、今の彼女は疲れてて冷静じゃなかった。

 ソフィアはいそいそと移動して胡座を掻いたレインの膝の上に乗っかる。

 そして、彼の胸板に背中を預けると……座る位置を調節した。


「寒くない?」

「ダンジョン内に比べたら、快適ですわ」

「それと比べられちゃ困るわ〜」

「それもそうですわね」


 ソフィアは顔を上げて、下から彼の顔を覗く。


「痛かったり、重かったりしませんか?」

「痛くないし、めっちゃ軽いよ。内臓入ってんのか心配になる」

「……流石に入ってますわよ?」

「ふはっ。分かってるよ」


 レインは彼女ごと毛布で身体を包んで、少しだけ気を抜く。


「装備が当たって痛いかもだけど、それはごめんな?」

「外で装備外す方がどうかしてますわ。それに皮鎧ですから、そこまで痛くありませんわよ」

「なら良かった」


 毛布と人肌に包まれて暖かくなったからか、ソフィアは小さな欠伸をする。どうやら、想像以上に疲れていたらしい。

 レインはウトウトし出した彼女に気づくと、クスクスと笑って彼女を抱き直した。


「眠いんだろ? 大人しく寝な」

「……えぇ……そうするわ……お休みなさい……レイン」

「あぁ、お休み」


 そのまま静かになって数分。「スー、スー」と穏やかな寝息が聞こえてきたのを確認してから、レインもゆっくりと目を閉じて浅い眠りに落ちる。

 その一連の流れを見ていたブレイド達は、真顔で顔を見合わせた。



「…………あの二人、完全に夫婦じゃないかな?」





 ブレイドの小さな呟き(なんだかんだと起こさないように配慮してる)に、ニコラ達は思わず頷くのであった。








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【駄女神スキル・説明】


・睡眠時回復アップ

寝ると体力・魔力の回復量が更にアップする。

※なお、寝ればスキルの熟練度がアップするので、スキルの効果範囲がアップしていく。

スキル所持者の側で他の者が寝る際、寝る距離が近ければ近いほど効果影響度大。

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