とあるエルフの恋歌
脇役BLがあります。
苦手な人は読まぬよーに!
という訳でSランク緊急会議までの一週間。
シルビア達が仕事に出ている間ーー暇を見つけたソフィアとレインは、《魔王の宿屋》ことアントンの元に訪れていた。
…………で。
早速魔王陛下を口説くエルフに、遭遇するのだった。
「相変わらず可愛いねぇ〜……アントン」
うっとりとした表情。熱を帯びた視線に、緩んだ頬。
宿の主人の手を取りチュッチュチュッチュ、キスをする《翡翠の賢者》アレクセイ・ジェイド・ウェヌ・エンティーヴェ(以下略)。
顔面がデッロデロに蕩けてる彼の姿に……アントンは思いっきり頬を引き攣らせていた。
「…………オレなんかが可愛く見えてるアレクは、かなぁ〜〜〜〜りおかしいと思うぞぉ〜……?」
「…………は? 何を言ってるんだよっ、アントンッ!!」
「ぴぎゃっ!」
ーーギンッ!!
…………そんな効果音が聞こえそうなほどに目を見開いたアレクセイに、アントンが変な悲鳴をあげる。
宿屋に入っても現れない主人を探して食堂に入ったソフィアとレインは……これではアントンが出てこれないのも当然だと納得し。
ついでにあまりにも面白い状況に好奇心が刺激されてしまい……ほどほどに離れた席に座って、事の成り行きを観察することにした。
酷い奴らである。助けてやれ。
「見て!? このプリティーフェイス!」
「オレの認識が間違ってなかったら、オレってば至って普通な顔だったと思うんだけどなぁ〜……?」
「艶々とした紅茶色の髪に、紅玉のような瞳!」
「うん。ただの焦茶色と赤色を、随分とお洒落に表現したなぁ〜」
「勇ましい捻れたツノ! そして、触るとアントンから可愛い声が漏れちゃう敏感な尻尾!」
「尻尾は敏感な部位なんだから仕方ないだろぉ!?!?」
「ちょっと世間知らずだけど、優しくて! 世話焼きで! 怪我してたら本気ですごぉぉぉく心配してくれて! 可愛がってくれて! 時々えっちなおにーさんでもあるアントンのどこが可愛くないと!?」
「時々えっちなおにーさん!?!?」
「こんなに僕を魅了してやまないっていうのにー!! 逆にどこが可愛くないって言うんだよーっ!?!? 好きーっっ!」
と大声で告白しながら、抱きつくアレクセイ。
抱きつかれた当人は頬を赤くしながら、困ったような顔にーー……。
ーーピタリッ。
「…………」
「「…………」」
なったところで。
マジマジと観察するソフィアと、ニヤニヤしてるレインを見つける……。というか、目が合う……。
「…………」
無言で見つめ合うこと数十秒。
ぽかんっと口を開けて固まっていたアントンは、唐突に我に返ると……〝ボンッ!?〟っと爆発するかのように顔を真っ赤に染め上げる。
そして、声にならない悲鳴をあげながらその場で暴れ出した。
「〜〜〜〜っ!? 〜〜〜〜っ!?!?」
「んもー! 急に暴れないのっ!」
流石に本気で暴れているのが分かったのだろう。アレクセイは渋々といった様子で離れる。
その瞬間ーー自由になったアントンは「あはは、あははははっ!?」と壊れたように笑い出す。
そんなどっからどう見ても完全にテンパってる彼は……目をグルグルさせながら、ソフィア達に声をかけてきた。
「よよよよ、よく来たなぁ!? お腹空いたろー!? ご飯の準備してくるから待っててくれなぁ!?」
そう言うや否や、こちらの返事も聞かずにキッチンに逃げ出すアントン。
取り残されたソフィア達はぽかんっと口を開けて固まり……。アレクセイは苦笑を溢しながら、けれど愛おしさを隠し切れない様子のまま、二人へ声をかけた。
「ふはっ……あんな可愛くてどこが可愛くないって言うんだろうねー? やっぱりアントンはかぁわい♡」
(せ、盛大な惚気ですわ……)
「いや、そう思ってんのはアレクだけだわ。俺らは別に、良い人だとは思うけど可愛いとは思わんし」
「そうー? 本当に可愛いのになー? ま、アントンが可愛いとこは僕だけが知ってればいっかー!」
レインから呆れた目を向けられても、アレクセイはニッコニコだ。
色ボケエルフは今までで一番機嫌良い様子で、テーブルを挟んだ向かいの席に座った。
「気を取り直してー! やぁ、この間ぶりー! 元気だったー?」
「おー、元気だぜ。そっちも元気そうで何より」
「うん、超元気だよー! なんせ愛しいアントンがいるからね! 元気でいない方がおかしいって話だよー!」
アレクセイは元気よく笑いながら、そう答える。
今までのやり取りを黙って観察していたソフィアは……こてんっと不思議そうに首を傾げながら、彼に問いかけた。
「以前も思いましたけど……アレクセイ様はどういう経緯でアントンに惚れましたの? 《Sランク冒険者》であるアレクセイ様と魔王(真)であるアントン……お二人の接点が、全然分かりませんわ」
「ゲッ。ソフィア、ここでそれを口にしちゃあお終ーー」
「聞いてくれるのーー!? ソフィアくーーーーんっ!!」
「きゃっ!?」
唐突にアレクセイが大声をあげるものだから、ソフィアは小さな悲鳴をあげる。
目をキッラキラーー正確にはギッラギラーーさせるエルフを見て、レインは〝あちゃー……〟と額に手を当ててながら顔を横に振った。
「あー……遅かったかぁ……。ソフィア、話を振ったのは自分なんだから、ちゃんと最後まで聞けよ? 無駄に長げぇから」
「…………」
そう言ってから「アントンに食材提供してくるわ」と、キッチンへと逃げるレイン。
そんな彼の逃亡を見て、ソフィアは自身の失態を悟って冷や汗を掻く。
だってあの、なんだかんだで忍耐力があるレインが、この話からは逃げたのだ。
これに嫌な予感を感じずにいられるだろうか。いや、無理。
しかし、ソフィアは下手を打った。もう、遅い。
アレクセイはずっと誰かに惚気を聞かせたくて仕方なかったのだと言わんばかりに……嬉々として、アントンとの出会いを語り始めた。
「あのねー!? 僕とアントンが出会ったのは僕がまだ子供だった頃のことでねー! ……………」
以下、数時間単位での惚気混じりの語りになったので、要約すると……。
幼い頃から好奇心旺盛だったアレクセイは、好奇心から里の外へと抜け出して……森の中で色々と冒険をしていたが。運悪く魔物に遭遇。
襲われて死にかけたところで、この宿屋に迷い込み……アントンに色々とお世話になった結果ーー惚れた、と。
※なお、実際の説明には多大な惚気と、アントンへの愛の言葉が含まれていました。
「という訳で口説き続けて早五百年ーー……そろそろアントンが堕ちてくれそうで興奮が抑えきれない僕なのでした。」
……全てを語り合えたアレクセイはうっとりとしながら、アントン達がいるであろうキッチンの方を見つめていた。
多分途中で向こうから何か落とす音とか悲鳴とかが響いていたので、本人にも聞こえていたらしい……。ちょっと無事か心配である。
とにもかくにも。砂糖を口に突っ込まれたような甘〜〜い惚気話を聞き終えたソフィアは、思った。
〝エルフってなんだったかしら……?〟ーー……と。
しかし、彼女がこんな変なことを考え始めるのも仕方ないことだった。
エルフとは閉鎖的な種族であり、誰も彼もが我が道を往くでもある。それに長生きだからこそ生きることに飽きて、感情の起伏が薄くなっていくようで……恋愛面においては淡白過ぎて、性欲すらほぼ無いとすら聞く。魔法に長けているがゆえに、魔法を用いれば体外で子を育てることが出来るようになったのも、エルフらが恋愛をする必要がなくなった一因だとか。
ゆえに、アレクセイは普通のエルフからは外れ過ぎていて。こんなにも恋愛事に積極的なんて……信じられなくて。
ソフィアが〝こいつ、本当にエルフなのかしら……?〟と思ってしまうのも仕方のない話であった。
「…………終わったか?」
ひょっこり。
その時、タイミングを見計らっていたらしいレインがキッチンから顔を出す。
若干ぐったりとしながら、恨めしさを隠さぬ視線を向けてくるソフィアを見て、彼は呆れたような視線を返してきた。
(ほーら、こうなった。分かったか? もうこの話題振んなよ、二度と。また最初っから惚気を聞かされることになんぞ)
(そういうことは先に教えておいてくださいませ……)
「待たせたなぁ! 今日のご飯だぞぉ〜」
……と。
目で会話を交わしたところで、アントンが鶏肉のソテーがメインのプレートランチを持ってくる。
そして、疲れ顔のソフィアとニコニコなアレクセイを見て、不思議そうに顔を傾げた。
「どうしたぁ〜? 疲れたのかぁ〜?」
「……いいえ、大丈夫ですわ。頂きます」
ソフィアは必要以上に語らず、そっとランチプレートを受け取ってもぐもぐと食べ始める。
レインもそれで良いと言わんばかりに頷いて、隣に座って食べ始める。
目の前ではまたアレクセイに捕まって、顔を真っ赤にしながら悲鳴をあげるアントンがいたけれど。今度は絶対に、ソフィアはそれに触れようとはしなかった。
彼女は学んだのだ。
世の中には、触れてはならないことがある(※使い方を間違ってる)のだと。
触らぬエルフに面倒なし。
今日、(無駄な方面で)一つ賢くなったソフィアさんなのであった。
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