姉弟子夫婦の夜咄
あーれーるーあーれるーよ、天ー候ぉがー。
はい、相変わらずの天候に勝てない島田です。急に暑くなったり、寒くなったり。いえす、体調不良ですね。
気長にお待ちくださってる皆様に感謝を。
誤字脱字を教えてくださる方々にも感謝を。
今後とも、どうぞよろしくお願いします( ・∇・)ノ
深い深い夜の帷が降りた頃ーー橙色の洋燈で照らされたアイスフィールド夫妻の私室にて。
絹のパジャマを着たシルビアは、ソファに深く腰掛けながら、ウィスキーが入ったロックグラスを揺らす。
ーーカランッ、コロンッ……。
静かな部屋に、氷がグラスにぶつかる音が響く。
シルビアは揺れる琥珀色から目を離すと、ドレッサーの鏡越しに、夜の身支度をする夫を見つめた。
「それで? 話してくれるかい、エロイーズ」
「……あら。何が聞きたいのかしら?」
深紅のネグリジェを纏ったエロイーズは、髪を梳かしていたブラシを置いて首を傾げる。
そんな彼女に対して、シルビアはクスクスと笑い声を漏らした。
「ははっ、何を言っているんだい? エロイーズ。それは当然ーー……君がずっと、ワタシに話したいと思っていることだよ」
夫婦になる前からの付き合いだ。
何か話したい、相談したいことがあるーーそれに気づかないほど、彼女は鈍感ではない。
シルビアはソファ前のローテーブルにグラスを置き、立ち上がった。エロイーズの背後に歩みよると、そっとその身体を抱き締める。
そして……夫を安心させるかのように力強く抱き締めながら、優しくその耳に囁いた。
「何か、ワタシに話したかったんだろう? 話しておくれ」
「…………」
黙り込むエロイーズ。
シルビアは決して、急かそうとしない。彼女が語ってくれるまで待つ。
ーーそのままどれくらい待っていただろうか?
そっと目線を、義脚を嵌めた脚に向けたエロイーズは……微かに声を震わせながら、呟いた。
「アタシの、脚……戻るかも、しれないんですって」
「…………え?」
「ソフィアちゃんと、レインちゃんが……アタシの脚を、治してくれるかも、しれないのよ……。アタシの脚、治るかもっ……しれないの!! そう、今日、言われたのよっ……!!」
「………………なっ!?!?」
シルビアは言葉を失った。
欠損の再生ーーそれは、回復を専門とするSランク冒険者《戦場の聖女》でも出来なかったことだ。
或いは、聖女と呼ばれる存在なら可能かもしれないが……聖女はレスション王国の神殿が管理しており、噂が本当であれば……聖女に診てもらえる可能性はほぼゼロに近いだろう。……当然、治る可能性も含めて。
だから、欠損した脚が治るかもしれないーーそんなことを言われた二人が動揺するのも、仕方ないことだった。
「それは、本当なのかい!? エロイーズ!?」
「分からない……分からないわ! その時は動揺し過ぎて……何も考えられなくて! でも、レインちゃんが嘘を言うと思う!?」
「っ……! それは……」
エロイーズとも長い付き合いではあるが、レインとだって長い付き合いだ。
だから、分かる。レインは決して、この手の嘘はつかないと。
「…………エロイーズは、どうしたいんだい?」
そう問われた彼女は考え込むように、目を伏せる。
数十秒の沈黙。ゆっくりと瞼を上げたエロイーズは、シルビアの手に手を重ねて……震える声で、答えた。
「…………勿論、治せるなら治したい、わ。だって、望んでこうなったんじゃ……ないもの」
◇◇◇
危険度が高い魔物が現れた際ーーその被害を抑えるために、迅速な討伐が求められる。
ゆえに、Sランク危険度の魔物が出現した際は、Sランク冒険者に討伐依頼が発注されることが多い。
当時、討伐対象となった魔物はグラトニーキングスライム。討伐危険度Sランクの、超変異種スライムだった。
討伐に参加したSランク冒険者は五名。
《翡翠の賢者》アレクセイ・ジェイド・ウェヌ・エンティーヴェ(以下略)。
《氷雪の麗人》シルビア・アイスフィールド。
《落星》ジミー。
《双刃雨》レイン。
《戦場の聖女》ジョセフィーヌ。
更にシルビアとジョセフィーヌがリーダーを務めるAランクパーティーを加えて、総勢十三名による討伐隊が組まれた。
討伐は作戦通りに進んだ。
ジミーが盾役をこなし、シルビアパーティーが前衛。アレクセイが後方大砲。レインは遊撃。そして、ジョセフィーヌパーティーが全体の支援と回復を担った。
グラトニーキングスライムは、物理攻撃にも魔法攻撃にも耐性がある。だが、無敵という訳ではない。
少しずつ、少しずつ敵の体力を削っていったのだが……そこで誤算が生じた。
今回の討伐に参加しないはずの新人Sランク冒険者ーー《黒ノ侍》ユウタ・ソメヤが、この討伐に飛び入り参加してきたのだ。
彼はその年にSランク冒険者に上がったばかりで、Sランクになれるほどの実力はあるのだが……精神的に未熟な面があり、実力があるからこそ驕り高ぶっていた。その驕りが討伐に悪影響を及ぼすと判断されたため、ユウタは討伐隊から外されたのだが……それを不服として、勝手に飛び入りしてきたらしい。
そして、それこそが全てが狂った原因だった。
スライムの変異種には必ず一つ、逆に活性化させてしまう属性攻撃というものがある。
例えば、炎が活性化させてしまう属性であれば、炎攻撃を与えると凶暴性が一気に増すのだ。
各個体によって活性化属性は変わるため、毎回毎回確認作業から入らなくてはならないのだが……もし活性化属性で攻撃してしまえば、討伐難易度が上がる。それもスライムにも火事場の馬鹿力というのがあるらしく……体力が少なければ少ない時ほど、活性化攻撃を受けると凶暴化が酷くなる。
ゆえに今回の討伐においても、まだそこまで凶暴化が酷くならない最初の時点で、アレクセイの魔法を用いて活性化属性を確認していた。
今回のグラトニーキングスライムの活性化属性はーー《闇》。
奇しくも、《黒ノ侍》が得意とする属性であったのだ。
………………ここから先は語らなくても分かるだろう。
ユウタの闇属性を帯びた刀攻撃で、レイン達によって体力がある程度削られてしまっていたグラトニーキングスライムは一気に凶暴化した。
凶暴化することを知らず、何が起きたのかが分からず。戦闘中にも関わらず呆然と立ち尽くしたユウタを庇って、ジミーは怪我を負った。下半身を、持っていかれた。
《戦場の聖女》の尽力でなんとか一命は取り留めたが、ジミーの両脚はそこで失われ……。
そして……シルビアのパーティーメンバー二人と、ジョセフィーヌのパーティーメンバーであった一人の計三人という、想定では出るはずがなかった死者を出して、討伐は終わった。
後に、討伐の妨害行為で弾劾された《黒ノ侍》ユウタ・ソメヤは降格処分となり……。
冒険者としての活動が出来なくなったジミーは冒険者を引退し、ギルド職員にならざるを得なかった。
これが、ジミーことエロイーズが脚を失った原因。
ここ近年の一番苦い思い出として……Sランク冒険者達の記憶に残る事件である。
◇◇◇◇◇
「…………騎士でもあり、冒険者でもある貴女は、他の人よりも死に近い場所にいる。だから、いつ……貴女を失ってもおかしくと、アタシは覚悟しているわ」
「エロイーズ……」
重ねられたエロイーズの手が、微かに震えている。
彼女の言う通り、この世界では人は簡単に死んでしまう。
そんな世界で、シルビアは他の人よりも命の危険に晒される騎士と冒険者をやっているのだ。
だから、いつ彼女が死んでもおかしくない、というのは。当たり前な話だった。
「……本当は危険な仕事なんてして欲しくない。でも、シルビィちゃんが誇りを持って騎士も冒険者もやってるのを知っているから。アタシは、辞めてなんて言えないわ。でも……それでもね? アタシの目が届かないところで。アタシの手が届かないところで。貴女が死んでしまうかもしれないと思うのは……恐いの。もし、アタシが共にいられれば。最後まで共に生きるために足掻けるのにって。貴女と一緒に戦って、支えることが出来るのに。貴女と共に、散ることもできるのにって。考えてしまうの」
冒険者の時は、隣で共に戦うことができた。
…………けれど、今は。
「でも、今のアタシには……ギルド職員として、ただシルビィちゃんの帰りを待っていることしか出来ないから。それが……とても、辛い」
「…………」
「だからね? もしーーアタシの脚が治るなら。もう一度、貴女の隣に立てるかもしれないのなら。アタシは……この脚を治して欲しい。そう、思うわ」
鏡越しに交わる、決意が滲んだ視線。
シルビアは大きく息を吐いて、もう一度力強く、夫の身体を抱き締める。
深い深いエロイーズの愛に、シルビアは喜びの吐息を零した。
「…………分かった。なら、頼んでみよう。ワタシも、君と共にいたいから。もし死ぬのなら。君の隣で、君と共に死にたいからね」
「…………えぇ。そうしましょう、シルビィちゃん。アタシも、貴女の隣に……いたいわ」
シルビアはそっと彼女の顎に指を添え、顔をクイッと持ち上げて口づけをする。
何度か触れるだけの優しい口づけを愛しい人に送ってから、シルビアは……。
夫が気づいていない〝ある懸念〟に、頭を悩ませ続けた……。
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