奥様同士の会話は、もうなんか……腹黒だったよね。という話
よろ〜しく〜ね〜( ・∇・)ノ
レインの姉弟子ーーシルビア・アイスフィールドの《結婚式に出席したい願望》から結婚の披露宴をすることになったソフィア達。
…………ぶっちゃけ、可能であらば。披露宴なんて断りたかったのだが。
〝披露宴を開いたところで、わたくし達には利益は何もないではありませんか〟と思ってるソフィアと。平民は普通、披露宴なんてしないので〝なんで平民なのに披露宴しなきゃいけねぇーんだよ……〟と遠い目になっているレイン的には、本当に披露宴なんて無駄だとしか思えないのだが。
悲しいかな……ヤル気満々になってしまっているシルビアからは逃げられそうになかった。
というか、多分逃げてもエロイーズの転移で捕まえられる……。
という訳で……。
ソフィア達はホント〜に嫌々と! 披露宴に主役として、参加することになったのだった……。
「あっはははっ! 相変わらず君らの姉弟弟子コンビは面白いねー! ついつい見ちゃう! でも、そうそろそろ夜も深まってきてるから、僕、お暇するねー!」
今の今まで黙ってレインとシルビアのやり取りを見ていたアレクセイが、ゲラゲラ笑いながら告げる。
ハッと我に返ったシルビアは、素早く身嗜みを整えると……一番最初の爽やかさを醸し出しながら、首を傾げた。
「おや。泊まっていかないのかい?」
「うん! だって僕、こんな豪勢なお屋敷に泊まるとか苦手だもんー!」
変わり者ではあるが、それでもアレクセイはエルフだ。
かの種族は自然と共に生きる種族であるがゆえに、華美なモノを苦手としている。
後、純粋に落ち着かない。雑な自覚があるだけに、下手をして高級な調度品を壊したら家主達に申し訳ない。
という訳で、アレクセイは丁寧に宿泊を断りした。
「あぁ、分かったよ。だが……見た感じエロイーズによる転移、からの不法入国中だね?」
「うん、そうだよー! 僕だけじゃなくてレイン君もソフィア君もねー!」
「…………いや、そう堂々としないでくれよ……まぁ、それに関しては会議に間に合わせるためだと予想がつくから仕方ないけれど。一応、明日には滞在手続きをこちらの方で申請しておくから、それまで問題を起こさないでくれよ?」
シルビアは呆れ気味になりながら、そう告げる。
彼女の懸念も最もだ。不法入国中に問題を起こされたら、一発で犯罪者扱いになる。
出来ることなら一度、国を出てもらって改めて入国手続きをしてもらいたいが。ついでに言うと、このまま屋敷にいて欲しいとも思っているが。
Sランクは誰も彼もが《我が道を往く》なので、言ったところで無駄……と判断しての、この言葉だ。
アレクセイもそれが分かっているから「勿論だよー」と返事を返す。それから部屋の窓に近づいたかと思うと、ガチャリと前触れなく窓を開ける。
そして片足を窓枠にかけると……上半身だけを捻ってソフィア達の方を向き、ニパッと笑顔で別れの挨拶をした。
「じゃあ行くねー! 次の会議で会おー! ……まぁ、レイン君達には会議の前に、〝彼の宿屋〟で会うかもしれないけどねー!」
「…………えっ!?」
「そういやそーだったな」
「そーう! 今回こそ〝宿屋の主人〟を口説き落とせるように、レイン君達も祈っててねー!」
「………え? えっ!? く、口説き落とす!?」
「おー、頑張れ頑張れ。ま、向こうも絆され始めてるっぽいんだから、後数十年頑張りゃいけんじゃね? ふぁいとー」
「うはーっ! 頑張っちゃう! じゃ、今度こそバイバーイ!」
意気揚々と窓から飛び降りたアレクセイ。彼は魔法を使って空を舞い、王都へと消えて行く。
それを愕然と見送ったソフィアはハッと我に返り、事情を知っているらしいレインの方へと振り向く。
ソフィアの〝どういうことですの?〟と問う視線に、彼は苦笑を零した。
「後でな」
「…………分かりました、わ」
どうやらエロイーズ達の前では話せない話らしい。というよりは、話すと面倒くさいといったところか。
困惑しているソフィアをマジマジと観察していたシルビアは何かを考えるように宙を暫く見つめてから……「よし」と呟いた。
「レイン、君らは泊まっていくのだろう? というか、泊まっていきなさい」
「えー……」
「泊まっていくのだろう??」
「あー……ハイ。分カリマシタ」
有無を言わさぬ姉弟子の圧に、レインは諦めて頷く。拒否しても無駄(以下略)。
それに満面の笑みを浮かべたシルビアは、ソフィアの肩を抱くと「では行こうか!」と部屋の外へと促した。
勿論、ソフィアはギョッとした。
「えっ!? ちょ、どこに行くんですの!?」
「お風呂さ。今日はワタシに付き合ってもらうよ、ソフィア。裸の付き合い、というヤツだね!」
「…………えぇっ!? レ、レインーッ!?!?」
「…………ソフィアもふぁいとー」
諦め切ったレインからの応援に、ソフィアも諦めて流されることにした。
そうこうしている間に浴場へと辿り着き……脱衣所で服を脱いで、浴室に入る。
中は貴族らしい浴室だった。広々とした湯船に、大理石の床。獅子の湯口からは白緑色のお湯がバシャバシャと溢れ出ている。
(この、特徴的な匂いは……あぁ、そうでしたわ。アマーレ王国は温泉地としても有名でしたわね)
ソフィアは浴室に控えていた侍女に身体を洗ってもらいながら、それを思い出す。
アマーレ王国の温泉は肌に良いとされている。俗に言う美白の湯というヤツだ。肌がスベスベになると、貴族の女性から人気がある。そのため、アマーレ王国は温泉を売りに出した観光地として栄えていた。
(温泉を屋敷に引くのが一種のステータス、というヤツなのかもしれませんね)
身体を洗ってもらったソフィアは髪をクルリッと纏めてから、湯船に浸かる。
じんわりと指先から温まる感覚に、思わず感嘆の声を漏らしていた。
「気持ち良さそうだね、ソフィア」
ただ広い湯船だというのに、隣に座ったシルビアがそう声をかけてくる。
ソフィアはお湯を手の平に掬いながら、こくんっと頷いた。
「えぇ、流石アマーレの温泉ですわね。とても素晴らしいですわ」
「気に入ってもらえたようで良かったよ。…………ところで」
「………………はい?」
「普通、平民は身体を洗ってもらうなんて慣れていないはずなんだけど。君は一体、どこのお嬢様だったりするのかな?」
「!!」
向けられた視線。探るようなシルビアの瞳に、ソフィアは緩んでいた気を締める。
だが、そんな詮索するようなことをしてきた当の本人は「プッ」と笑い、バシャバシャと指先で湯の面を叩いた。
「あははっ、そんな急に警戒しないでおくれよ! ソフィアもレインと同じように……いや、レインと共に、かな? 兎にも角にも、色々と隠し事も多そうだけれど……別に無理やり聞き出そうとも思っていないし、取って喰おうってつもりもないよ。弟弟子であるレインが君を選んで、君もレインを選んだ。そして、君らは夫婦になった。つまり、君もワタシの妹分のようなモノだ。身内が困っていたら助けたいから、話せるコトがあるなら話してもらいたいってだけさ」
「…………そうなんですの?」
「あぁ、そうだよ。でも、それ以前に……君、貴族だったってこと、隠す気もなかっただろう? 所作も言葉も、お綺麗過ぎる!」
「…………あー……それは違いますわ。隠す気がなかった訳ではありませんの」
「ん?」
「これは、骨の髄まで染み込んでしまった癖なんですの。実のところ、わたくしなりに直そうとはしているのですが……そう易々と直るなら、苦労してませんのよ」
ソフィアは荒くれ者の冒険者にしては所作も言葉も、全てがお上品過ぎる。どこからどう見ても、貴族であることが分かる。
そんなこと、聡いソフィアは指摘されなくても分かっていた。
明らかに元貴族らしい冒険者なんて、目立って仕方ない。目立てば必然的に、国に見つけられてしまう。なら、そうならないように埋没ーー冒険者らしくなれば良い。
けれど、そう簡単に上手くいかなかったのだ。ソフィアも一応、気にしてはいるが……。それでも幼い頃から徹底的に躾けられた癖は、簡単に直せそうになかった。
この上品過ぎる言動は、まだまだ時間をかけなければ直せない部類の癖だったのだ。
そう打ち明けると、シルビアは「成程ねぇ」と顎に手を添える。
そして……ほんの少し悪戯っ子めいた顔をソフィアに向けると、確かめるように問うた。
「…………君は、レスション王国の王太子の婚約者様に似ていると、よく言われないかい?」
「あら……確かによく似ていると言われておりますわ。ですが、わたくしはレインの妻であるソフィアです。公爵令嬢様と似ているだなんて、恐れ多いですわ」
「ふむ……ソフィア。何か面白い話を知っていたりしないかい?」
「そうですんね……わたくしが聞いた噂話では。とある国の公爵令嬢様はダンジョン実習中に、婚約者であった尊き方から攻撃され、ダンジョンの最下層に囮として残されてしまったそうです。尊き方は自身の恋人を助けるために、そのようなことをしたのですって。そこで公爵令嬢はお亡くなりになられたんだとか」
「……………本当に??」
「わたくしが聞いた話が嘘でなければ、本当ですわね」
シルビアは「アチャー」と言いながら、額を叩いた。
流石、夫婦。さっきのエロイーズと同じ仕草である。
彼女は困ったような顔をしながら、ソフィアに問い続けた。
「もし、その公爵令嬢が生きていたらどうすると思う?」
「逃げるでしょうね。自分を殺そうとした男の妻になるなんて、死んでも嫌でしょうから」
「まぁ……確かに! ワタシも嫌だな!」
「それに……彼の国の王太子はお馬鹿と有名ですのよ? その王太子が恋人と睦まじくしているのを傍目に、そんな馬鹿な代わりに、政務を押し付けられるなんて……ただただ地獄では??」
「あぁ……うん。……うん、そうだな……地獄だなぁ……」
王太子と恋人が庭で人目も憚らずにイチャイチャ、イチャイチャ。
その間に王太子妃が部屋に缶詰めになって、王太子の代わりに政務を行うーー……。
無駄に現実的な想像をしてしまって、ソフィアは思わず舌打ちを零す。
同じようにそれを想像したシルビアも嫌そうな顔をしてから、最後の確認を口にした。
「えーっと……とにかく。もし、その公爵令嬢が生きていたら、彼女は国に戻るつもりはないということかな?」
「えぇ、わたくしの推測が正しければそうですわ」
「………うーん……ソフィア。これ、ワタシの主人に話しても構わないかい?」
「構いませんわ。別に隠している訳でもありませんし」
ここまでの二人の会話で分かっただろう。
ソフィアは噂話という体で、自身の置かれていた状況を彼女に打ち明けたのだ。
どうせ隠したところでいつかはバレる。そもそも、ソフィアの正体を当てられた時点で、ある程度の情報はアマーレ王国に伝わっていると考えるべきだ。
これで下手に隠すと悪い印象を与えかねないし……アマーレ王国が得ている情報が間違っていた場合、面倒くさいことになりかねない。
なら先に、自ら正しい情報を渡しておいた方が得策だと判断した。
そして、それは実際に……得策であった。シルビアから、有益な情報を手に入れることが出来たからだ。
「成程ねぇ……。実はワタシも、噂話を聞いているんだ」
「あら。なんですの?」
「なんでもある国では国王陛下が自身の息子ーー王太子の婚約者であった令嬢を探しまくっているそうだよ? 風の噂では、公爵令嬢は国王陛下からの寵愛が著しかったらしいね? 愛しているから亡くなったって認めたくないんじゃないかって、話だ」
ーーピシリッ。
ソフィアは固まった。
なんせ、初めて耳にした話だったので。
「………………」
「アッ。割と本気で引いてる顔だ。あはははっ、どうやら国王陛下の片想いらしいね!」
「片想いも何も、そんなの知りませんわよ……なんですの、その噂話……」
「おやぁ? レスション王国の王宮内では公然の秘密、だったようだけど……当人が知らないとなると、公爵令嬢に知られないように隠してたか。それか彼女自身が知ろうとしなかったか。どちらだと思う?」
「どちらでも構いませんわよ……確かなのは、公爵令嬢様は国王陛下にも王太子にも情なんて微塵も抱いていなかったということです。そのような余裕など、あの国にいた彼女にはなかったのですから」
濁った瞳で薄ら笑うソフィアを見て、温泉に入っているはずのシルビアは悪寒に襲われた。
彼女は自分が地雷を踏んだらしいことを悟る。
それから慌てて、話を変えることにした。
「ま、まぁ! うん! ソフィアは国王陛下と情を交わしてないってのが分かっただけ良しだよ! だって、レインに対して不誠実になっちゃうからね!」
「わたくしではなく公爵令嬢様でしょう。わたくしは知りませんわ。そもそも、貴族の婚姻に情など必要で?」
「ア、ハイ。スミマセンデシタ……」
極寒零度の視線に晒され、シルビアは温泉に入っているというのに寒気に襲われた。それぐらい、ソフィアが怖かった。
しかし、シルビアには伝えておかなくてはならないことが一つ。彼女は弟弟子の嫁の肩を抱き、にっこりと微笑みかけた。
「取り敢えず……ワタシもエロイーズも君達の味方だからね。何かあればワタシ達は惜しみなく手を貸そう。困ったことがあればなんでも相談してくれて構わない。どうかそれだけは……覚えておいておくれよ? ソフィア」
今の状況から考えると、ソフィアは今後、更なる面倒事に巻き込まれることになるだろう。…………レインが原因で巻き込まれる可能性も高いが。
兎にも角にも、弟弟子の嫁である以上、姉弟子夫妻はソフィアの味方だ。
「…………シルビア様」
その気持ちに嘘がないと伝わったのだろう。ソフィアは驚いたような顔でシルビアを見つめ……それから、少し困ったような顔になる。
本音を言うと、アマーレの貴族であるシルビアは自身の主人ーー女王を優先するだろうから、絶対の味方だなんて信じきるなんてできないのだけど。
それでも本気でそう言っていることは伝わったから。だから、ソフィアは……ほんの少しだけ、その言葉を信じることにした。
「えぇ。もしもの時は、どうぞよろしくお願いいたしますわ。義姉様」
「あぁ、勿論さ!」
その答えが、今のソフィアが出せる……最大限の言葉だった。
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