姐さんと姉弟子は、似た者夫婦
よろしくね〜( ・∇・)ノ
たった一日の出来事とは思えない濃密な一日を過ごして、夜ーー。
ソフィア達は(いきなり足を治せるかもしれないと言われて、ずっと動揺しまくってた)エロイーズの転移によって、隣国アマーレへと来ていた。
「あ"ー……疲れたぁ………」
グッタリとソファに座り込んだエロイーズ。その姿は疲れ切ったおっさんだ。
そんな彼女を尻目に、ソフィア達は連れて来られた場所を観察していた。
美しい天使の絵が描かれた天井には、キラキラと輝くシャンデリア。部屋の中央には大きな飴色のローテーブル。その周りにはふかふかの二人がけソファが二脚と一人用のソファが二脚、テーブルを囲うように置かれている。床に敷かれた毛長のマットも高級そうで……灯りで照らされた美しい庭園が覗ける窓はとても大きく、汚れ一つない。いかにもといった感じの、貴族らしい部屋だ。
一緒に転移してきたアレクセイも、ソフィア達と同じようにキョロキョロと周りを見渡す。それから、未だにおっさんモードのエロイーズに声をかけた。
「エロイーズくーんっ! ここ、どこー?」
「えー? どこってアタシの家よぉ。正確には、アマーレにあるアタシとシルビィちゃんの家の、応接室ね」
「うわぁ、マジか。不法入国になんじゃね、コレ」
レインの呟きにエロイーズは〝あちゃー〟と額を打つ。
どうやら昼からの動揺を引きずり過ぎて、すっかりそのことが抜け落ちていたらしい。彼女は仕方ないと肩を竦めて、怠そうに口を開いた。
「仕方ないから、シルビィちゃんになんとかしてもらうわ」
「あー……姉弟子、女王陛下の懐刀やってんだっけ?」
「そーよー。女王直属の《宝剣騎士団》に所属してるわ。だから、多少の無茶が効くみたい。はぁー……」
「…………なるほどなぁ。ところでよー。大丈夫かよ、姐さん。魔力回復薬あっけど、飲む?」
「ちょ、それを先に言いなさいよぉ! 早くお寄越し!」
「ういっす」
レインはバックパックから魔力回復薬を取り出し、エロイーズに渡す。
コルクをキュポンッと抜き、ごくごくと中身を煽るその姿は……仕事終わりのビールを煽るサラリーマンそのものだった。見た目は全然、サラリーマンではなかったけれど。
『おや。帰ってきたのかい、エロイーズ』
そんな時、扉の向こうから凛とした声が聞こえた。
ギィィッと開く扉。そこから現れたのはラフな格好をした一人の女性。
キチッとした三つ編みでまとめられた銀髪に、美しい海色の瞳。女性でありながら純白の騎士服を纏っている彼女こそが、エロイーズの妻であり、レインの姉弟子であり、アマーレ王国の女騎士であるSランク冒険者《氷雪の麗人》シルビア・アイスフィールド。
設定てんこ盛りな人気者は、自身の夫と共にいた者達の姿を見て……大きく目を見開いた。
「驚いた……久しぶりじゃないか。アレクセイ」
「久しぶりー! シルビア君!」
「それと…………レイン」
「止めろ、止めてください。攻撃してくんなよ、手加減しねぇからなぁ!?」
アレクセイは笑顔で返事を返していたが、レインは警戒心全開でいつでも攻撃出来るように身構える。
そんな弟弟子の姿を見てシルビアは苦笑を溢さずにはいられない。そんな態度を取られる原因は自分だとは分かっているが……仕方ないことなのだ。
取り敢えず、こちらから攻撃する意思はないと示すように、シルビアは両手を上に持ち上げながら、レインに声をかけた。
「おっと……待ちたまえ、レイン。ワタシから攻撃するつもりはないよ。…………今のところはね?」
パチリッ、と爽やかにウィンクしながら告げるシルビアに、レインのこめかみにビキッと青筋が走る。
なんだかんだ言って、エロイーズと同じように自分を利用している姉弟子を、彼は思いっきり怒鳴りつけた。
「あぁぁぁぁっ!! そーやって言ってくるところのがおっっっそろしぃーんだよっ! どーせ姐さんが煽ったら攻撃してくんだろぉ!? なんでアンタも姐さんがワザとやってるって分かってんのにっ! 攻撃してくんだよ!」
「はははっ、それは……仕方ないじゃないか。分かっていても愛しているからこそ、燃え上がる嫉妬を我慢出来ないのさ。それに……ワタシが嫉妬に燃えると、エロイーズがうっとりとしてくれるからね? レインにはいつも感謝してるよ」
「だ〜か〜らっ! 俺を恋のスパイスに利用するんじゃねぇぇぇ! この似た者夫婦がぁぁぁぁぁぁ!!」
「「褒め言葉ねぇ(だね)」」
「褒めてねぇし!!」
叫ぶレインとニンマリと笑う姉弟子夫婦のやり取りを見ていたソフィアは、問答無用で襲ってくる系かと思えばそうではなかったことに安堵しつつ……そっと目を逸らした。
話を聞いた感じからして、シルビアもエロイーズに翻弄されてるのかと思っていた。
思っていたのだが……当人もワザとだと知ったて上で、翻弄(?)されてた。
つまり、本当にとばっちりを受けているのはレインだけだったということで……。
……ソフィアは、自分の夫が他のSランクに振り回されていたるらしい……という現実から、目を逸らさずにはいられなかった。
…………だって、哀れ過ぎたので!!
「ところでレイン。そちらのお嬢さんは? 紹介してくれないのかい?」
そんな風にソフィアから目を逸らされているのを分かっていながら、シルビアはいけしゃあしゃあとそんなことを言う。
レインは顔を顰めながら、嫌そうに呟いた。
「えぇー? この状況で紹介いりますぅ?」
「必要だろう! ワタシは君の姉弟子だよ?」
「うっわ……旦那と似たようなこと言ってらぁ……。はぁ〜……こちら、ソフィア。俺の嫁」
「あ、はい。ソフィアですわ。どうぞよろしくお願いいたします」
本当は目を逸らしていたかったソフィアだったが、人様の家にお邪魔しておいて挨拶をしないのは失礼に当たる。
なのでペコリッと頭を下げて挨拶をしたら、シルビアは素直にそれを受け入れたーーかと思ったら、信じられないと言わんばかりの顔で叫んだ。
「そうか。ソフィアと言うのだね。レインの嫁ーー……嫁ぇ!?!?」
Sランク、みな同じ反応、Sランク(字余り)。
シルビアは今日一番の驚きを見せると、弟弟子に詰め寄ってその肩を掴む。
レインはこの後に起こることを察して、面倒くさそうな顔をした。
「どういうことだいっっ、レインッ! 結婚したなんて聞いてないぞ!?」
ぐわんぐわんっと揺らされるレインは、大きな溜息を零す。
めちゃくちゃ揺らしてくる姉弟子の手を払い、皺の寄った肩を直しながら肩を竦めた。
「そりゃー今言ったからな。聞いてなくてとーぜんだろ」
「師匠は! 知ってるのかい!?」
「言ってないから、知らねーんじゃね?」
「そもそも! どういう経緯で! いつ! どこで! 結婚したんだっ!」
「ダンジョンで会って、色々あって俺が惚れた。結婚しても良いってソフィアが納得してくれた、だから結婚した。ちょっと前に、隣の国で?」
「なんで……なんで! その時に教えてくれなかったんだいっ!!」
「えっ。逆になんで教えなきゃいけねぇーんだよ……」
「ワタシ! ワタシ! 結婚式の新郎の親戚枠で! 挨拶とかしてみたかったのにぃぃぃぃぃぃ……!!」
…………と。
嘆きながらその場に崩れ落ちたシルビアに、レインが真顔になった。ついでにソフィアも真顔になった。
どうしよう。流石にこんなこと言われるとは思ってなかったし……言ってることもなんかちょっと意味が分からなくて、困惑が隠せない。
というか……何故、挨拶がしたい??
そんなソフィア達の困惑に、エロイーズが答えをくれた。
「あぁ〜……そういえばシルビィちゃん、そんなこと昔から言ってたわねぇ。というか……正確には、結婚式に参加してみたいんだったかしら?」
「はぁ? なんで結婚式に参加したいんだよ……てか、参加するような機会ぐらい、あんだろ。人気者〜ひっぱりだこ〜なアンタなら」
「それが! 早々! ないんだよ! だってね!? ワタシが誰かの結婚式に参加したら、贔屓になってしまうからって! 誰も招待してくれないから!」
「「あぁ〜……」」
繰り返しになるが、シルビアは人気者。有名な女優のような存在だ。彼女の知名度は、他国ですら知れ渡っているぐらいに高い。
だから、誰か一人の結婚式に参加してしまえば贔屓になる。〝あの方の結婚式にシルビア様が参加してんですって……妬ましい……!〟と、招待した者が周りに怨まれることになるかもしれない。
そういった事情などを加味し、色々と考えられた結果ーーシルビアを結婚式に誘うのは得策ではないと判断され、平穏のために誰からも誘われないということになったのだろう。
…………多分。
「後! 唯一参列できる王族の結婚式では! 騎士として護衛任務に当たることになるから! 仕事しながらじゃ参加したとは言えないだろう!? となれば、身内(扱い)のレインの結婚式ぐらいしか! 参加できそうになかったんだよぉぉぉぉ!」
「「成る程……」」
「うわぁぁぁぁぁんっ! 結婚式、参加してみたかったー!!」
子供みたいに駄々を捏ねるシルビアに、ソフィアとレインは心底困った。
だって、そんなこと言われても……もう結婚式は終わっていて、どうしようもないので。
だが、ここでいつでもお嫁さん至上主義な旦那様エロイーズが動く。彼女は「そんなに落ち込まないで、シルビィちゃん」と声をかけながら、キラーンッと目を光らせる。
ソフィア達は嫌な予感を察知して……一瞬で、目から光が消えた。
「シルビィちゃん。結婚式は終わってしまったのだから、もうどうしようもできないわ。でも、その代わりに……レインちゃん達の披露宴を開いてあげるのはどうかしら?」
「…………!!」
「どうせなら他のSランク冒険者達も招いて、盛大にやりましょ! シルビィちゃん達のお師匠さんはアタシが転移で連れて来てあ・げ・る♡ そこで、シルビィちゃんがみ〜んなの前でスピーチするのよ。どーう?」
「エ、エロイーズ!!」
ーーガシリッ!!
顔を上げたシルビアは目をキッラキラさせながら、エロイーズの手を握る。
そして、心の底から嬉しそうな、満面の笑みを浮かべた。
「素晴らしい!! 素晴らしい考えだよ、エロイーズ!! 君は最高の伴侶だ!! 早速、準備を進めよう!!」
興奮するシルビアは、今直ぐにでも飛び出していきそうな様子だ。
そんな彼女を見て、ソフィアは慌てて制止の声をあげた。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ!? シルビア様!? 当事者であるわたくし達の意見を無視して、話を進めないでくださいます!? わたくし達は披露宴なんてしたくありませんわよ!?」
「あははははっ! 無・理・だ・よ☆」
「どっかで聞いたような台詞ですわね!?!?」
「ワタシが開くと言ったんだ。披露宴は決定だよ、ソフィア」
「なぁっ……!?」
ーーパチコーンッ☆
爽やかにウィンクしながらそう断言したシルビアに対して、ソフィアは絶句する。
あまりにも自分勝手過ぎる行動に……愕然とせずにはいられない。
「ソフィア」
ーーぽんっ。
肩に置かれた手。ハッと我に返り、振り向く。そして、後悔した。
レインの目が、さっきよりも死んでいる。
それが意味するのことは……ただ一つ。
「忘れんな。相手は、Sランク冒険者」
「……………」
「何言ったところで、無駄です。はい」
レインが告げた通りーー。
何を言ったところで……Sランク冒険者がやると言ったら、それは実行されるということで。
(Sランク冒険者って言えば、なんでも許されるとでも思っていらっしゃるの? …………いえ、普通に話が通じない程度に、頭のネジが飛んでるだけでしたわぁ……)
ソフィアは美人なのに……現実逃避的な理由で、白目を剥きそうになるのだった。
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