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29/47

ようこそ、《××の宿屋》へ!


あけましておめでとうございます!

昨年はどうもありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願いします!


という訳で〜……相変わらずのスローペース更新です。

今後も気長にお待ちくださいませ。


島田莉音

 







 冒険者ギルドで依頼完了の手続きを終えたソフィア達は、軽く挨拶してからその場を後にし……。


 レインの案内で、今日泊まる宿屋へと向かっていた。




「こっちだぜ、ソフィア。俺と離れると辿()()()()()()から、手ェ繋いどこうな」

「…………辿り、着けない?」

「そそ」


 恋人結びで手を繋がれたソフィアは、彼の言葉に首を傾げる。

 この港街カリスは第二の王都と呼ばれるだけあって、かなり栄えている。だからと言って、宿屋に辿り着けないほどに大きな街とは思えない。

 だが、そんな彼女の心の声を読んだのか……レインは隠し事をする子供のようにニヤリと笑う。

 そして、「着いてからのお楽しみだ」と言いながら、人通りの多い道からドンドン離れて行った。


「レイン? この道で合ってますの?」

「大丈夫、大丈夫。信用しろって」


 レインに引っ張られて、人気のない路地裏を進む。

 右に曲がり、左に曲がり。回り回って、元の道に戻ったり。進んでいるようで進んでいない。

 ソフィアは、彼の行動の意味が分からなくて困惑する。

 ーーどれぐらいの間、歩いただろうか?

 もう数十分くらいは歩いている気がする。

 流石のソフィアもこれには我慢出来なくなり……声をかけようと口を開く。

 しかし、その前に「もう着くぜ」と言われ、口を閉じる。

 そして……狭い路地裏を抜けると、そこにはーー……。


「……………は??」



 ーー凄まじく場違いな、建物があった。



「……………え???」


 ソフィアは目に飛び込んでくる光景に固まる。だって、とんでもなくおかしい。

 まず、建物だ。真っ白い外壁に赤い屋根。コンサバトリーまである。高位貴族の屋敷並みに豪華だ。庭は広めの芝生になっており、大きな木が一本。噴水は流石にないが、蔓格子の塀がグルリッと建物を囲っている。

 次に空間。ソフィア達が通って来た路地裏はとても細く、密集地の間を歩いていたのだ。路地裏を抜けた先であろうとも、こんなにも広々とした場所がある訳がない。つまり、この建物が保有している広さは明らかにおかしい。

 最後に……建物の玄関口に掲げられている看板。見間違いがなければ、そこには《()()()宿()()》と書いてある。


(………嘘、でしょう?)


 魔王ーーそれは人類の敵。

 駄女神から(一方的に)教えられた……ソフィアを破滅させる存在。

 そんな存在が……宿屋?

 ソフィアは容量過剰キャパオーバーを起こし、呆然としてしまう。

 けれど、レインはそんな彼女を見てもケラケラと笑ったままで……。繋いでいた手を引っ張られて成されるがまま、宿屋の中に入ることになった。


「こんちはー!」


 レインは豪華な扉を開けるなり、大声で挨拶をする。

 外見は豪華な屋敷だったが、中はそこまで派手ではなかった。入り口には受付らしき台があり、中央には花が飾られたテーブルとクッションが置かれたソファが二脚置かれて応接間のような感じになっている。その奥には両開きの扉。

 玄関からは左右に廊下が繋がっており、等間隔で扉が並んでいた。


(……ここは、一体……)


 宿屋に入ってしまったことで少し冷静さを取り戻したーーヤケクソになったとも言うーーソフィアは、警戒しながら室内を見渡す。

 レインに連れて来られた以上、そこまでの危険はない、はずだ。多分。

 だが、宿屋の名前の衝撃インパクトが強過ぎて、警戒心を下げることが出来ない。

 そんな風に室内を観察していると……右側の廊下からシーツが入った籠を手にした男性が歩いて来た。

 彼は玄関に立つソフィア達に気づくと、慌てて駆け寄ってくる。そして、レインを見てにっこりと笑った。


「おっ、レインじゃないかぁ! 出迎えが遅れて悪かったなぁ〜。いらっしゃい」


 焦茶色を髪を一括りにした、地味な男性。けれど、その左右のこめかみ辺りから捻れた黒いツノが生えており、臀部辺りではゆらゆらと黒い尻尾が揺れている。

 その容姿は紛うことないーー魔族の証。

 ソフィアは内心ギョッとしながらも、レインと男を交互を見た。

 そんな、当のレインは……。


「よ、アントン。今日、空いてるか?」

「!?」


 至って普通に、それどころかのほほ〜んっと笑っていた。

 今度こそソフィアは、ギョッとした顔になる。


「あはははっ、空いてない日があると思うかぁ?」

「思わない」

「そういうこった」


 だが、二人はそのまま暢気に言葉を交わしていた。

 そして男は、レインの隣にいたソフィアにそこでやっと気づく。


「うわぁ! わ、悪い……。連れがいたのか」

「おう。今日は彼女も一緒に泊まりたいんだ」

「はぁ? おいおいおい、忘れたのか? ウチはお気に入りの客しか泊めない宿屋なんだぞ? なぁに勝手にご新規連れて来てるんだよ」

「そんなこと言うなって、アントン。早いか遅いかの違いしかねぇよ。どっちみち、ソフィアはいつかは()()に辿り着いてただろーからな」

「ん?」

「駄女神被害者の会」

「…………成る程。そりゃあウチの宿に泊まる資格があるなぁ……」


 それを聞いたアントンは、納得顔で頷く。

 それから、ソフィアに向かって親しみを込めた笑顔ーーけれど、その瞳は濁った魚のような目だったーーを送った。



「ようこそ、《魔王の宿屋》へ。駄女神被害者の同胞として……お前さんを歓迎するぞ〜」

「あっ、察しましたわ」



 その言葉を聞いた瞬間ーーソフィアは全てを理解した悟り顔になり、勿論レインも同じ顔になる。



 ついでに……二人共漏れなく……。

 ……………瞳を濁らせるのだった……。




 *****






 魔王ーーそれはその名の通り、魔族達の王である。

 魔族とは、魔法に長けた長命な種族のこと。彼らは総じて、捻れた黒いツノと尻尾、蝙蝠コウモリのような羽根を有している。


 そして……彼らは世界を支配せんとする、叛逆者でもあるーー。





「って世間一般思われてるじゃん? でも、それって駄女神が広めた悪評なんだよなぁ。とは言っても、強ち()()間違いでもない感じっぽいんだけど」


 玄関の中央奥にあった扉の先ーー。

 こじんまりとした綺麗なレストラン風の食堂でお茶をしながら、この宿屋の主人ーー魔王アントンは溜息を零した。


「要は逆なんだよぉ、逆。駄女神が()()魔族は〝世界征服しようとしてるんだよ!〟って人々に伝えちゃったんだ。それで、人々はそんな魔族は排斥してしまえ、殺してしまえってなった。で、魔族は自分達を虐殺する他の奴らを怨む、んで報復として反撃し始める……結果、〝こんな愚かな者達など滅ぼしてしまえ! 世界には我々だけで良いのだ!〟ってなったって訳。いや〜……本当、クソだなぁ? 駄女神」

「oh……」


 向かいの席に座ったソフィアは思わず眉間の皺を揉む。ちょっと涙も出ていた。

 いや、本当……クソとしか言いようがない〝やらかし〟だ。

 ある意味、ソフィアが苦しんだのもレインが巻き込まれたのも、魔族が世界を支配せんと乗り出したのも……全ての元凶こそがあの駄女神だと言うことだ。

 これが涙を溢さずにいられただろうか。いや、無理。


「ソフィアさん、ソフィアさん。まだ泣くのは早いぜ。こっからが魔王アントンの涙なしには語れぬ世知辛事情だ」

「まだありますの!?」

「あはははははっ、あるに決まってんだろぉ?」


 ソフィアの隣に座ったレインも、魔王と同じように「アハハハ」と乾いた笑い声をあげる。


「実は魔王って魔族の中で一番強い奴がなるとかじゃなくて、魔王の証である紋章が身体に出るとなるんだ。これなぁ」


 アントンはそう言って、右手を差し出す。

 何の変哲もない色白の手だと思っていると……ふわりと、徐々に黒い羽根がモチーフになった紋章が浮かび上がる。


「で……この魔王紋って、次の魔王に相応しい後継が現れると女神がそいつに移すことになってるんだが……。今代の女神は一向にそれをしてくれなくてな!? この魔王紋を保有してると問答無用で不老不死になるっぽくってな!? 実はオレ、女神が世代交代する前から生きてんのよ!」

「!? ちょ、ちょっと待ってくださいませ!? 女神って世代交代しますの!?」

「するんだなぁ、これが。前の女神は良い女神だったんだけどな? 今代はもう駄目。本気で駄女神だ。とっとと、次代の魔王に席を譲って魔王なんざ辞めたいのにさぁ〜!? 辞められないのよ!」


 アントンは〝ベシコーンッ〟とテーブルを叩きながら、絶叫する。

 ソフィアは魔王継承にも女神が関わっているのだと知って……なんとも言えない表情になった。

 というか……。


(わたくし……魔王軍に利用されて、あの馬鹿王子達と戦うことになると聞かされていたのですが? この人がわたくしを利用するとは……思えないのですが??)


 ソフィアの中で引っかかっているのはそこなのだ。

 駄女神からの伝達はいつも一方通行で、こちらが聞きたいことなど聞くことが出来ず、一方的に語られるだけ。

 だから、ソフィアは自分が将来、〝死んでしまって魔王軍に利用されてしまう〟という駄女神からの伝えられた内容しか知らず……。

 そんな彼女の未来を憂いた駄女神が、その未来を回避するために無理やり鍛えている(強制ダンジョン転移)をさせられていたのだと考えていた。


 だが……ソフィアを利用するらしい魔王軍のトップたる魔王が今ここにいるということーー?


 ソフィアの疑問に答えを出すように。レインは溜息を零しながら、口を開いた。


「ソフィアが気になんのは、あの駄女神が語ってた乙女ゲーム……ってか、未来の話だろ?」

「! えぇ……そうですわ」

「俺も一応、あの駄女神から一方的に聞かされてるんだけど……ゲームのシナリオだとソフィアはあのダンジョンで死んで、その死体を魔王軍に利用されるんだろ? でも、魔王はここにいる。いや……本物の魔王アントンは、()()()()()()()()にいる。つまりーー……」



「…………やっぱり。オレ以外の奴が魔王を自称して、魔王軍を作って動かしてるってことかぁ」



「っ!!」


 ーーゾッとするような、冷たい声だった。

 アントンの目には光がなく、ただただ無表情で虚空を見つめている。

 ソフィアはその姿を見て、確かにこの男が魔王なのだと嫌になるぐらいに理解した。

 それほどまでに……目の前の男の雰囲気は、魔王という名に相応しい〝淀〟を纏っていた。

 しかしーー……。


「まぁ、それも仕方ないかぁ〜……! オレ、どうしようも出来ないもんなぁ〜!?」


 ーーポスンッ!

 そんな空気が抜けるような音と共にアントンの纏っていた空気が変わり、ぐだぁ〜っとテーブルに突っ伏す。

 その変わりようにソフィアは目を瞬かせる。

 すると、彼女の動揺を察したのかレインが「あぁ〜」と声を出して、魔王の置かれている状況を話してくれた。


「魔王って一応、世界のくさびなんだって」

「楔?」

「そそ。言うならば……人々の命を守る守護者?」

「…………へっ!?」


 それから聞かされたのは……それはもう、壮大過ぎる話だった。

 この世界は元々、人が住める地ではなかった。人だけじゃない、動植物全てが生きれる世界ではなかった。

 それは、先代のもう一つ前ーー先々代の女神の暴走によって、そうなってしまったらしい。

 ゆえに、そんな終焉のような世界を受け継いだ先代女神は、その荒廃した世界を救うための存在を生み出した。


 それがーー《魔王》。


 魔王の役目とは……その巨大な魔力を世界に注いで、命が育める環境を整えること。

 そのために彼は地底にある神殿の中で長い永い眠りにつきながら……今も魔力を世界に注ぎ続けているのだ。


「だから、魔王ーー偽物と紛らわしいな。魔王(真)アントンは、その役目で手一杯だから……余計なことをしてる暇がないんだとさ」

「えっ、ですが……」


 ソフィアはチラリとアントンの方を見る。

 余計なことをしている暇はないとは言っているが……宿屋をしている理由は?


「ん? あぁ……今ここにいるオレは言うならば影だよ。魔王って薄っ暗い場所に独りだから、孤独から正気じゃなくなってくるんだ。だから、正気を保つための措置として精神だけがこの場所に来ることが出来る。宿屋をやってんのは、魔王になる前のオレがやってたことだから。オレの本当の肉体は今も地下神殿の中って訳だ」

「……………」

「ちな、アントンはこっから出れないらしいぜ。ココ、特殊な空間らしくて……。精神を具現化出来る場所でもあるんだっけ? まぁ、そんな感じで。先代の女神様が魔王の福利厚生のために生み出した空間らしいから、魔王が望む人しか招くことも出来ないんだとよ」

「そう。だから、外の情報もこの宿屋に来てくれる人に聞くしかないから滅多に入らないんだよなぁ。女神のことを下手に話せる人なんてレインぐらいしかいなかったから、余計だし」

「でも、ソフィアもお仲間だからこれからはもっと愚痴れると思うぜ? ソフィアもなっかなかに被害被ってるからよ」

「そうかぁ……お疲れ様。一応、この空間は当代に干渉されないから、ここにいる限りは安心してくれて良いぞ〜。ただ、あんまり魔王オレの側に居ると身体に良くないから、無駄に滞在するのはオススメしないけどなぁ」


 ソフィアは頭を抱えた。

 いや、もう……本当、どんな反応をすれば良いのか分からない。


「取り敢えず……魔王(真)のオレは、魔王軍なんて保有してないし、お前さんを利用するつもりもない。それだけは、信じてもらえるかぁ?」


 アントンの言葉に、ソフィアはハッと顔を上げる。

 彼は、とても真剣な顔でソフィアを見つめていた。その瞳に……嘘は、ない。


「信じましょう」

「!」

「あの駄女神という言葉が出た時の貴方の瞳の濁り……そして今も。貴方が嘘をついているようには思えませんわ」

「あっ、信頼したのそこなんだぁ……」


 アントンは信頼された理由になんとも言えない気持ちになる。

 しかし、ソフィアが信頼したのはそれだけではない。彼女は隣に座るレインに、真剣な眼差しを向けた。


「それに……レインは信頼しているんでしょう?」


 そう問われたレインは、一瞬キョトンとする。

 けれど、その質問の意味を理解すると、真剣な瞳でそれに答えた。


「おぅ。ソフィアよりは、長い付き合いだからな。俺はアントンを信じてる」

「……そう。そうですの。それならば……レインが信じているならば、わたくしも信じられます」


 駄女神は本当に碌なことをしないけれど。

 自分と同じようにあの駄女神に苦労かけさせられているんだろうなというのは、確かに分かるから。

 同じ被害者として、信頼出来るから。

 一番頼れる相棒レインが信頼しているなら、信頼出来るから。


「………取り敢えず。魔王(真)の分のクレームも追加ですわよっ!」



「「きゃー! ソフィアさん、素敵ぃ〜!」」



 ………とまぁ、こんな風に盛り上がりはしたのだが。

 やっぱり三人の目は一切光を宿さず、濁りまくっていたのだった。







New!


・魔王(真)アントンの宿屋が使えるようになった!

・駄女神へのクレーム案件が追加された!


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