シリアス&バイオレンスの後は、クラッシュだと相場が決まっておりまして。
はい、お約束ですね。
という訳で、本当にドタバタしてんなぁ! この人達!
という気分で進んでおります。
それでは〜よろしくどうぞっ! ( ・∇・)ノ
レインの予定では……ソフィアには魔力の栓をピンポイントで溶かす技術を覚えてもらうはずだった。
しかし、初手から想定外のことが起きた。
そう……右手が腐り落ちたことである。
《魔力閉塞症》ーー魔力の流れに栓が出来ることで流れが滞り、身体への障害を起こす病気。
レインは水属性であることを利用して、魔力の流れを水に見立てて阻害した。そうすれば擬似的な《魔力閉塞症》を起こせると思ったからだ。
だが、それはあくまでもレインの予想であって、確実ではない。
その結果が……腐り落ちだ。多分だが、徐々にではなく一気に止めたことが原因だと思われる。
魔力は生命維持に必要なモノ。それが急に停止状態になったがゆえに、行き場をなくした魔力が暴走してしまい、腐り落ちではないかと考えられた。まぁ、これもレインの予想なので、確かではないが。
とにもかくにも。
全てが想定外だったが、最終的にはソフィアが《女神の愛し子》としての能力ーー身体能力が高かったり、魔法を覚えやすいなど……言ってしまえばチート能力ーーを遺憾無く発揮して、最高位治癒魔法を覚えたのだから結果オーライだろう。
…………。
…………………。
……………………………うん。
「…………いや。結果オーライであればその過程は気にしなくて良いという訳ではありませんの。そこをご理解していらして?」
「………ういっす……」
道幅に寄せた馬車の隣。
腕を組みながら仁王立ちしていたソフィアは、地面に正座させたレインの胸倉を掴む。
そして、笑っているのに笑ってない顔で、首を傾げた。
「というか、何勝手に自分の命を賭けてるんですの? わたくしがイリアーナを助けたいと言ったからですわね。えぇ、わたくしが軽々しく助けたいと思ったから、悪かったのですね。でも、貴方が! レインが命を賭ける必要性はありませんでしたのよね!? 命を背負う重さを理解してもらう? 嫌ってほど理解させられましたわよ! このっ……馬鹿レインッッ!!」
ーーバヂィイィィンッ!
「うぐっ」
「もう一回」
ーーバヂィイィィィィインッ!!
「うぐぇ」
「更にもう一回」
ーーバヂィィィィィィィイィンッ!!!
「最後の一発、ですわ。ひとまずこれで、今は手を打ちましょう」
「えっ、ちょっ、ソフィアさん? 今は? 今はって言ったか!? つーか、それ……平手打ちじゃなくてグーじゃ……!?」
「歯ぁ、食い縛りやがりませ」
ーーバギッッッ!!
「んぐぇぇぇぇぇっ!?」
ーーズシャァァァァァァアンッ!!
思いっきり殴られたレインは空を飛び、地面を滑って行く。
ソフィアは拳を握ったまま、肩で荒く息をする。レインは地面に顔面からダイブしたまま動かない。
そんな二人のやり取りを見ていたダナ達は、身を寄せ合って震えていた。
だって、それほどまでにソフィアの事情聴取は恐ろしかった。
空気が軋むほどの威圧。全てを射殺さんばかりの鋭い視線に、恐いほどの無表情。正座をさせたレインの前に仁王立ちしたソフィアは淡々と、彼の言い訳もといこんなことをした理由を聞き出した。
そして……あの、平手打ちからのぶん殴りコンボである。
あのSランク冒険者であるレインが動けなくなるほどの威力だ。一般人なら、間違いなく、死ぬ。
ーーぐるりっ……。
目を光らせたソフィアが振り返り、ダナ達を睨みつける。
前髪が顔にかかっているのが余計に不気味で、彼らは「ぎゃぁ!?!?」と悲鳴をあげた。
「……………まぁ、貴方達はレインに脅されていたようですし、今回は不問と致しましょう。ですが、次からは必ず報告しなさい。レインが恐くても、わたくしがシバきますから安心なさい。分かりまして?」
『はいっっ!!』
その命令に敬礼で返事を返すダナ達。いっそ鬼気迫るほどの真剣な顔を見れば、彼らは必ず命令を守るだろうと確信出来る。
それを確認した彼女は再び、レインの方へと振り向いた。
地面にキスしたままのレインに前に仁王立ちするソフィア。
そして、腕を組みながら声をかけた。
「いつまで寝ているの? わたくし程度の力で気を失うはずがないでしょう?」
「いや、さっき気ぃ失ってたじゃねぇか」
「煩い」
「うぃっす」
「愚かで傲慢で、自己中なレイン。貴方に良いことを教えて差し上げるわ」
彼が起き上がるのを待ってから、ソフィアはにっこりと笑う。
笑っているのに笑っていない目。濁った光を瞳に宿したその姿に……Sランク冒険者であるレインが気圧される。
緊張から喉を鳴らすレインは……無意識に警戒心を高めていた。
「わたくしが今でも上に立つ者として困ってたら助けなきゃって思っている? 随分と傲慢な考えをしてる? えぇ、そうね。確かにわたくしは傲慢だわ。貴方の言う通り、誰かの命を助けようとすることは、責任を持つことですもの。でもね。わたくしがそう思うようになったのは上に立つ者としてじゃないの。わたくしが貴族だったから、今もそう思っている訳ではないのよ」
「…………違うの、か?」
「違うわ。貴方は、命の重みを理解してない貴族の戯言だと思っているようだけど……わたくしなりに、命の重みを理解しているつもりだわ。助けることが命を絶つということならば、迷いなくそれを選べる程度には、ね。わたくしはそれを、十歳で介錯を任された時に学びましたのよ」
「!」
『!?』
ソフィアから告げられた事実に、レイン達は言葉を失った。
〝介錯を任される〟ーーそれはつまり、十歳のソフィアに自身を殺すように頼んだ者がいるということだ。幼い少女を、人殺しにさせた者がいるということだ。
あの駄女神からソフィアのことを聞かされていたレインだったが、流石にそんな話は聞いたことがない。
レインは愕然としながら……彼女から語られる話を聞き続けた。
「あら……駄女神から聞いていませんの? 十歳の頃……偶然にも、食人蝿の苗床になってしまった方と出会った話を」
「!」
『ひっ!?』
食人蝿ーーそれはその名の通り、巨大化した蝿の魔物だった。食人というだけあって、その主食は人間。他の動物には見向きもせず人間だけを狙い、人間だけを喰らい、そして繁殖のための苗床として人間だけを使う人間の敵とも言える魔物だ。そのため、危険度はAランク相当とされている。
ソフィアは十歳の頃、駄女神に強制転移させられたダンジョンの中で食人蝿の苗床になってしまった冒険者に出会った。
出会って、しまったのだ。
「苗床になってしまわれたその方はまだ生きておられましたが……その身体にはもう既に食人蝿の卵が植え付けられていましたわ。それが孵れば被害は……考える必要すらないでしょう」
「あぁ。かつて食人蝿の群れの被害で国一つが滅んだぐらいだ。幼虫期だと……村一つぐらいは消えてもおかしくねぇだろうな」
「えぇ。その方もそれが分かっていた。だから、わたくしは頼まれたのですわ。この身丸ごと、卵一つ残さず燃やし尽くせと」
食人蝿というのは虫の魔物であるが、人間と同等の知能があるとされている。何故なら、食人蝿は苗床となった人間が自害出来ないよう……その身体に麻痺毒を打ち込むからだ。魔法を使っての自害は、植え付けられた卵に魔力を吸われてしまうため叶わない。出来るのは……誰かに殺してもらうのみ。
そうして……偶然にもその苗床となった者と出会ったのがソフィアだった。
だから、彼女はその人を殺した。他の人々の命を守るため。これ以上、その人を苦しめないため。
骨一つ残さぬ高温で、燃やし尽くした。
「その時にわたくしは、命を奪うことでしか助けられない人もいるのだと、知りましたの。だからこそ……死なずに助かる術があるのなら、助かって欲しいと。わたくしの手が届く範囲で、わたくしの力が助かるための一助になるのならば……手を貸したいと思うのです。決して、わたくしは全ての人を救わなくはならないなんて傲慢な考えはしていませんし……命を軽々しく扱っている訳ではありませんわ。ですからね、レイン」
そこで言葉を切ったソフィアは、レインの首を掴む。
ギリギリッと込められた力。本気の殺意を滲ませながら、睨みつける彼女の瞳に……レインは息を飲んだ。
「勝手にわたくしのことを分かった気になって、余計な気を回さないでくださいませ。無意味なことをなさらないでくださいませ。次に自分の命をわたくしのためなんて称して賭けようとするならば……そんなにも死にたいのならば……。その時はわたくしが、お前を殺してやりますわ。そうやってお前の命を背負って、命の重さを実感してもらうのが……お前の望みなのでしょう?」
怒りと悲しみと、苦しみと殺意と、ごちゃ混ぜになったソフィアの感情。
それを一心に向けられたレインは、思わず笑ってしまう。笑わずに、いられなかった。
そんな彼の反応を見た彼女は更に険しい顔になる。首を掴む手に更に力を込めながら……ソフィアは冷たい声で問うた。
「何、笑っているの?」
「いや……ソフィアって良い女だなぁと思って」
「ふざけているの?」
「いんや? ふざけてないし、こりゃ悪かったなって思って。そりゃそうだよなぁ〜。話は聞いてたからお前のことを知った気になってたけど、実際に会ってからはまだ一ヶ月も経ってねぇんだ。俺はソフィアのことを殆ど知らないし、ソフィアも同じだって……今やっと気づいたぜ」
ソフィアは探るような視線でレインを睨み続ける。
その目は、〝本気でそう思っているのか?〟と言外に問うていた。
「本当だぜ? 俺の思い込みで判断して、失敗したなって思ってる。だから、ごめんな? 今度からは勝手なことはしねぇよ。するとしても、ソフィアに相談してからにするわ」
「………………誓いますの?」
「おぅ。駄女神に誓うのはちょっとアレだから……ソフィアに誓おう」
「………………その誓い、違えた時は覚えてなさいな」
「分かってるって。って訳で、そろそろ離してくれね? 首、地味に苦しい」
「チッ」
舌打ちを零したソフィアは乱暴に手を離して、レインから目を逸らす。
どうやら険悪な会話は一応の終わりを見せたらしい。馬車の側で震えながら成り行きを見守っていたダナ達は安堵の息を零した…………が!
そう簡単に終わるはずがないのだった!! なんせ、この二人なので!!
「あんがとな、ソフィア。で……話変わってなんだが」
「……なんですの」
「俺、アンタに惚れたわ。俺と結婚しない?」
「………………ハイ??」
唐突に告げられたプロポーズに、ぴしゃーーーんっとその場の空気が固まる。
(((((何言ってんの、この人………??)))))
その、凍りついた空気の中で……その爆弾発言を落とした人物だけが花が飛ばんばかりの笑顔を浮かべていた。
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