傲慢と説教と、悪役スマイル
シリアスかもなー。
苦手だったら逃げるんだなー。
という訳で、よろしくねー。
「……………え? どういう状況ですか……?」
その声に振り向いたソフィアは、依頼主の隣に立つ幼い少女の姿を視認した瞬間ーーほんの少しだけ身体を強張らせた。
勿論、抱き締めていたレインが気づかないはずもない。
Sランク冒険者でありながら、何気に阿呆っぽい(?)行動ばかりしているレインではあるが……彼は駄女神特典で悪役令嬢に関してだけは凄まじい聡さを発揮する。本当に馬鹿っぽい能力なのだが、案外性能が良い。
という訳で……ソフィアの葛藤らしきモノを感じ取ったレインは、心の中で決心した。
(…………そういや、今朝もなんか言いにくそうだったし。後で、話を聞いとくか)
と、そこまで考えたところで未だに抱き締められていたことに気づいたソフィアからの愛の拳(という名の照れ隠し)をかまされたのだが。
まぁ、そこら辺は置いといて。
その後ーー。
なんだかんだと夕飯を終えたレインは、ソフィアを連れて部屋に戻るのだった……。
*****
唐突な暴力(という名の照れ隠し)に最初は怯えられたが……最終的にキラキラとした目で見てくるようなイリアーナとの夕飯を終えたソフィアは、レインに連れられて今日泊まる部屋へと戻った。
ちなみに……この宿屋は基本的に二人部屋になっている。そのため、ソフィアとレインが同じ部屋になったのだが、ルルとアリステラが「男女が同じ部屋に泊まるのはダメです!」と反論して、一騒動起きたのはもうお約束である。
閑話休題。
「抱きつく理由を言う前に、先に聞きたいんだけど……ソフィアは何へこんでんの?」
「……………」
「へこんでるって表現はおかしいか……? あ、こう言った方がいいか。ソフィアは何を後悔してんの?」
窓際のベッドにゴロンッと寝転んだレインは、頬杖をつきながらソフィアに問う。
反対のベッドでシャワーを浴びる準備をしていたソフィアは、その言葉にピクリッと反応して動きを止める。
暫くなんとも言えない沈黙が二人の間に流れるが……先に動いたのは、ソフィアの方だった。
「………なんのことかしら?」
ソフィアはにっこりと笑って誤魔化そうとしたが、生憎と彼には効かない。
レインは手をヒラヒラとさせながら、どこかニヒルな表情で口角を上げた。
「誤魔化すなって。ダナさん達になんか思うとこがあんだろう? 元々、朝もなんか言いたいけど言えないって顔、してたしなぁ。そもそも、俺とお前は一蓮托生なんだから隠さなくったっていいだろ。ほら、話しちまえよ」
「……………」
「自分から話したくないってんなら、俺が無理やり暴くぞ?」
「………本気ですの?」
「本気も本気だな」
「はぁ……分かりましたわ」
ソフィアは頬に手を当てて、なんでもないことを話すのだと言わんばかりの態度を取る。
しかし、そんな態度に反して彼女の顔には罪悪感しかない。
どうやら色々と心の中に押し込んでたらしいことを悟ったレインは、〝これからも注意深く見ておかなきゃいけなさそうだな……〟と心の中で呟いた。
「まぁ……簡単に言えば、ダナさん達に対して申し訳なく思っていると言いますか……」
「……ふぅん?」
ソフィアはポツリポツリと本音を零し始める。
詐欺同然のことをして横領をしていた神殿。
聖女の時間を私用で奪っていた王太子達。
この国の者達の所為で不幸を被った人がいたという、衝撃。
「…………わたくし、知らなかったのですわ。きっとイリアーナさんだけじゃなく……他にも、助けて欲しくてももらえなかった方は沢山いるはずなのです」
「…………」
「ですから……この国の闇が原因で助からなかった、なんて……とても……申し訳なくて……わたくしが気づいていれば、少しは変わっていたかもしれないと……思ってしまって」
そう口にして、ソフィアは自分の気持ちを理解した。
王太子と聖女の関係を……ほぼ毎日共にいるのを知っていた自分であれば、聖女のお務めが滞っていることに気づいておかしくなかった。
なのに、自分は忙しさを理由に……それに気づかなかった。
気づいていれば、国王に報告するなりなんなりして、そこから神殿の不正に辿り着いたりしたかもしれないというのに。
「…………わたくしが気づいていれば……イリアーナさんも……今まで見捨てられてしまった方々も……助かっていたのかもしれないのに……」
「………………」
先ほどよりも重苦しい沈黙が流れ、空気が澱んだような感じがした。
俯いてしまったソフィアを見たレインは、小さな溜息を零す。
これから自分が言う言葉は彼女を傷つけることになるかもしれない。それでも言わずにはいられない。
「ソフィア」
横たわっていたレインはスッと起き上がりながら、彼女の名前を呼ぶ。
そして、現実を突きつけるように、ソフィアに告げた。
「…………なんですの?」
「お前、ちぃっと傲慢だな」
「……………えっ」
唐突な罵倒にソフィアはパッと顔を上げて、目を瞬かせた。
まさかそんなことを言われるとは思わなくて、言葉を失う。
しかし、彼は今までの暢気な性格が嘘なように……達観した顔をしていた。
「………確かに王太子の婚約者で、聖女のことも知ってて、同じ学校の生徒だったお前なら聖女の務めだかなんだかが滞ってんのに気づいてもおかしくはなかったかもな。でもよ? 自分の所為でイリアーナが、神殿に助けを求めた奴らが助からなかったなんて思うのは……お門違いだろ」
「!!」
「お前は王子の婚約者ではあったけど、駄女神の所為で無駄に戦闘力が高いけど……それ以外はただの小娘だ。自分の手の届かない範囲のことまで自分の所為にするなんて……身の程を知れってヤツだぜ」
罪悪感をバッサリと斬り捨てる言葉に、ソフィアは息を呑む。
「悪いのはダナさん達を騙した神殿の奴らだし、聖女を連れ回してた王子達だ。で、王子達に応じた聖女も悪い。ついでに言うと、それ全部に気づかなかった国ーー国王が悪い。どこにソフィアが自分の所為だと思う要素がある?」
「ですが……わたくしは王太子の婚約者でーー」
「確かに婚約者だったな。けど、婚約者ってさ。そこまで万能なモンなの? なんでも分かるモンなの? 違うよな。だって、実際にそんなの気づくなんて無理だったろ? そんな余裕、お前には一切なかったんだから」
「うっ……」
「駄女神の強制転移、空いた時間は王妃教育……だったか? そんな忙しくて、余裕なくて、今でもその時のこと思い出すとおかしくなってんのに……そんないっぱいいっぱいの状況下でなんか、気づけるもんも気づけねぇよ」
確かに、あの時は忙し過ぎて他のことに気を配ることなんて出来なかった。
そんな余裕、一切なかった。
「それに……今、自分で言ったろ。お前は王子の婚約者だったって。婚約者は他人であって、身内じゃねぇんだよ。婚約してるからって理由だけでそこまで王子の尻拭いしてやんなきゃいけねぇのは……おかしくね?」
「………………」
「そもそも……お前よりも先に気づくべき奴がいんだろうが」
「………先、に?」
「そう。王子の親父、国王だよ。だって、婚約者でしないソフィアよりも同じ時間を過ごしてて、血の繋がってる親子なんだぜ? 為政者としても、親としても……ソフィアよりも先に気づかなきゃダメだろ」
ぐうの音も出ない正論だった。
少し前までのソフィアは王太子と共に過ごした時間なんてほとんどないし、そもそも会話すらする暇がなかった。
つまり、どう後悔してようが……あの時のソフィアにはどうしよう出来なかったということ。
レインにコテンパンに言い負かされたソフィアは、若干涙目になりながら黙り込む。
だが、その言い負かした当人は……「ふぅ……」と息を吐いてから、話を続けた。
「…………まぁ、そんな感じで。ソフィアは悪くねぇと思うんだけど……俺が何言おうが、お前の罪悪感ってのは消えねぇんだろう?」
「……………」
レインの言うことに間違いはない。
けれど、心とはままならないモノなのだ。ソフィアが勝手に抱いた罪悪感とはいえ、それは簡単に解消出来るモノではない。
「黙りは答えって訳な。しっかたねぇなぁ〜……」
ソフィアの気持ちを見透かした様子のレインは、呆れ気味な顔で頭を掻く。
しかし、その顔はさっきとは違って……穏やかな表情を浮かべていた。
「ソフィアさん、ソフィアさん」
「…………なんですの……」
「ソフィアが代償を払うなら、手の届く範囲……イリアーナを助けられるって言ったら、どうする?」
「…………………え?」
急に方向転換した話の流れに、ソフィアの思考が停止する。
はっきり言って……あんなことを言っていたレインの手の平返しが意味分からな過ぎて、動揺せずにはいられない。
「……………全部を救うことなんざ出来やしねぇけどな? ソフィアが代償を払うってんなら、その罪悪感消すために特別に手ぇ貸してやるよ。さぁ……どうする?」
目を見開いて固まるソフィアを前に……レインはニヤリと、笑う。
ぶっちゃけよう。
その時のレインの笑みは……なんか悪役令嬢よりも悪役っぽかった。
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