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護衛依頼初日の夜〜初めての宿屋〜


よろしくどうぞー!

 






「…………起きれるかい、イリアーナ」



 そっとかけられた声に目を覚ましたイリアーナは、重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。

 ゆるりと瞬きを繰り返せば、ぼやけていた視界がはっきりとする。

 声の方へと振り向けば、そこには心配そうにする父の姿。

 イリアーナはふにゃりと笑って、安心させるように声をかけた。


「………おはよう、お父さん」

「……おはよう。もう夜だけどね」


 周りを確認すると、泊まっていた宿屋ではなくなっているのに気づく。

 体調を崩すと、何時間も目覚めないこともザラだ。そのため、こうして寝ている間に移動させられていたことも少なくはない。どうやら今回もそうだったらしい。

 イリアーナは眉を下げて、ダナに謝罪した。


「………ごめん、ね。起きれなくて」

「いや、気にしなくていいよ。ご飯は食べられそうかい?」


 殆ど振動がないように移動しているが、馬車での移動はそれだけで負担だ。食事を摂らないと体力が保たない。

 せめて一食ぐらいは、少しでもいいから食べて欲しい。

 そんな願いを込めて問うと……彼女は少し黙ってから、コクッと頷いた。


「…………だいじょーぶ。起きれる、よ」

「無理しなくていいんだよ?」

「今は体調、いいから。本当にだいじょーぶ」

「そうか……なら、皆さんと一緒に食事を摂るかい?」

「うん」


 彼は柔らかく笑い、娘の手を取って一階の食堂へと降りる。

 そしてーー……。




 ダナとイリアーナは中々に混沌カオスってる、護衛一面と顔を合わせることになるのだった……。





 *****






 パードの次の街ジャット。


 昼休憩を挟みながらも、それ以外は全てを移動時間に費やしたため……運良く閉門前に街に入ることが出来た。



 そして、今……ソフィアは〝初めての宿屋〟を体験していた。





「まずは初日、お疲れ様! 乾杯!」


 宿屋《ヒヅメ亭》ーーパードの宿屋と同じような宿屋なだけあって、一階は食堂。二階と三階は宿泊部屋となっている。

 一階奥の四人掛けの席ーー昨夜と同じ順番で席に座ったエイジンがエールのジョッキを持ち上げて、乾杯の温度を取る。

 それに合わせて、彼のパーティーメンバー達もそれぞれの飲み物が入ったグラスを持ち上げた。


「………おつ」

「お疲れ〜」

「お疲れ様です」


 ルルはオレンジジュース、リーフはワイン、アリステラはお茶を手に、ゴクゴクと勢いよく飲み始める。

 一番最初に飲み切ったらしいエイジンは、ジョッキを持ち上げながら、おかわりを注文する。エールが届く間……彼は隣の席に座ったレインの方を向き、ガバッと頭を下げた。


「それにしても、本当にレイン様々だな! 今日は本当に助かった!」

「………ん? あっ。いやいや、どう致しまして」


 急に礼を言われたレインは少し不思議そうにしていたが……今日の先制攻撃に対する物だと察すると、にっこりと笑顔を返した。

 しかし、そこで魔法使いのルルが話に割り込んでくる。


「でも……大丈夫?」

「ん? どういうことだ、ルル」

「魔法……距離、集中力とか……魔力消費量とか……負担」

「えっと……飛距離が遠いと、維持のために魔力を消費するじゃないですか。敵に当てるために集中力も必要ですし。ルルはレインさんの負担になるんじゃないかって心配しているんだと思いますよ」


 アリステラの解説に、ルルは頷く。

 魔法使いであるルルは、レインがしていたことがどれほど凄いことなのかを理解していた。魔法を得意としているルルでだって、あそこまで繊細な制御コントロールをすることは出来ない。

 ゆえに、負担になっているのではないかと不安になったのだが……レインは首を横に振って否定した。


「いや、それは大丈夫。あんなの全然、負担にもなってないしな」

「本当〜? 別にSランク冒険者だからって、強がらなくていいんだよ〜?」


 リーフがニマニマ笑いながら、そんなことを言ってくる。顔が真っ赤になっており、どうやら酔っているらしい。

 ルルとアリステラがギロッと彼を睨むが、エイジンもリーフの言葉には一理あると思ったのか頷く。


「あぁ、確かに。オレらは同じ依頼を受けた仲間だからな。一人だけ負担をかけることになるなら、先制攻撃しなくても……」

「いや、マジで平気だからな? というか忘れてるかもしれねぇけど……俺、ソロだったんだぞ? ソロでダンジョン潜ってたんだぞ? 時々先制攻撃するぐらいで疲れる訳ねぇじゃん」

「「「「あっ」」」」


 エイジン達はハッとした顔で、固まる。

 ソフィアと共にいたためすっかり忘れていたが……レインはSランクのソロ冒険者《双刃雨》だ。あの程度、負担でもなんでもないという言葉に嘘はない。

 罰が悪そうな顔をするエイジン達にレインは苦笑を零す。

 そして、ヒラヒラと手を振って、気まずい空気を誤魔化すよくに口を開いた。


「まぁ、俺を心配してくれたってんだろ。そこはありがとうな」

「えっと……悪い」

「だから、気にすんなって」


 話は終わりとレインはコップを傾ける。

 エイジン達は未だに気まずそうな顔をしていたが……レインは彼らを無視して、ずっと黙って隣に座るソフィアの方を見た。


「で? ソフィアはどうしたんだ? ずっと黙って」


 そう聞かれたソフィアはパチパチと目を瞬かせる。

 そして、恥ずかしそうにほんのりと頬を赤くしながら……そっと彼の耳元に唇を寄せた。


「…………笑わないで、くださいませね?」

「おぅ」

「……柄にもなく、緊張してますの」

「ん?」

「だって……こんな風に賑やかな席で、誰かと食事をするなんて……記憶がある限り、初めてなんですもの」

「!」


 王太子の元婚約者、元公爵令嬢だ。パーティーや食会には参加したことがある。けれど、それはあくまでも顔繋ぎや接待、社交といった仕事として。婚約者としての義務だった。

 家族との食事においてはただの報告会のようなモノで。家族団欒の食事という感じではなかった。

 だから……ただ労わるだけの、仕事ではない食事は初めてと言っても過言ではない。

 それも知らない人もいる、夕飯時の賑やかな食堂なんて余計にだ。


「ですから、ね? 緊張して、しまっているんですの」

「………………」


 困ったように笑うソフィアではあったが、レインは全然笑えなかった。

 ソフィアの年齢は現在、十七歳。レインの二つ下だ。この国では十六歳で成人扱いとなるが……それでも、前世の記憶が強いレインの中では未成年枠である。

 なのに、誰かと食事をしたことがない、なんて。

 駄女神の影響もあっただろうが……多分、それだけが理由ではないはず。

 レインは酸っぱいものを食べてしまったかのような皺クチャな顔をすると……ガツンッッとテーブルにコップを叩きつけ、ガバッとソフィアを抱き締めた。


「「「「!?」」」」


 唐突なレインの暴挙(!?)にエイジン達がギョッとする。

 ついでに食堂いた他の客達ーーつまりは酔っ払いどもーーから口笛や茶化しといった、野次が飛ぶ。

 ソフィアもまた、ギョッとした顔で「ちょっ、レイン!?」と叫ぶ。

 しかし……レインは更に腕に力を込め、いっそ締め殺さんとせんばかりに強く抱き締めた。


「もうなんなの!? 不遇属性なん!? ソフィアから話を聞けば聞くほど辛いんだけど!? これからはずっとずっっっと!! 俺と飯食おうな!?」

「え、えぇ……」

「安心しろ! 食うモンには困らせねぇから! 美味しいモン沢山、食べさせてやってからな!」


 その宣言と共に、野次が更に飛ぶ。

 レインにとってはただただ、ソフィアに美味しい物を食べさせてやりたいという親心(……?)のようなモノなのだが、他の人達から見れば告白プロポーズのようにしか見えない。




「……………え? どういう状況ですか……?」




 ……で。

 そんな状況で降りて来たダナ達が抱き合うソフィアとレインを見て困惑してしまうのは……ある意味、必然だったのであった(マル)







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