依頼打ち合わせ(か〜ら〜の〜)トンズラ決定
おや……? 若干不穏な気配が……?
「話の邪魔して悪いんだが……もしかして、Sランク冒険者《双刃雨》のレイン、なのか?」
ーーピシリッ!
エイジンの言葉に、ソフィアの手を掴んでいたレインが固まった。そして、直ぐにぷるぷると震え出す身体。
彼が二つ名を受け入れていないことを知っているソフィアは、そんなレインの様子を見て、掴まれていない方の手で口元を押さえながら顔を背ける。
………だが、思いっきり肩が震えているので、笑っているのを隠せていない。
レインは羞恥心からか顔を真っ赤にし……ギロリッとエイジンを睨みつけた。
「…………確かに、俺はSランク冒険者だけど。でも、その渾名で呼ぶのは止めろ。マジで止めろ。いつの間にかそんな渾名付けられてたけど! 俺はそんな厨二ちっくな渾名、今だに受け入れてねぇんだからなぁぁぁぁ!」
「ふふふっ!」
ギャンっと叫んだ瞬間、ソフィアは今度こそ笑い出さずにはいられなかった。耐え切れるはずがない。レインの渾名嫌いは、本当に面白いのだから。
だが、クスクスと笑うソフィアとは相反して……エイジン達はレインノ反応に驚かずにはいられなかった。
だって、そうだろう。冒険者にとって、二つ名を付けられるというのは名誉なことだ。それほどの武功を立て、名を挙げたということなのだから。ゆえに、上のランクに行けば行くほど、二つ名を大切にしている冒険者は多い。
なのに、レインはその二つ名を誉だと思うどころが恥ずかしがってすらいるらしい。
冒険者にとって二つ名を付けられることは名誉なことだと知っているダナも、エイジン達と同じように驚いていた。
ーー〝こんなことを言っている彼は本当にSランク冒険者なのだろうか?〟
若干不安を覚えた彼は、レインに疑うような視線を向けずにはいられなかった。
「えっと……その……大変申し訳ないのですが……本物ですか? 同名の、別人とか……」
「え?」
ダナの質問に、荒ぶっていたレインは冷静さを取り戻す。
そのまま黙ること数秒。彼はハッとすると、そこでやっとソフィアの手を離し……首にかけていたタグを外して見せた。
「あー……そっか。護衛依頼なんて久しぶりだから忘れてた……。すみません、ダナさん。ランク証明忘れてたわ。これ、タグ」
Cランク以上ではないと受けられない規定となっている護衛依頼ではえるが……それでも最初に、依頼主にタグを見せてランク証明(念のため)をすることになっている。
最近は魔物討伐依頼ばかり受けていたので、それをすっかり忘れていた。
「ソフィアも一応、な」
「分かりましたわ」
レインに促され、ソフィアも彼に倣って同じようにする。
二人のタグでランクを確認したダナは、レインが本物であると知り、何度目か分からない驚きに見舞われることとなった。
「す、すみません……疑って……」
「え? あー……気にしなくて良いぜ? タグを先に見せなかったこっちが悪かったんだし。Sランクなんて自由人どもの集まりだからな。こんなとこで会うと思わねぇだろ」
ダナはケラケラと笑うレインに目を瞬かせる。
《獅子の牙》のメンバー達も各々、異なる反応を示していた。
「はぁ……本物……まさかこんなとこでSランク冒険者に会えるとはな……」
「………凄、い……」
「えぇぇぇ……? ダナさんには悪いけど、Sランクが受ける依頼じゃなくない……?」
「リ、リーフ。口が過ぎますよ……」
「い、いえ……お気になさらずに、アリステラさん。当人であるわたしも同じことを思ったので……」
素直に驚くエイジン。〝なんでSランクがこの依頼受けてんだ〟と考えるダナとリーフ。チラチラと熱い視線を向け続けるルルとアリステラ。
ダナは眉間に深いシワを刻んだまま、恐る恐る口を開いた。
「あの、レイン様」
「え? あ、様付けはいらないし、敬語も必要ない。俺は一介の冒険者だからな」
(Sランクは一介とは言わないんですが……)
「ついでに、俺の口調も多少大目に見てくれるとありがたい。一応、依頼主相手には丁寧に対応するつもりだが……根がガサツだからさ。不快にさせたら、すまん」
「いや、充分過ぎるくらいです……お気になさらずに」
「どうも」
ダナは居心地が悪そうだった。
それもそうだろう。エイジン達のようの例外もあるが、一般的な冒険者はランクが上がれば上がるほど横暴な態度を取りやすくなる。
冒険者ギルドは独立組織だが、ランクが上がるということはそれだけの力があると公的に認められたということだ。それで調子に乗ってしまうのもある意味当然、人間の性だろう。
なのに、このSランク冒険者、それなりに腰が低い。国王すら頭を下げると言われているSランク冒険者なのに、全然そんな風に見えない。戦略級、天災とも言われる人達と同じランクなのが……信じられない。
…………とは言っても。タグを確認した以上、彼がSランク冒険者であるのは現実なのだが。それでも、聞かずにはいられなかった。
「えっと……あの、レイン殿。わたしの護衛依頼をお受けしたとおっしゃってましたが……依頼の受け間違えとかではありませんか? 本当に受けたんですか?」
「あぁ、受けたぞ?」
「え? 何故?」
真顔で問われて、レインは不思議そうにしながらも普通に答えた。
「いや、何故って……偶々、都合がいい依頼だったから?」
「「「都合が」」」
「「いい」」
「そう。だって、どうせ移動するなら無意味に移動するよりも、依頼受けて金稼ぎしつつの方が一石二鳥だろう? この街に出されてた依頼の中で一番長距離の移動が偶々、ダナさんの護衛依頼だった……ってだけの話だ。だから、この依頼を受けたのは間違いではないし、報酬も提示金額通りで構わない。こう言っちゃ悪いが、Sランクだから金には困ってないし。他に気になる点はあるか?」
ソフィアは横で話を聞いているだけだったが、彼の言葉に嘘はないのでそのまま黙り続ける。
本当はもう色々と、色々と聞きたいダナではあったが……冒険者には訳アリな人もいるので、下手な検索はしないことが暗黙の了解になっている。下手に突いて藪から蛇を出すようなことになっては困るからだ。
一つ溜息を零したダナだったが、次の瞬間には商人の顔に変わる。〝どうせこの際だから、運が良かったと思うことにしよう。ついでにコネ作りしよう〟と強かに思考を切り替え、
けれども誠実さは忘れぬようにと心がけながら、「分かりました。それでは早速、内容を詰めていきましょう」と、話を進めることにした。
「では、改めまして。わたしの依頼をお受けしてくださり、ありがとうございます。依頼内容は隣国までの護衛。追記欄にも書いてあったと思いますが……追加契約になります。契約内容に間違いはありませんね?」
「あぁ、間違いない。でも……隣国までの護衛であれば、そちらの《獅子の牙》だけでも充分だよな? その理由を聞いても問題ないか?」
「はい、大丈夫です。追加で冒険者ギルドに依頼を出した理由は……護衛対象がわたしと、病気の娘がいるから、なんです」
そうして語られた追加契約の理由。それは、ソフィアとレインを驚かせずにはいられない内容だった。
《魔力閉塞症》で妻を亡くし、娘も同じ病に罹ってしまったこと。
治療法を探す中ーー聖女が現れ、彼女ならば娘を治せるかもしれないと隣国から訪れたこと。
多額の寄付をすれば早く聖女に早く診てもらえるという神官の言葉を信じたが……聖女が多忙であるという理由で、一年以上待たなくてはいけなくなったこと。
「娘の身体は一年も持たないでしょうし、一年以上もこの国で待つ訳にもいきません。なので、帰国することにしたんです」
「そうか……」
「………………」
ダナの話を聞きば聞くほど、レインの表情は痛ましいモノになり……反して、ソフィアの顔色が悪くなっていく。
どうしよう。ソフィアは頭を抱えたくて仕方なかった。
だって、彼女は元公爵令嬢。王太子の元婚約者。……聖女と関わったことがある人間である。
つまり……ソフィアは神殿の言い分ーー聖女が多忙であることーーが嘘だと。ダナが神殿に騙されて、ただ金を巻き上げられただけだと、気づいてしまった。
「ですが……聖女に診てもらえば治せるだろうという希望に縋ったため、娘にかなりの無理をさせてしました。そのため現在、娘の体調が芳しくなくてですね……帰国するには時間をかけて移動しなければいけなくなってしまったんです」
「……来た時よりも時間がかかるとなると、冒険者の負担が増える。だから、追加契約の依頼を出したんだな?」
「はい。《獅子の牙》の皆さんには大変良くしてもらいましたから。来る時も娘の体調を第一に考えてくれたんです。本当に良い人達なので、彼らの負担が少しでも減るといいと思いまして……」
ダナに褒められた《獅子の牙》の一員は、恥ずかしそうな顔をしている。
特に照れくさそうな様子のエイジンは頬をポリポリと掻きながら、仲間達に声をかけた。
「よ、よせよ……何も特別なことはしてないし、そんなに褒められるようなことじゃねぇって。なぁ?」
「そうそう、自分達がしたくてしただけだし。というか、ダナさんの方が良い人だよ」
「……う、うん。逆に……こっちの方が、申し訳ない、くらい……」
「我々の負担を減らすためだけに追加契約をしてくださったんですもの。本当に申し訳ないです。ですが、ありがとうございます」
互いに褒め合うダナとエイジン達。
彼らのやり取りから、レインは《獅子の牙》が良い冒険者パーティーであることと……良い雇用関係を築き上げているのだというのを感じ取った。
「本当はもう少し報酬を増やせれば良かったのですが……寄付金が想定以上の額になってしまったのと、娘の世話のためにある程度残しておかなくてはいけないので……少ない金額になってしまいました。本音を言うと、安過ぎてどの冒険者にも受けてもらえないと思っていたので、予想外でしたよ。それも、Sランク冒険者なんてね。本当に、レイン殿とソフィア殿にはなんと御礼を言えばいいのか……」
「先ほども言ったけど、都合が良かったから受けただけなんだから御礼なんて必要ない。そうだろ? ソフィーー…ソフィア?」
「………………」
そこでやっと、レインは隣に座ったソフィアの顔色が悪いことに気づく。
沈痛な面持ち。というか、なんか知っちゃいけないことを知ってしまったような顔というか……。濁った遠い目が、明らかになんかあったと物語っている。
………………それも今この場で言えない感じの。
「………ソフィア、ソフィア。大丈夫か?」
ーーぺちぺち。
頬を軽く叩いて彼女の意識を取り戻させる。
ソフィアはゆっくりとレインの方を向き……結局、頭を抱えてしまった。
「…………大丈夫じゃないですけれど……大丈夫、ですわ……」
「どっちだよ……」
「多分、駄目……」
「あっ。これ、相当ヤバいかもしれない」
声質からソフィアが〝ヤバいこと〟に気づいてしまったを悟ったレインは、真顔になる。
レインの反応から〝危険な気配〟を感じ取ったダナ達も一気に緊張感を高め、さっきよりも小さな声で話を進めた。
「娘さんの体調が第一ですけれど……なるべく早くこの国から出た方がいいですわ。この国、爆弾を抱え過ぎですもの」
「爆弾、ですか?」
「えっと……タイミングの噛み合いが悪く、下手を打ったとした場合……王家と神殿の、全面戦争?」
ーーヒョォォォォォォ……。
ソフィアの言葉に、その場の空気が凍りついた。
いや、だって爆弾は爆弾でも威力が桁違い過ぎる。核爆弾レベルだ。
しかし、それぐらいにこの国の抱える問題は大き過ぎた。
聖女という存在を利用し、民から金を巻き上げ、私腹を肥やしているらしい神殿(或いは神官)。
だが、当の聖女はこの国の王太子と親しい仲になっている。聖女の力は囲い込みに値するモノだ。王家としても聖女と王太子が〝良い仲〟であるのは歓迎するだろう。タイミングが良いことに、王太子の婚約者は〝死んだ〟ばかりだ。このままいけば、二人は婚約を結び……そのまま王家に迎え入れられてもおかしくはない。
だが、聖女を利用している以上ーー神殿も簡単に彼女を手放さないだろう。そうなれば王家と神殿の、聖女の取り合いが始まる。
加えて、もしも王家が神殿の所業を知れば……関係性にヒビが入るのは確実だ。
そして……あの王子ならば聖女のために憤って、神殿に喧嘩を売りかねない。
そこにこれから起こるであろう魔王騒動と、今回の公爵令嬢囮事件もとい死亡報告されてるだろう旨を加味すると……。
「…………ダナさん」
「…………はい」
「後から参加した、護衛でしかない俺が言うのもアレだけど……多分、速やかに行動した方がいいと思う。ソフィアの言った爆弾は爆発しないかもしれない。でも、今日明日、爆発するかもしれない。爆発したらーー……」
「…………」
ダナは無言で目を閉じる。
彼は商人だ。商機のーータイミングを見計らうことには自信がある。
「………エイジンさん、申し訳ありませんが」
「おぅ、大丈夫だ。いつでも出れるように準備だけはしてたからな。というか、この国、そんなにヤバい状況って知らなかったし。とっととトンズラした方がいいだろ」
「お二人は?」
「問題ない」
「では、これから一時間後ーー街を出ます」
ダナの決定に、ソフィア達は頷く。
それからきっちり一時間後……彼女達は街を後にした。




