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純粋聖女と歪んだ王太子(と、おまけ)


シリアス展開? クソッタレ?

まぁ、無理そうなら自衛するのだ!


よろしくねっ!

 






 レスション王国の王宮敷地内には王宮だけでなく……貴賓が宿泊するための離宮が存在する。

 王宮自体にも客室はあり、どの部屋であろうとも国の威信を見せつけるために絢爛豪華な内装かつ品の良い調度品が揃えられているが……特に豪華な離宮は、他国の王族や最重要貴賓などが宿泊するために利用されている。


 そんな離宮の中で一等上等な客室の、寝室のベッドに一人の少女が寝かされていた。

 高級羽毛布団の上に広がる橙色の長髪。白い肌に林檎のような頬と唇。可愛らしい寝顔で穏やかに眠るその少女の名前はーーアルル。

 ほんの半年ほど前に聖なる力に目覚め、聖女と呼ばれるようになった……元平民の少女であった。


「………ん、ぅ……?」


 アルルは微かに呻きながら、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 寝起き特有の焦点の合わない視界。鮮やかな桃色の瞳を何度か瞬かせたかと思えば、次の瞬間にはハッとした様子で飛び起きる。

 そして、自身が寝かされていた部屋を見回し……困惑した様子で、自身の両手を握り合わせた。


「こ、ここは……一体……私達、は……」


 彼女の中にある最後の記憶は、意識を失う前のことだ。

 学園の授業の一貫として行われるダンジョン攻略。王侯貴族が通う学園の生徒達が行うというだけあって、上層のみの比較的安全な攻略になるはずだった。

 しかし、アルルが転移トラップを踏んでしまったことで、アルルと彼女のパーティーメンバーは最下層へと飛んでしまい……。



 ーーーーAランク級魔物・ミノタウロスと、遭遇してしまった。



 あの時のことを思い出すと、身体が勝手に震え出す。それほどまでに醜かった。それほどまでに悍ましかった。それほどまでに……恐ろしかった。

 見上げるほどの巨体に、歪んだツノが生えた牛の顔。屈強な肉体と、殺意に染まった赤い瞳。

 アルルは本能的に聖なる力で防御壁を展開したのだが……ただ横に振るっただけの、攻撃ですらない腕の動きによって容易くそれを打ち破られ、壁に叩きつけられて呆気なく意識を失ってしまった。あの巨体から放たれた重い一撃だ。通常であれば即死していてもおかしくない。

 だが、こうして生きているということは……聖なる力がアルルの身を守ってくれたのだろう。まだ、自身の力を把握し切れていないアルルではあるが、なんとなくそう思える。

 けれど、意識を失った後も聖なる力が発動していたとは思えない。こうして豪華な部屋に寝かされていた以上、助かったのは事実なのだろうが……一体、どうやってあのミノタウロスから逃げ切り、助かったのか?

 アルルは共にいたパーティーメンバーの安否を心配して、不安げな顔で目線を下げる。


 ーーキィ……。


「…………アルル?」

「!」


 しかし、俯いていたアルルは、その声にハッと顔を上げた。

 寝室に唯一ある扉を開けて現れたのは、金髪碧眼の青年。

 クラスメイトであり、ダンジョン攻略の同じパーティーメンバーでもあった王太子ロイルの怪我一つないその姿に……アルルは安堵の涙を溢した。


「アルル!? どうしたんだ!? 急に泣き出して……」

「ロ、ロイル、様っ……」


 ロイルは急に泣き出したアルルに驚き、慌てて彼女の側に駆け寄る。

 ベッドの側に膝をつき、可愛らしい少女の頬にそっと震える手を握るその姿は、豪奢な部屋や王族の衣装(ロイルの服装)も相まって物語に出てくる一場面ワンシーンのよう。

 アルルはポロポロと涙を溢しながら、ふにゃりと柔らかく微笑んだ。


「よ、良かった、です……ロイル様が、生きてて……」

「…………アルル……」

「私の、所為で、ごめんなさい……私が、トラップなんて、発動させちゃったから……」

「……いいや、アルル。君の所為ではないよ。アレは事故だった。だから、悲しまないで」


 ロイルは彼女の目尻を優しく拭い、そのまま頬に手を添える。

 アルルはそんな彼の手に頬を擦り寄せ……少しだけ不安げな顔で、質問した。


「………他の人達は?」

「っ……!」

「!」


 大きく目を見開いて固まるロイルの姿に、アルルは嫌な予感を感じた。

 頭の中が〝まさか〟という言葉に支配される。それでも、まだ答えを聞いていない。実際に聞くまでは……一縷の望みが、ある。

 しかしーー……。


 ロイルから教えられた話は……アルルを絶望に叩き落とすには、充分過ぎるモノだった。



「ーーーーソフィアだけ……助からなかったんだ」



「…………え?」


 その瞬間ーーアルルの顔が凍りつく。引き攣った頬、歪んだ口元。彼女は信じられないと言わんばかりの態度で、彼に問う。


「嘘、ですよね……? ソフィア様が……助からなかった、なんて……」

「……嘘ではないよ、アルル。我々は逃げるので精一杯で……ミノタウロスの目の前で転んだソフィアを助けることなんて、出来なかったんだ」

「そん、な……」

「……………きっと、もう……」


 そっと目を伏せたロイルはその先を言わなかったが、アルルは彼が言わんとしたことが分かってしまった。



 ーーーー〝ソフィアはもう、死んでいるだろう〟……と。



「う、そ……」


 アルルは〝受け入れられない〟と、弱々しく首を振る。

 しかし、ロイルの反応からそれが事実だと理解すると……大きな声で悲鳴をあげ、ボロボロと泣き出した。


「あ、あぁぁぁぁぁぁ……! 私が! 私がトラップなんて、踏んじゃったから! だからっ……ソフィア様がっ……!」

「アルル、アルル! 君の所為じゃないっ、アレは事故だったんだ!」

「でも、でもっ! ソフィア様がっ! 私の、所為でっ……! 私が、死ねばよかった、のにっ……! かはっ……!」


 ーーヒュッ!

 アルルの呼吸が荒くなり、苦しそうに胸を押さえる。顔色がどんどん青くなっていく。アルルは、過呼吸を起こしていた。


「っ……! アルル、すまない!」


 そんな彼女を見たロイルは一瞬だけ顔を険しくさせると、アルルの頭を掻き抱き、グッと唇を重ねる。無理やり唇を割り開かれ、吹き込まれる呼吸。

 アルルは、彼に口づけされたことに驚いて目を見開く。


「うっ……んっ!」

「っ………」


 何度も何度も息を吹き込まれ、酸欠で苦しくなった頃……そっと唇が離れていく。

 とろんと潤んだ瞳で、彼を見つめる。

 悲しげに歪んだ顔。泣きそうになりながらアルルを見つめるロイルは……そっと彼女を抱き締めて、耳元で囁いた。


「…………〝私が死ねばよかった〟なんて、言わないでくれ。お願いだ……ソフィアには悪いが、わたしは君が生きていてよかったと……思っているのだから」

「ロイル、様……なん、で……そんな……」

「…………君を……愛しているんだ」

「…………え?」

「愛して、いるんだよ。アルル。だから……君自身であっても、君を傷つけることは……言わないでくれ……」


 震えるロイルに抱き締められるアルルは、ぐちゃぐちゃになった感情に困惑した。

 命が助かったことへの安堵。

 自分がソフィアを殺してしまったようなものだという自責。

 そして……叶うはずがないと、告げられないと思っていた……好きな人(ロイル)からの告白。


「君は何も、悪くない。だから……生きてくれ……」

「………………」




 複雑になり過ぎた感情に言葉が出なくなったアルルは、ただ無意識にその背に手を回すことしか……出来なかった。






 *****







(まさか……アルルがあんなにもソフィアのことを気にするとは思わなかったな……流石アルルだ。なんて良い子なんだろう)




 色々と限界になったのか、まだ本調子ではなかったからかーー。

 意識を失うように眠りについたアルルを再度ベッドに寝かせ、離宮を後にしたロイルは心の中でそう呟いた。





 アルルは〝純粋〟だ。

 天真爛漫で、素直で、誰にでも優しく、可愛らしい。聖女となってからも驕ることなく、毎日勉学に励む姿はとても好感が持てる。

 それに、アルルは慎ましかった。互いに惹かれ合っていたというのに……婚約者ソフィアがいるからと、その想いを胸に秘める強さもあった。


(…………しかし、ソフィアはもういない。あぁ……そうだ。もういないんだ!)


 だからロイルは、アルルと結ばれるために罪を犯した。

 愚か者だと思われてもいい。最低な人間だと罵られてもいい。

 アルルが転移トラップを踏み、ミノタウロスに襲われたことは完全な偶然ではあったが……それ以外は紛れもない彼の意志だ。



 愛しい人を手に入れるために、ロイルはワザと婚約者ソフィアを囮にしたのだ。



 だが、あぁしなければあの場から逃げ切れなかったのもまた事実。聖女を含め全滅を避けるためならば、あの選択は仕方なかったことだと……他のパーティーメンバーも納得している。

 国王(父親)は異常なほどに公爵令嬢ソフィアを大切にしていたが……聖女の代わりはいないのだ。

 だから、聖女アルルを守るために。生き残るために、ソフィアを囮にした。


(…………それに……ソフィアがいなければ、アルルと婚約出来る)


 ロイルはニヤけそうな口元を隠すように手で覆う。その胸に満ちるのは安堵と解放感。

 それほどにソフィアとの婚約は苦しかったのだ。辛かったのだ。悲しかったのだ。

 政略結婚がある以上の、仮面夫婦だって少なくはないのは分かっている。だが、それでもソフィアの態度は酷過ぎた。婚約者として仲良くなろうとしても、何に誘ってもいつも断り。義務感を隠さない淡々とした……いや、淡々とした態度すら生温い、温度を感じさせぬ人形のような態度。いつもどうでも良さそうな顔、或いは無表情をして……何か悪いことをした訳でもないのに、虫ケラを見るような目を向けてくる婚約者ソフィア

 ソフィアの対応は、それほどまでにこの婚約が嫌なのだと。そこまで疎まれているのだと、理解させられるには充分過ぎた。

 ゆえに、国王にそれとなく〝ソフィアとの婚約を解消した方がいいのではないか〟と言ったこともあったのが……そうすれば逆に叱責される始末。

 〝どのような理由があろうと婚約は解消しない〟と言われただけに留まらず……国王はソフィアの態度を許し、〝婚約者たる公爵令嬢ソフィアがそんな態度を取るのは、お前の努力不足だろう〟とまで言われてしまった。

 そんな風に言われてしまえば、ロイルは思わずにいられなかった。



 ーーーー〝あぁ、父上にとって……彼女は息子(自分)よりも大事なのだな〟と。



 そうして……婚約者にも父親にも蔑ろにされたロイルは、王太子としての重責に押し潰されそうになっていたのも相まって、疲れ果ててしまった。



 そんな時に出会ったのか……聖女となった、アルルだった。



 アルルはロイルが傷ついていることに気づいてくれた。太陽が照らすような明るい笑顔と優しい言葉で癒してくれた。

 アルル()()自分ロイルを大切にしてくれる人はいない。

 ゆえに、ロイル自身を見てくれる彼女に……彼が惹かれるようになったのは、必然だった。

 そして、運がいいことにアルルもまた……自分ロイルに惹かれるようになってくれた。その瞳に友愛以上の熱を見つけた時は、嬉しさでどうにかなりそうだった。

 しかし、王太子の婚約者は公爵令嬢ソフィアだ。アルルが聖女であり、王家で囲う価値がある女性であったとしても。どんなことがあろうともソフィアとの婚約を解消することないと告げた国王は、アルルと婚約を結び直すことを許さないだろう。

 だから、偶然とはいえ……ミノタウロスに遭遇したのは、運命の女神が微笑んだ瞬間だと、歓喜せずにはいられなかった。


(…………アルル、アルル……愛しているよ、アルル……)



 ロイルは心の中で愛しい聖女に愛の言葉を紡ぎ続ける。

 いっそ狂気すら感じさせる濁った瞳をさせながら、うっそりと微笑む。






 ロイルは……いや、ソフィアもレインも知らない。



 《女神の祝福》(という名の呪い)の干渉によって……歪められた運命の流れの皺寄せが、至る所に及んでいるのを。



 その一つとして、王太子ロイルの性格が……歪んでしまったのを。








『あーぁ、だから干渉するのは止めろって言ったのに……国王もそうだが、王太子コイツまで歪み具合がとんでもないことになってるじゃないか。おい、どうすんだ。馬鹿。これからもっと、この世界は歪んでいくぞ?』

『う、うぅぅぅぅ……だって、だってぇ……!』

『可哀想に……お前の所為であの二人は余計に大変な目に遭うんだな……』

『ぴぃぃぃぃい! ごめんなさぁぁぁぁい、ソフィーたぁぁぁぁぁんっ!』

『いや、一番の被害者である男の方に謝ってやれよ……クソだろ、コイツ……』




 それを知っているのは、とある異空間で世界を見守っているモノ達だけだった。








よろしければ、ブックマーク・評価よろしくお願いします!


【解説】

ソフィア、駄女神による強制転移ダンジョン攻略及び王妃教育で疲労。体力、精神、時間的に余裕がない。

  ↓

ソフィアが《神の愛し子》であることを知らないロイルは、滅多に会えないソフィアと仲良くなろうとして、お茶とか誘うけど……断られまくる。

  ↓

ソフィアとの婚約を苦痛に感じ、向こうもこちらを疎んでいるようだからと国王に婚約解消を提案してみたが……女神からソフィアを見守ることを頼まれていた国王は、ロイルを叱責。

ソフィアを優先するような態度を取る。

  ↓

何も知らない、教えてもらえないがゆえにロイルは〝父にとって自分よりも公爵令嬢ソフィアの方が大事なのだな〟という結論に至る。

  ↓

そんな彼の傷をアルルが癒したことで、ロイルはアルルしか自分のことを分かってくれないのだと考えるようになり……なんとしても彼女と結ばれたいと思うようになる。

  ↓

結果、見捨てるとな。


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