初めての依頼は〝訳あり〟そうな護衛依頼から
よろしくどうぞー。
(………随分と依頼が多いのですわね)
依頼の掲示板を見ていたソフィアは、心の中でそう呟いた。
魔物の討伐依頼から薬草の採取依頼。古代遺跡や鉱山などの種類豊富な調査依頼に護衛依頼。果てには子供の扱いのような雑用のような依頼まである。
マジマジと依頼を確認していたソフィアだったが、同じように依頼を見ていたレインに声をかけられて、パッとそちらに振り向いた。
「この依頼はどう?」
一枚の依頼書を指差したレインに近づき、ソフィアは依頼書を見る。そこには〝Cランク以上 隣国までの護衛〟という依頼内容が書かれていた。追記欄には、〝追加護衛契約〟の文字。報酬金額は、一〇万エクほど。
レインはトントンと指先で、その依頼書を突いた。
「今の俺らに、だいぶ都合が良い依頼だと思わないか? どうやら、報酬金額がしょっぱいから残ってたみたいなんだ」
「? しょっぱい?」
「あぁ……拘束時間と護衛距離が見合わないってこと」
この国から隣国トトリスに向かうとなると天候などをに左右されるが、平均的に一月ほどかかる。
その間の宿代・食事代などは依頼主が出してくれるだろうが……だとしても、この報酬金額は安過ぎた。
「普通であれば十五万〜二十万エクぐらい。こういう報酬が安い場合は……」
「ケチな依頼主、ということですの?」
「その線もあるけど……追記欄にあるように、追加契約ーー護衛の冒険者を増やすってことは〝訳あり〟って可能性の方が高いと思う。俺の勘では、後者」
「勘」
「そう。まぁ……野営とかする可能性だってあるから、ソフィアが嫌だって言うなら止めるけど。どうだ?」
ソフィアはパチパチと目を瞬かせる。
依頼報酬が少ないとは言うが、丁度良い依頼がなければそのまま移動する予定だったのだ。何も問題ない。
そもそも、身一つで単独サバイバルしてきた(涙)ソフィアだ。野営なんかで怯むこともない。明らかに駄女神プレゼンツサバイバルよりマシである。
特に反対する理由もないので、ソフィアは「何も問題ありませんわ、受けましょう」と答えた。
しかし、レインはなんとなく彼女の心の声を悟ったらしく……同情心から若干涙目になりながら、頷くのだった。
「んじゃあ、受付に行こう」
レインは依頼書を引っぱり掲示板から剥がすと、再度受付に戻る。
そこには相変わらず、彼に熱い視線を向ける受付嬢カナの姿。カナは隣を歩くソフィアに一瞬だけ鋭い視線を向けたが、直ぐに笑顔の仮面を被って受付対応をした。
「どうなさいました〜?」
「この依頼を受けようと思うんだ。後、ソフィアとのパーティー登録も頼む」
レインはカウンターにいたギルドカナに依頼書を差し出す。
流石に受付嬢としての誇りがあるのか、さっきまでの態度が嘘のようにスラスラと手続きを開始した。
「こちらの依頼をお受けになるのですね。依頼の内容に間違いはございませんか?」
「あぁ、大丈夫」
「畏まりました。では、タグをお預かりします」
ソフィアはレインに促されて首からタグを外し、カナに預ける。
「パーティー名はいかがなさいますか?」
「あー……あぁぁー……パーティー名……」
「……? どうなさいましたの? レイン」
急に険しい顔で悩み出したレインに、ソフィアは首を傾げる。
彼は呻き声を漏らしながら……泣きそうな顔で呟いた。
「あの、さぁ。パーティー名、匿名じゃ駄目か?」
「…………はい?」
「いや、ほら……厨二ちっくなパーティー名とか恥ずかしいというか……」
「……………はぁ。よく分かりませんので、それでも構いませんけど……」
「いよぉし! じゃあ、匿名で!」
受け入れられた瞬間、ニコニコになったレインにカナは目をとろ〜んっとさせる。
しかし、直ぐな我に返ると、「では、匿名で登録しま〜す」と手を動かした。
カウンターの隅に置かれていた長方形の板状の魔道具の上にタグが乗せられる。チカッと青色の光が収まるまでそのままにし……光が消えた後、その隣にあった似たような魔道具の上に二人のタグを乗せ、その土台部分にある差し込み口に依頼書を差し込んだ。またもやチカッと青い光が放たれる。同時に、依頼書が魔道具から出てきた。
詳しい仕組みは分からないが、最初の魔道具がパーティー登録用。次が依頼を受けるための魔道具なのだろうと見てとれた。
(このタグ、冒険者であることを示すだけでなく……冒険者の管理や依頼管理なども可能なのですわね。冒険者ギルドがこんなにも高度な制度を利用しているなんて……知りませんでしたわ)
知れば知るほど冒険者ギルドの凄さが分かる。ぶっちゃけ、国よりも高性能な魔道具を使っているかもしれない。
ソフィアは〝この魔道具を使えば国民の戸籍管理が楽だろうな……〟などと考えながら、王太子の婚約者ではなくなった自分には無関係な話だと苦笑しながら、考えを打ち切る。
その間にも手続きは続き……カナは依頼書の上に冒険者ギルドの判子を押し、レインに依頼書と共にタグを返していた。
カナはにっこりと笑うと、依頼受付が完了した旨を伝えた。
「受付が完了しました。依頼終了後は、お近くの冒険者ギルドで依頼完了の手続きをお願いします」
「あぁ」
「本案件の依頼主は宿屋区間にある《たてがみ亭》という宿屋に泊まっております。場所はお分かりですか?」
「大丈夫だ」
「それでは、以上になります。どうぞお気をつけて」
「ありがとう。行こう、ソフィア」
「え? ぁ……えぇ、そうね(まぁ……レインに媚びを売っているから仕事が出来ない方かと思えば、真面目に出来る方でしたのね……? 本当、レインは罪作りな男ですわ……)」
手慣れたと言えばそれまでだが、手早く受付をしたカナの評価を心の中で改める。
マジマジと受付嬢を観察するソフィアに、レインは首を傾げたが……いつまでも反応しないソフィアに痺れを切らしたのか。自身と彼女の首にタグをかけると、その手を取って少し早足気味で歩き出した。
「! レイン?」
「ほら、行こう。依頼主が待ってるぞ」
「(! あぁっ……もっとレイン様に関わりたかったのにぃ〜!)行ってらっしゃいませ〜」
カナの悔しそうな挨拶を背に受け、ソフィア達は通りを進む。
ズンズンと進むレインの顔は見えないが、どうやら不機嫌らしい。
ソフィアは不思議そうに首を傾げ……彼に声をかけた。
「レイン? 一体、どうしたんですの?」
「…………」
「レイーン?」
「……………うっ」
「う?」
ーーピタリッ。
急に足を止めるものだから、ソフィアはレインの背中にぶつかりかける。
危ないと怒ろうとしたが、それから先の言葉は出なかった。
(……………え?)
振り向いたレイン。ムスッと子供が拗ねたような顔。
ついでに言うと、その頬は林檎のように赤く染まっている。耳まで真っ赤だ。若干涙目にもなっている。
「レイン……?」
キョトンとしたまま名前を呼べば、彼は「なんでもないですぅぅ……」と呻きながら答えた。
だが、ソフィアは思わずにはいられなかった。
(いや、これはなんでもないって顔ではないでしょう)
ソフィアの思った通り、彼の顔は〝なんでもない〟という顔ではない。明らかに何かある。
しかし、それ以上のことは頑としてレインは言おうとしなかった。それはそうだろう。
(ソフィアが反応してくれないから拗ねるって……俺は子供かっ!!)
………そんな子供じみた理由で拗ねたなんて……そんなの恥ずかし過ぎて。本当のことなど、レインは言えるはずもなかった。
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「…………………………」
「…………………………」
互いに無言のまま見つめ合うこと数十秒。
レインの〝絶対に理由は話しません!〟という態度に負けたソフィアは小さく溜息を零し、困ったような顔で肩を竦めた。
「……分かりましたわ。何も聞きません」
「(ホッ……)ありがとう、ございますぅ……」
「ほら。依頼主のところへ行くのでしょう? わたくし、宿屋の場所なんて分かりませんわよ?」
「あ、それは大丈夫。(駄女神特典で)街中なら場所が分かるから」
「え?」
「便利だけどさ。駄女神由来というのが気に食わない。まぁ、便利だから使うけど。という訳で……こっちだ。行こう」
冒険者らしく、直ぐに思考を切り替えて。
でも、遠い目をしながら迷いない足取りで再度歩き出したレインに、また駄女神関連だと察したソフィアは〝スンッ……〟とした顔になる。
「確かに……(駄女神の祝福は)時として便利ですけど……かけられてる苦労の方が多いから気に食わないのですのよね……」
「本当にそれ」
「…………お互い、苦労しますわね……」
「それな……」
死んだ魚のような目をしながら歩き続けるソフィアとレイン。
思考が駄女神に取らわれていたからか……二人は手を繋いだままであることに気づかぬまま……。
ついでに、周りからの〝美男美女が手、繋いでる〜!〟という視線にも気づかぬままなのであった。
【駄女神特典・説明】
・マッピング機能
歩いたことがない場所は灰色だけど、歩くと地図が完成していくよ! 街は一歩足を踏み入れれば、自動的に街の全域が登録されます。RPGではお約束ですね!




