なんで青やねん、赤やなかったんかい、とずっと思っていた話
蒼天すでに死す。黄天まさに立つべし。
皆様ご存じ（多分）、三国志の幕開けとなる黄巾の乱において、乱の主体となった太平道という宗教団体の指導者・張角（？～184）という人物が掲げたスローガンです。
黄色は、彼らが仲間同士の目印にした頭巾の色でもあり、漢王朝に代わる新たな時代のイメージカラーは黄色である、と宣伝したのです。
では何故黄色なのかというと、中国で古くから支持されてきた五行思想という考え方に基づいています。
五行思想についてかいつまんで説明すると、万物は火・水・木・金・土の五大元素から成り立っているという考え方です。
この五大元素が互いに関係し合いながら、世界を成り立たせているという考え方ですね。
五大元素間の関係性において、特に重要なのが「相生」と「相剋」です。
相生は、AがBを生み出すという関係性。
木生火（木が燃えて火を生じる）、火生土（火が燃えた後に灰が残り土へと還る）、土生金（土の中から金属が採れる）、金生水（金属の表面に結露により水が生じる）、水生木（水によって木が育つ）、といった具合ですね。
一方相剋は、AがBを滅ぼす関係性。
木剋土（木が土の養分を吸い上げて痩せさせる）、土剋水（土が水を吸い取る、あるいは堰き止める）、水剋火（水が火を消す）、火剋金（火が金属を熔かす）、金剋木（金属の斧が木を伐り倒す）、といった具合です。
さらに、五大元素にはそれぞれ象徴する色があり、火は赤、水は黒、木は青、金は白、土は黄に対応しています。
水が青じゃなく黒だったり、金が黄じゃなく白だったり（金属全般ですので。黄金色じゃなく銀白色なのです）、土が黒じゃなく黄だったり（中国北部の黄土ってやつですね）と、少々注意が必要です。
さて、この五行思想。元々は自然哲学だったのですが、次第に政治思想にも結び付いていきます。
すなわち、歴代王朝にはそれぞれ五行に対応した「徳」があるとみなし、それによって王朝交代を説明しようとする考え方です。
この考え方を体系付けたのは、中国戦国時代の鄒衍（BC305頃～BC240）という人物だとされています。
彼の説によると、舜が立てた虞（普通、これは王朝扱いはされないのですが）が土、舜から国を譲られた禹の夏王朝が木、夏を滅ぼした殷が金、殷を滅ぼした周が火とされていました。
順番に、相剋の関係になっていることがわかりますね。
戦国の覇者となり中国全土を統一した秦の始皇帝（BC259～BC210）もこの説に乗っかり、自分たちは周（実際にはとうに滅びているのですが）の火に剋つ水であるとして、黒をイメージカラーに採用しました。
はい。ここで疑問を抱かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
秦を打倒して漢王朝を立てた高祖・劉邦（BC256 or 247～BC195）が斬蛇剣あるいは赤霄剣と呼ばれる剣で白蛇を斬り、自らを赤龍の生まれ変わりと称した、という伝説があります。
赤霄剣はゲーム等のアイテムに採用されたりもしているので、ご存じの方も少なくないでしょう。
また、三国志（私が読んだのは吉川英二版。他は知らん）にも、漢の高祖三尺（秦～前漢の1尺は約27.65cm）の剣を引っさげて白蛇を斬り云々というフレーズがたびたび出てきます。
私自身、吉川三国志でこのネタを知った口ですが、そう、ここでは秦が白（＝金徳）、それを滅ぼした漢が赤（＝火徳）ということになっているのです。
黒（＝水徳）だったはずなのにね。
いやあ、元々は、本作のタイトルに掲げたとおり、始祖が赤龍の化身で（『赤龍王』という漫画もありましたね）、王朝のカラーも赤だったはずの漢王朝が何故蒼天つまり青になってるんだよ、という疑問だったのですが……。話がややこしくなってきましたね。
先に結論を言ってしまうと、「蒼天すでに死す」とは、単に漢王朝の天命が尽きたということを言っているだけで、漢が青つまり木徳だと言っているわけではないようです。
五行思想だと、青（＝木徳）の次に黄（＝土徳）が来るというのは、相剋でも相生でも説明がつきませんからね。
漢に代わる王朝が黄（＝土徳）だというのがこの時代の共通認識だったことは確かなようで、三国の魏と呉が採用した年号は、それぞれ「黄初」、「黄武」と黄の文字が入っています。
では、黄の前にあたる漢のカラーは？ 土剋水だから水徳の黒……ではなく、相生の考え方で、火生土つまり火から土が生じるというわけです。
そう、やっぱり漢は火徳すなわち赤なんですね。
なので、劉邦の白蛇退治伝説は、秦が水徳（＝黒）だと考えられていた時代のものではなく、もっと後年になって、考え方が転換されてから生まれたものだということになります。
その転換がいつ起こったのかというと、王莽（BC45～AD23）による漢王朝の簒奪が関係してきます。
このあたりの話は、「もっと知りたい！三国志」というサイトの「黄巾賊が掲げたスローガンと五行思想（五行説）の謎」のページ（ttps://three-kingdoms.net/2059#google_vignette）を参考にしています。
漢を簒奪し新という王朝を立てた王莽は、漢を打倒したのではなく漢から国を譲られたということを強調するため、それまでの相剋説から相生説への転換を行いました。
その際、水徳の秦を倒した土徳の漢から金が生じたとするのではなく、根本から相生説に切り替えたため、歴代王朝の徳はがらりと入れ替わってしまいます。
最初の虞が土徳なのは確定事項として、そこから夏が金徳、殷が水徳、周が木徳、秦は無視されて（笑）、漢が火徳、新が土徳とされました。
その後、ご存じ光武帝こと劉秀（BC5～AD57）が漢王朝を復活させ、新は黒歴史ということにされましたが、漢が火徳なのはそのまま採用されました。
で、その前の秦は火徳の漢に倒されたのだから金徳だということで、ここだけ相剋説が持ち出されて劉邦の白蛇退治伝説が生まれたようです。
何で赤だったはずの漢が青になってるんだよ、という話だったのに、えらい複雑なお話になってしまいましたね。
さて、そもそも何故こんな話をしたのかというと、現在更新再開中の拙作『鏑矢の鳴る頃に』に劉邦の白蛇退治ネタをぶっこんだからなのですが……。
当時、秦が白（＝金徳）だとは考えられていなかったんですよね。
ま、あれは竜が存在するファンタジー世界のお話じゃからの。作中世界ではチン（秦）は白（＝金徳）なのじゃ。と、竜神様もおっしゃっております（笑）。
