もう純愛路線は止めたるわ!
闇の中、おつやさんが、オレの傍らにそっと座った。
自らの膝に、両の手を添える。
「相も変わらず、冠者のご寝所は女人衆で大賑わいでございますこと」
「その、“冠者”は止してくれ。既に京で栄達する芽は潰えた」
「では、為朝様」
おつやさんは、オレの目を見つめる。
そして袂から何かを取り出そうとした。オレはやにわに起き上がり、
「ちょっと待て」
と、それを押し止めた。
「そうだな……。その話は明日の昼間、やろう」
「何故でございます?」
「そなたは大事な話を、夜に男の寝所へ押しかけて、するのか?」
「……」
「明日、晴れれば、どこぞへ連れて行ってやろう。雨が降ればその翌日だ」
「わかりました」
おつやさんは、この場は大人しく引き下がってくれた。
翌朝。――
困ったことに、快晴である。
とはいえ、いい加減に放置したり、先延ばしにして良い事ではないだろう。腹をくくってかたを付けるしかない。本日の予定は全て郎党達に任せ、おつやさんには庭先で待つよう告げた。
オレは厩に回り、シルビアの手綱を引いて、おつやさんの下へと移動する。
そして、さっとシルビアの背に跨る。
「オレの腕に掴まって、背に乗れ」
いくぞ、それっ、とタイミングを合わせ、おつやさんをオレの後ろに乗せた。
「オレの背中に、しっかり掴まっていろよ」
こくりと頷く、おつやさん。横座りで、オレの背に貼り付く。
羨むような女人衆の視線が、二人に注がれた。
「よし。ではゆるりと進むぞ」
手綱を軽く引いてシルビアに促すと、シルビアはゆっくりと歩み始めた。こいつはいまだ、性格のよく分からない馬だが、こちらの意図には的確に応えてくれる。マイバッハやアヴェンタドール程、感情を表に出さないだけなのか。
門をくぐり、次第に歩速を上げながら坂を下る。
「怖くないか?」
「大丈夫です」
聞けば、子供の頃に何度か馬の背に乗った事があるらしい。
「どこか、行きたい所があるか?」
おつやさんが、首を横に振る感覚が背中に伝わってきた。どうやら屋敷の中に居るばかりで、外へ出る事が全く無いという。
「どこか、景色の良い所でもあれば良いのだが……」
当てもなく、川沿いを馬でゆるゆると駆ける。
ふたりに、会話はない。
川沿いの田園風景の中をただただ進むと、半刻足らずで眼の前に幾つかの丘が見えた。いや正面のひとつは、丘というより小山のような、と言うべきか。
「応神天皇陵か!」
ぐるりと一周回ってみる。形やサイズ感からして、間違いないだろう。これに匹敵するサイズの古墳と言えば仁徳天皇陵しか無い筈だが、そちらは場所が異なる。
「これは、ただの小山ではございませんの? あ、お濠がございますわね」
「そうだ。これは上古の、応神天皇のお墓だろうな」
「まあ」
濠の辺りに馬を止め、そばの立木に綱を結ぶ。
遥か上空を数羽のカラスが、時折鳴き声を上げながら悠々と飛び回っていた。
墳墓の周囲には、どこまでも田んぼが広がるのみである。前世とまるで異なる穏やかな光景が、一帯にひろがっている。初めて古墳を目にする者として、感慨深いものがある。
少しだけ歩き、濠の脇に腰を下ろした。
おつやさんも、オレの傍らに腰を下ろし、オレにしなだれかかる。
ふたりの間に、相変わらず会話はない。辺りののどかな光景に反し、空気が重い。
ふと、おつやさんが動いた。またもや、袂から何かを取り出そうとしている。
オレは機先を制し、口を開く。
「叔父さ……お父上から、話は聞いているだろう?」
「……はい」
おつやさんは、項垂れる。
「もはや、京には居られなくなった。京のおなごにも、別れを告げて出て来た」
「……」
「壷井にも居られない。京から近過ぎるからな。知っての通り、これから郎党達を連れて、九州へ行く」
「……」
「そなたを連れて行くのは無理だ。そなたと結ばれるのも、無理だ。すまない」
必死で悲しみを堪えていたおつやさんが、とうとう声を押し殺して泣き出した。
「全て承知しております。せめて一夜だけでもお情けを……」
「ダメだ。誰か他に、良い男を探してきれいな体のままで嫁げ。オレ以外にも、男は幾らでも居るだろう。おつやさんなら選り取り見取りだ」
「嫌ですっ! 為朝様は、わ、わたくしが、初めて心底惚れた殿方……」
堰を切ったように、涙を流し続ける。
(あかんわ。お鶴に、おつやさんに……)
純愛路線は前途多難ちゅうか、苦難の道やんけ。
(そもそもオレ、何で純愛路線を選んだんやったっけ? あ、初っぱながお鶴とのプラトニックやったからか)
ほんま、辛いわ。……
いや、性に合っていない。
オレは、泣き続けるおつやさんをいきなり抱きしめ、少し激しくその唇を奪った。
一瞬、目を丸くしたおつやさんだが、オレ以上に激しくオレに抱きついてきた。その、悲しみと恨みをぶつけるかのような抱擁が、しばしふたりの時を止めた。
それから半月後の、好天の朝。――
オレこと源八郎為朝とその郎党五〇人、下男一五人は、壷井の館を発ち九州へと向かった。
一行を見送る叔父さんの脇で、必死に涙を堪えているおつやさんを視線の隅に収めつつ、
(もう純愛路線は止めたるわ! キャッキャウフフの嬉しハズカし酒池○林ハーレム人生を送ったるでぇ!!)
強く決意した。
うん、痩せ我慢はいかん。来る者拒まず、の自然体が一番。……
マイバッハが、オレを背に乗せ楽しそうに歩む後ろで、二〇台の荷駄車がガタガタと、力強く無遠慮な音を立てた。
いつも拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
一応、目標とするポイントまで書き上げました。
数日前にお伝えしたように、暫く休載致します。
さらに本一冊分程書き進めてから更新再開します。
おそらく突然の更新再開になるかと思いますので、見逃さないよう、皆さん是非ともブックマークをお願いします。
なお、その間どうしても幸田の駄作が読みたい、読まんと禁断症状が出るぅ手が震えるぅ……という方は(笑)、拙著「縄文文書で世界を救え!! 」をどうぞ。
タイトルがシンプルで、おまけにサブタイトルさえ設定していないせいか、ほとんど誰にも読まれていません(涙目)
ですが、歴史好きの方は勿論、そうでない方にも楽しんで頂けるのではないかと思います。
よろしくお願いします。




