砂鉄を確保しろ
「なるほど。砂鉄を大量に仕入れたい、と」
業者の主が、腕組みしつつ首を捻った。
二人の鍛冶師が、それぞれ必要とする量を口にする。
「ふーむ……。それは厳しゅうございますなあ」
オレは頭を抱え込む。
何もかも、前世とは事情が違うのだ。このように原料ひとつ、必要量を確保するのに苦労する。
「どこに、一番大量に卸している?」
「ここ一年程は、京の鍛冶師がようけ買い付けに来ますな。残れば、平城京に卸しております。平城京を経て東国へ流れるのです」
「京!? 京は鍛冶が盛んなのか?」
「人が多いため、そこそこでございますなあ。ただここ一年程は、あちらでシャベルだのツルハシだのの生産が盛んでございましてな」
はぁ!? シャベルにツルハシ?
なんだよ。需要増の原因は、オレじゃん。……
「わはははは。そのシャベルとツルハシを作らせているのは、オレだ」
「ではお前様が、河内源氏の八郎為朝様で?」
彼は、最近の急激な需要増の原因をよく知っていた。さすがは商売人である。オレの名は、こんな所にまで伝わっているらしい。
その、八郎為朝が大男だという噂も聞いているようで、オレに目を遣り納得げに頷いた。
「いかにも。……そのシャベルとツルハシだがな……」
ここ暫くの事情を、主に語った。オレは京を去り、今後九州へ向かうため、京の砂鉄の仕入れは随分と減るだろう、という予測を伝える。
「うわあ……。左様でございますか。これは得意先が減って売上が下がりますなあ」
主は頭を抱え込む。
「そうだな。今月辺りから、京の鍛冶の買い付けは減る」
だから、その分を優先的にこちらへ回せ、と砂金を渡して交渉する。
「オレが九州へ移動し、どこぞへ落ち着いたら、改めてシャベルやツルハシの生産を再開する。他にも色々、新たな商品を開発し売り出す」
「はあ」
「だから、今後は在庫を、なるべく九州へ回せ。……まあ、半年は先の話になるだろうが」
当世、商品生産があまり盛んではないのだ。だから何かヒット商品でも開発しようものなら、早速原料が払底する。主との会話の中で、そう悟った。
ならば、今のうちに手を打つ。
「お前達もだぞ」
オレは鍛冶師二人に向かって口を開いた。
「荷駄車が揃い次第、オレ達は九州へと旅立つ。二〇台の荷駄車が一斉に走る様子を想像しろ。たちまち沿道に人集りが出来、大騒ぎになるぞ」
「左様でございましょうな」
皆、うんうんと頷く。
「そうなれば、目ざとい連中はすぐ、お前達に荷駄車を作れと言って来るぞ」
「あっ!」
「勿論、安い品ではないから、一気に大量の注文が来ることはあるまいがな。堺は港町だ。荷運びの仕事は山ほどある。荷駄車を導入すれば、仕事の効率が上がる」
つまり潜在的なニーズがあるわけだ。
「一台、また一台……と注文が増えて、一年二年も経てば製造が追いつかない程の売れ行きとなるだろう」
「なるほど」
「お前もだぞ」
オレは主に目を向けた。
「つまり、原料たる砂鉄の需要も増える。今から心しておけ」
皆、納得顔で頷いた。
あれ? 重季さんが目をキラキラさせつつ、涙を流さんばかりに感動してるっぽいんだけど。……
オレ、なんかスゴい事、言ったっけ!?
まあいいや、と砂鉄を扱う業者の下を辞し、鍛冶屋へ戻りつつふと気付いた。
「おい。これから一気に車輪や懸架を製造するんだぞ。足りないのは原料だけなのか?」
「ん?」
「燃料も大量に使用するのだろう? 炭は容易に確保出来るのか?」
「あっ!」
うわ……。こいつら、手がかかるわ。
そろそろ日が傾いている。オレ達一行は一旦引き上げて宿を取り、翌日改めて出直した。鍛冶師らと共に炭焼きの下へと向かうと、必要量の確保について段取りを行う。
さらには大工と革細工職人を交え、原料調達の段取りをつけた。大工が釘の調達についてろくに考慮していない事に気付き、呆れた。
当世における釘とは、既に鉄の釘である。だが鍛造……つまり一本一本鍛冶師が打って作るため、量産出来るわけではないらしい。
(まぢかよ)
オレは慌ててあちこち駆け回り、材料調達の段取りを行った。さらには職人四人に声をかけ、原材料費を差し引いた製造原価を算出すると、荷駄車一九台分の契約額の見直しを行った。
(ふう。疲れた……)
日もとっぷり暮れた頃、オレは額の汗を拭い、ひと息つく。
ちょっと気になったのが、重季さんである。
何やら得るところがあったようで、ずっと考え込んでいる。時折「なるほど」などと呟いている。
「重季さん、どうした?」
「いや、為朝様の“段取り”とやらに、心底感服しておったところでございまする。何か大きな事を起こす前には、諸々大量の物資が要る。職人から手立てを聞き出し、必要となる量の物資を予め確保する。……左様な段取りを要するのだ、と」
「ああ、そうだな」
「それらは本来、我ら郎党の役目でござる。考えてみれば当たり前の話でござるが、我らはそこに気付かなんだ。それでは為朝様をお支え出来ませぬ。まだまだ精進せねば……」
なるほど。
だから感心し、と同時に色々と考え込んでいたのか。……
「おう。そこに気付いたのであれば、今から色々と研究してくれ」
「承知っ。まだまだ頼りにならぬ、非才の身なれど、為朝様のお役に立てるよう精進致しまする」
はははは。重季さん、真面目過ぎやろ。
「良い良い。皆、完璧ではない。オレとて知らない事、気付かない事が沢山ある。その都度、皆で入念に打ち合わせを行い、互いに足りないものを補い合えば良い。全部、重季さん一人で被ろうとするな」
そう言うと、重季さんは目からウロコでも落ちたような表情を見せ、感激したらしくしきりに頷いていた。
オレ達一行は翌朝、交互に空の荷駄車を曳きながら、壷井へ戻った。




