それが道理というものでござろう
顔を洗い、庭へ出た。
昨夜の風が嘘のように収まり、見事な快晴である。
好天に調子づいたセミ共が、盛大に騒いでいる。
(今日あたり、来るやろなあ)
昨日、馬を飛ばして師匠の庵に行ったので、多くの人々に目撃されている。オレが館に戻っている事は、既に噂されていることだろう。少納言信西のもとにも、噂は伝わっているに違いない。
案の定、昼過ぎに、件の連中が乗り込んで来た。
「八郎為朝よ。出で来よ! 戻っておるのじゃろう!?」
デカい声が館中に響いた。
オレは腰に太刀を佩き、愛用の弓を片手に、門へと向かう。
門前に陣取る来客は、五〇騎程であろうか。皆、完全武装である。
「誰ぞ?」
落ち着いて応える。そこへドタドタと、郎党達が数人やって来て、オレの両サイドに構えた。
ど真ん中に相対する男が口を開く。
「左大臣頼長様に仕えし、平忠正じゃ。少納言信西様がお下知(指示)にて、お前を捕らえに参った。大人しゅうせよ!」
これまた父と同世代だろうか。ご苦労なことである。
オレとは初対面の筈だが、さすがにひと目見て、八郎為朝だと確信したのだろう。
「ほう。平忠正殿と申されますか。お初にお目にかかります。……で、それがしの罪状は?」
「ざ、罪状?」
「それがしに、何か罪があるのですか?」
「はあ……」
忠正さんとやらは、キョトンとしている。
たかだか元服早々のガキゆえ、完全武装の五〇騎で脅せば大人しく捕まる、とでも思っているのか。
「罪状も無しに、それがしを捕まえると申されるか? それは何とも、面妖な話でございますのう」
オレがそう返すと、両脇に控えるうちの郎党達も、そうじゃそうじゃと騒ぐ。
「ざ、罪状……お、お前が無位無官たる身分を弁えず、少納言様に恐れ入るどころか恥をかかせたからじゃ!」
「はぁ?」
何を申されるか、とオレは素っ惚ける。
「少納言様の仰せに従い、滝口の武士お二人と勝負したに過ぎませぬ。それが誤りであったと申されますか」
「……」
「結果、流れ矢に驚かれた少納言様が腰を抜かし、ついでに烏帽子が転げ落ちた」
「……」
「少納言様の不覚が、それがしの罪だとでも?」
「……だ、黙れっ!」
わははは。問答しているうちに、どんどん野次馬が増えた。我々を遠巻きにして、人集りが出来ている。
「それがし元服早々の若造ゆえ、その理屈がよう解りませぬ。強いて言えば、滝口の武士お二人の罪ではござらぬか?」
あのお二人は、下手をすれば畏きお方々に矢が当たる状況だと識りながら、少納言様の仰せ通り矢を射掛けた。へろへろの流れ矢で済んだのは、むしろそれがしのお陰ではあるまいか?、と畳み掛ける。
さらに、わざとらしく首を捻ってみせた。
「いやいや、やはり少納言様こそが、一番の大罪人でしょうなあ。どなたかが『御前であるぞ』とお止めになられたにもかかわらず、少納言様は滝口の武士お二人に『やれ!』と命じておられましたからなあ」
「うぬぬぬっ……」
忠正さん、目をギョロギョロさせつつ歯軋りしている。
(なんかオモロい顔してはるわぁ)
スマート端末があれば、即座に撮影して御本人にご送信差し上げたいところである。なんやったら動画サイトにでもアップすれば、バズるやろなあ。……
というわけでそろそろ、そんなオモロい顔のおっさんに引導を渡すタイミングだろう。
「さあ、結論が出ましたぞ。それがしではなく、少納言様を引っ捕らえなさりませ。それが道理というものでござろう」
それでもあくまでそれがしをしょっ引くというのであれば……と、オレはギョロリと目を開き、殺気を込めて忠正さんを睨みつける。
忠正さん達五〇騎が、息を呑み竦み上がった。
(わはははは。あまりいじめるのも、可哀想やな)
思えば憐れなおっさんである。父から聞いた話だが、かつて何やらヘマをやらかしたため、無位無官らしい。そのせいで、権力者にアゴで使われているのだろう。
「大人しく戻られよ。さもなくば、それがし直接、少納言様に物申すぞ」
……勿論、忠正殿も我らと同じ武士ゆえ、それが如何なる意味かはお解りでしょうな、とスゴむ。
うぬぬぬっ、と悔しがる忠正さん御一行に背を向け、オレは館に引っ込もうとした。
そこで我に返ったらしい忠正さんが、
「ま、ま、待てっ! ……おいっ、あ奴を捕まえろ!」
と声を上げる。
オレは素早く振り返るなり、たちまちのうちに弓を構えて矢をつがえ、軽く無造作に射た。
矢は一瞬にして、正面に居る忠正さんの、馬の首根っこにぶっ刺さる。
馬は棒立ちになりつつ絶叫。狂ったように首を振ると、バランスを崩しドサリと路上に倒れた。当然、忠正さんも、鎧兜姿のまま路上に投げ出される。
と同時に、オレの右脇から郎党が一人、飛び出した。
重澄さんである。平装ゆえ身軽な彼は、数歩駆け出すとスラリと太刀を抜き、素早く忠正さんの鼻先に切っ先を突きつける。
(おお重澄さん、ナイスっ!)
ちなみに、重澄さんには“悪七別当”という異名があるらしい。なるほど、なんかよう分からんけど強そうな異名を持つだけあり、いざという時に頼りになる。
太刀を突きつけられた忠正さんは、路上に尻もちをついた状態で、
「ひっ!」
と後退った。が、鎧兜が重いせいで、まともに動けない。
重澄さんは、忠正さんをギロリと睨みつつ、言い放つ。
「我らが八郎為朝様は、何と申されたか? 『大人しく戻られよ』と申されなんだか!?」
コクコクと頷く、忠正さん。そして、
「ひっ、引けっ。引けーーっ!!」
と、喉から悲鳴を絞り出すかの如き声を上げた。
五〇騎は騒然となり、馬を回頭させ我先に逃げ出す。
「ま、待て待てっ! 儂を置いて逃げるなーっ!」
忠正さんは慌てふためきつつ、どうにか立ち上がった。一騎が忠正さんの声に振り返り、急いで手綱を引き馬を戻す。
強引に、その後ろに跨がり二ケツを試みる、忠正さん。だが完全武装の男二人に乗られた馬は、上手く走り出せない。
(わははは。そりゃ重量オーバーやろ)
馬はよたよたと歩み始めた。だが依然、走り出せない。
こりゃダメじゃ、と察した男二人は、ジタバタと顎紐を解き兜を脱ぐと、路上に投げ捨てた。
それでも馬の歩みは変わらない。
今度は二人して、肩紐を解き大袖――肩の防具――を外すと、路上に脱ぎ捨てた。さらに次々と、防具を外しては路上に投棄する。
その甲斐あってか、馬もよたよたと少しずつ進む。館の前から、既に五〇メートルは離れただろうか。
「はーい、そこ! ちょっと下がってくれ。危ないぞーっ」
オレはジェスチャーで、野次馬に下がるよう指示すると、次第に遠ざかる馬目掛けて弓を構え、矢を射た。
矢は唸りを上げて飛翔し、馬の尻にぶっ刺さる。
馬は絶叫を上げ、路上にどうと倒れた。
――おおーーっ!!
大勢の野次馬達が歓声を上げる。
投げ出された二人は身体をあちこち路上に打ち付けたようだが、どうにかヨロヨロと立ち上がると、相変わらず鎧の各パーツを脱ぎ捨てながらドタドタと去って行った。
(馬に罪は無いが……)
さりとて、ここで人間を射るわけにはいかない。馬を狙うしかなかった。オレは、犠牲となった哀れな馬二頭に、そっと手を合わせた。




