まだ、ほとぼりが冷めたとは言えぬぞ
オレ達一行はその夜、多田の館に泊めて貰った。
そして翌朝、勝負である。
「少納言信西様を遣り込めた件は、噂を聞いておる。じゃが、動かぬ的を射抜いたところで、真の腕なぞ判らぬよのう」
頼政さんは、そう言ってニヤリと笑う。
「どうやって勝負をつけるのです?」
「そりゃ決まっておる。狩り、じゃ」
なるほどね。
狩りなら異論はない。
「お前は、あちらの森に入れ。儂はこっちじゃ。此奴が太鼓を叩いたら、狩りを始めろ。二刻程後に、此奴が再度太鼓を鳴らすゆえ、戻って来い。獲物の大きさと数で勝負を判断する」
「わかりました」
「矢筒の矢が尽きるまで、とするか」
互いに矢の数をかぞえ、同数を揃えて矢筒に突っ込む。
「ではっ!」
頼政さんは早速、馬に飛び乗る。オレもアヴェンタドールに飛び乗り、所定の縄張りへと移動する。
どんっ!
程なく館の方で、太鼓が鳴った。勝負開始である。
勢子役――獲物をこちらに追い立てる人間――は、それぞれの郎党が五人ずつ。
加えて互いの郎党が一人ずつ、不正が無いよう目付役として付く。オレには頼政さんの郎党、頼政さんにはオレの郎党である。
昨年秋、オレは結構、森を駆け狩りをやりまくった。だからオレの郎党達も、慣れたものである。勝負開始早々、
「八郎様っ!」
勢子を務める郎党の一人が、森の少し奥から鋭い声をかけてくる。
オレはすかさず手綱を引き、アヴェンタドールを転回。と同時に大弓を構えた。
はたして向こうから、大イノシシがこちらに向けて飛び出して来た。
(こいつはやり難いな……)
鬱蒼とした森で、障害となる木が多い。足元も木の根だらけで不安定だ。
だがオレは一瞬で矢をつがえ、たちまち眼前へと迫るイノシシの眉間をズバっと撃ち抜いた。と同時に手綱を引き、勢いでなおも僅かに前進するイノシシを躱す。
はたしてイノシシは、どさりと地に崩れた。
「よしっ」
幸先が良い。アヴェンタドールの反応も上々だ。少々鼻息が荒いのが気になるが。
次の獲物は一〇分程後だった。立派な角のシカを仕留めた。
三度目の獲物は、しばらく時間がかかった。オレはその間暇を持て余し、目についた頭上の雉を二羽、撃ち落とした。
そうして一刻ばかし森を駆け回るうち、弓が折れた。
「あちゃぁ……」
時間も残っているし、矢もまだ数本残っている。
「この場合、どうなる? 替えの弓を取りに戻っても良いのか?」
目付役――頼政さんの郎党――に尋ねるも、首を捻っている。勝負中に弓が折れるなぞ、前例がないらしい。
(どうしたものか……)
ちょっと悩んだが、今更どうしようもない。オレもうっかりしていた。この事態を想定し、ルールを確認しておくべきだった。
成果はここまでとして、後は諦めるべきだろう。弓を取りに行って、反則扱いされてはバカバカしい。
「終わるぞ。皆、ここに集まれっ!」
オレは号令をかけ勢子役の郎党をかき集め、ふうふう言いながら獲物を一箇所にまとめさせた。それからひと通り獲物の血抜きをすると、館へと戻った。
程なく、時間切れの太鼓が鳴った。
暫く待つと、頼政さん達も館へと戻って来る。
「わははは。弓が折れたか」
やはり儂の勝ちじゃろのう、と頼政さんは馬から下りて汗を拭いつつ、勝ち誇ったような声を上げた。
郎党五人で、イノシシと子ジカを一匹ずつ、担ぎ上げている。他にも、雉とウサギを二匹ずつ、馬の鞍にぶらさげている。
あれ!? そんだけ?
「獲物は、それだけですか?」
「それだけ、じゃと? 立派なものじゃろうが」
むっとした表情の頼政さん。
「ちょっと郎党を貸して下さい。人手が足りないので……一〇人ほど」
「ふむ。それは構わぬが」
オレの郎党一五人に、頼政さんの郎党一〇人を加え、森へ戻って獲物を館へと運ぶ。一刻ほどかかり四往復して、血抜き済のイノシシ五頭、シカ三頭をどうにか館に運び入れた。
どれもこれも一〇〇キロはあるだろう。重労働である。
他に、雉三羽とウサギ二羽。
「はぁ~~~~っ!?」
頼政さんも、館の郎党達も、ポカンと口をあけ目を丸くしている。
よく分からないのだが、大成果らしい。
「一切、不正はありませぬ」
目付役の言葉に、我に返る頼政さん。
「そうか。では、お前の勝ちじゃな……。これは見事じゃ」
それから獲物一頭一頭を注意深く眺め始めた。
「眉間に深々と一発、か。これは首筋に一発……」
「まあ、狩りは慣れてますから」
頼政さんは、はぁ~っ、と深いため息をついた。それから、
「なるほど、噂以上の腕じゃのう。ちと舐めておったわい。まだ若い者には負けんつもりじゃったが」
わはははは。ジジイがイキってんじゃねえ、と笑い飛ばしたいところだが、そうもいかない。
むしろ、どこぞの信西さんなどとは異なり、潔く負けを認めたのだ。偉いものである。
「恐縮にございます」
オレは慇懃に頭を下げた。
「仕方あるまい。約束通り、この馬はお前に譲ろう。大事に扱え」
「ありがとうございます」
無事、頼政さんが買った馬を手に入れた。栗毛の牝馬である。
オレはこの馬を、
――シルビア
と名付けることに決めた。いや、異論は認めない。
というわけで、その夜はイノシシ鍋をつつきながら、皆で酒を飲んだ。
ちなみに肉は、手分けして近所中に配って回ったが、それでも大量に余ったらしい。
なにしろ冷蔵庫なぞ無いから、これだけの獲物となると持て余す。
(まあ、でもしゃあないわな。勝負やし)
頼政さんがどの位の成果を上げるか読めなかったので、本気を出すしかなかった。弓が途中で折れたせいで中途半端ではあったが、それでも狩り過ぎた。
「さて、為朝よ。この後はどうするのじゃ? まだ、京に戻るには早かろう」
「はあ」
頼政さんと諸々情報交換をした後、そう問われた。
「お前が京を発ったのは、いつじゃ?」
「二月の上旬です。まだ一月も経っていませんね」
「ほら、そうじゃろ。まだ、ほとぼりが冷めたとは言えぬぞ」
「されば……」
オレは即断した。
「河内壷井に戻ります」
これに、頼政さんも頷く。
「それが良かろう。……いや、儂は昼間の勝負にて確信したぞ。お前は噂通り、八幡太郎義家公の再来であろう」
「何度か、そう言われております」
「源氏再興のため、八幡大菩薩様がお前をこの世に遣わしたに違いない。むざむざ、公家共にやられてはならぬ。心せよ」
翌朝オレ達一行は、宿代馬代を頼政さんに渡すと、壷井の館へと戻った。館では郎党総動員で武芸や軍事訓練を行いつつ日々を過ごした。




