お前の腕、見極めさせて貰うぞ
当、壷井の館の庭には、桜が咲き始めている。
幸先が良い、というべきだろうか。
いや、桜の話ではない。昼過ぎ、当館の郎党の一人が遠方から戻り、
「市に、デカい見事な馬の出物があった、との噂を得ましてござる」
という情報が入ったのである。
難波の市らしい。察するに、前世で言えば大阪市のど真ん中辺りだろう。
郎党は噂を聞いて馬飼のもとに駆けつけるも、一足早く買われてしまったのだとか。
買ったのは、源頼政という男らしい。
「誰です?」
「摂津源氏の棟梁でござる。冠者のお父上と似たようなお歳の、剛の者ですな」
郎党に代わって叔父さんがそう応えた。
そう言えば、聞き覚えがある名だ。確か、先般やり込めた少納言信西が、“海道一の弓取り”と名を挙げていた人物ではないか。
「その頼政さんとやらは、どこに住まわれているのですか?」
「西洞院六条でござる」
はあ!? それって六条堀川の館の、すぐご近所じゃね?
ということは、これから京に戻るのか。それはちょっと、早過ぎるやんか。
「いえ。頼政殿はこれより、本拠地の摂津国多田荘へと向かわれるそうで」
「そうか」
「すぐに頼政殿を追いかけ、為朝冠者のために、馬をお譲り願ったのでございまするが……」
不首尾だったという。
「河内源氏の小童に譲る馬なぞ無い」
と、ハナであしらわれたのだとか。
「ゆえに冠者は、頼政殿を追いかけ多田荘へと赴き、勝負を挑まれ馬を手に入れてはいかがか?」
なるほどね。先日と同じパターンか。
ネットで発注しカードで代金決済、あとは運送会社が届けてくれるのを待つのみ、の前世と比べれば、恐ろしく手間暇がかかる。面倒臭い。
移動にしても、電車とバスを乗り継いでポン、というわけにはいかない。勝負を挑んで勝たなければ譲って貰えない、というのも面倒である。
が、仕方ない。これが当世流なのだと割り切るしかないのだろう。
「よし、その頼政さんとやらを追う。直ちに支度せよ」
たちまち座が沸いた。
郎党達は、うわダリぃ、と面倒臭がっているのかと思いきや、そうではないようだ。逆に、オレが頼政さんを遣り込める様を早くも期待し、瞳をキラキラさせつつ歓声を上げている。
(何で?)
ようわからん。……
あれか。「祭りと喧嘩は江戸の華」なんて言葉がある。当世の武士というのは、後世の江戸っ子の気質に近いのか。
「さあさあ、支度じゃ支度」
叔父さんがパンパンと手を叩きながら、郎党達に支度を促した。彼らはさっさと立ち上がると、めいめい座敷を飛び出し動き始めた。
翌朝、オレ達一行二〇名は、壷井の館を旅立った。
大雑把な地図は、叔父さんが用意してくれた。陸路である。摂津国多田荘まで、ざっと五日程かかるらしい。
(ということは、大和の宇野荘から壷井までの旅程と、似たようなものか)
地図から想像するに、前世の大阪市を抜け伊丹空港を目指し、もう少し北の山あいに向かうようなルートである。
多田荘へ向かう旅も、ここまでと大きな違いはない。
時期が良いので天候にも恵まれている。ルート上は比較的拓けていて、宿に困ることもなかった。時折通りがかりの者をつかまえて道を尋ねれば、迷うこともなかった。
ここまでの移動と多少の違いがあるとすれば、今回は馬が良い。
慣らしのつもりでアヴェンタドールだけを使うつもりだったが、前を歩く郎党が手綱を握るマイバッハが、時折こちらを振り向いてヒヒンと哀しげに啼く。
(アヴェンタドールにヤキモチ焼いとんのか)
仕方なく、マイバッハに乗り換える。オレを背に乗せ、嬉しそうに軽やかに駆けるマイバッハ。
が、一刻も経つと今度はアヴェンタドールがゴネ始め、次第に荒れる。手綱を握る郎党が持て余し、音を上げるので、今度はアヴェンタドールに乗り換える。
その繰り返しだった。厄介事といえばその位だ。五日後、多田荘直前で、頼政一行に追いついた。
「前を行く一行よ。しばし待たれよ」
オレはマイバッハに軽く鞭を当て、一行の中段付近に居た馬上の年配者へと駒を進める。
「卒爾ながら、お尋ね申す。西洞院六条の頼政殿でござるか?」
マイバッハから下りて手綱を引き、尋ねる。
「いかにも頼政である」
「お初にお目にかかります。それがしは六条判官為義が八男、八郎為朝でござる」
「おう。お前が噂の……」
オレが慇懃に頭を下げると、頼政さんも馬から下りた。
なるほど叔父さんに聞いていた通り、父に良く似た年格好の、それでいていまだ腕に自信のありそうなオヤジである。
清和源氏の本流は我が河内源氏、らしい。父は、一族の英雄たる八幡太郎義家公から館を譲り受け、源氏の家宝である鎧を幾つも受け継いでいる。だが失策続きで官位官職が低迷している父に代わって、この多田源氏の主である頼政さんの方が、今のところ勢いがある。
――我ら多田こそが清和源氏の本流ぞ!
と、鼻息が荒いという。
オレは顔を上げ、頼政さんに向かい口を開く。
「実は、馬を探しておりまして」
伏見の光基さんにも見せた、父の書状を渡す。ちなみにこの書状は一通しか無いので、ここまで使いまわしである。
手綱片手に書状に目を通した頼政さんは、読み終わると顔を上げ、オレの顔を眺めた。
「なるほどな。お前の体格を見れば、デカい馬が必要なのは解った。じゃが、既に見事な馬を手に入れておるではないか」
頼政さんは、オレの傍らのマイバッハに目を遣りつつ、言う。
「来たるべき有事に備え、もう一頭、欲しいのです」
「左様か。……まあ、よい。先般、河内の者にも申したが、ただでは譲れぬ。少納言信西様を遣り込めたというお前の腕、見極めさせて貰うぞ。儂と勝負せよ」
あはははは。
いや、分かってたよ。また、このパターンかよ。
ウゼえ、と内心ため息をつくオレを慰めるかのように、マイバッハが頭を擦り付けてきた。




