ひや~っ!
というわけで、郎党達も皆、入浴を終えたところで宴が始まった。
そこで親治さんの嫁さんや娘さんを紹介されたわけだが、娘さんとやらはまだ八つだという。
(なんやねん。嫁にやるとか何とか、まだ話が早過ぎるやろ)
後々周囲に聞いて判明したことだが、当世、そんなものらしい。将来有望とみれば、縁組して結束を固めておくのだとか。
そりゃまあ、有望かもしれないけどな。親治さんの嫁さんは結構美人だし、娘さんも嫁さんに似てそこそこ可愛かったし、そりゃ有望株だと思うよ。オレが有望株ってことなら、有望株同士だ。
(そういえば、“源氏物語”って平安時代の小説だよなあ)
幼いうちからツバつけるってのは、この時代の風潮か。
あ、いや、オレは全然興味ないけど。今は、お鶴との純愛路線まっしぐらやねんけど。……
「近頃、京の方はどうなっておる?」
親治さんの関心事も、それだった。ここは京から離れている分、情報に飢えているようだ。
オレは親治さんと、京や地方の事情について情報交換を行った。その辺、伏見の光基さんと同様、
「いざという時は力添えをお願いします」
ということで協力要請をとりつけた。馬を手に入れるのが目的の旅ではあるが、折角の機会なので、外交をも果たす。
せめてオレが、当世の歴史に詳しければ、上手く懸念なく立ち回れるのだろう。だが実際、この時代に転生してみて、そんな事はサブカルチャー的ファンタジーに過ぎないと早々に悟った。なにしろ今が、西暦何年にあたるのかさえ判らないではないか。
ならば、出来る事は出来る時にやっておく。わずかな歴史知識を手がかりに、可能な限り賢く立ち回る。
(それしかない)
と思っている。今回はその、布石を打って回る旅でもある。
つい先程は思いがけず、郎党達の意外な結束を知った。
そう。オレは清和源氏の本流たる河内源氏の、いわばホープなのだ。郎党達に支えられつつ、いずれオレがリーダーとして彼らを食わせていかねばならない。一族の舵取りを委ねられている。
前世における、中小企業の社長さんみたいなものだ。
――シャッチョさん、シュケベね♪
の社長さん……じゃない方のシャッチョさんである。カリスマ社長的な役割だろう。それだけ重い責任がある。それを痛感させられた。
翌日は久々に小雨が降った。
親治さんに頼んでもう一泊させて貰い、オレ達はその翌朝、出発した。
目指すは河内源氏の本拠、河内国は石川郡壷井だという。馬が手に入りそうな商業地は、前世と変わらず難波(大阪市)の中心付近のようだが、
「ここから難波へ向かうならば、まずは壷井を目指しましょうぞ」
だそうである。
それならオレも、多少ながら地理が判る。当地から、前回こちらへ来た時よりも西寄りのルートを辿り、生駒山と二上山の隙間を通って大阪平野に抜ける。抜けた場所が羽曳野市辺りだろう。
ということは、河内源氏の本拠地とは、前世の羽曳野市ということになるか。
幸いにして親治さんの郎党に、地理に詳しい者がいたので、道順は確認してある。
……と楽観視していたのだが、これが意外と厄介だった。
二晩は百姓家数軒に別れて泊まった。この旅で初めての経験だが、まあ、面倒臭い。当然風呂も無いし、粥を出して貰い寝るだけである。身分が違うため相手が気を使い、会話もあまり弾まない。
山越えは一応念の為、オレの指示で案内役を雇った。山の中、一行二一人で迷ってしまえば大事である。ゼニで安全が買えるのであれば、それに越したことはない。
馬――マイバッハ――は、なかなか良い。
結構な甘えん坊だ。三日目には早くも、オレの姿を見れば嬉しそうに軽く嘶き、近寄れば頭を寄せてくる。
「女人はことごとく、冠者によう懐きますのう」
重澄さん――重季さんの兄――がオレを冷やかした。
四日目、オレ達一行は大阪平野に出た。前世の知識からすれば羽曳野市だろう。
「壷井のお館は、ほれ、もうすぐですぞ」
郎党達は皆、京住まいだが、半数程は当地の出身である。重季さん達がそう、人選したらしい。彼らの表情がほころんでいる。
山道を抜けたところで日が落ちたので、源氏の者の屋敷で一夜を明かし、翌日昼過ぎ、いよいよ壷井の館に到着した。
「広いな……」
川沿いの台地上に築かれた、まさに城の如き館である。
四方を堀と土塁で囲み、立派な造りをしている。六条堀川の館の、何倍あるだろうか。いや、あちらも随分広いと思っていたのだが。家人もこちらのほうが圧倒的に多い。
館から周囲を眺めて、良く分かる。伏見殿とそっくりで、交通の要衝に臨む高台である。
周辺にも武家の屋敷らしきものが多数点在する。彼らを総称し“石川党”と呼ぶらしい。
「スゲぇ」
壮観。一国一城のあるじとは、まさにこのことか。
「為朝冠者、ようお越し下さった。どうぞごゆるりと」
館の留守を任されている、父の弟――八郎君一二歳の叔父――に歓待された。
「しばらく世話になります」
「噂には聞いておりますが、デカいですな」
「まあ、デカいです」
郎党達はさっさと旅装を脱ぎ捨てると、館の下へとすっ飛ぶように駆け出して行った。
「何事か?」
「はははは。川の向こうに、湯が湧くのです。地元の者は皆、そこで湯浴みをします。ぬるいですがね」
「ほう。それは良いですな」
「冠者も湯浴みされてはいかがか」
「そうさせて貰いましょう」
早速、軽装になり郎党達の後を追うと、彼らは下帯一枚で湯に入り、奇声を上げ騒いでいた。
「ほう。立派な露天風呂だな。温泉か?」
オレは湯に飛び込み、次の瞬間、
「ひや~っ!」
と湯から飛び出した。いや、湯ではない。水だ。冷たくはないが、熱くもない。温水プールのような温度である。
「冷てぇ!」
二月の二〇日あたりだから、新暦ならば三月下旬か四月上旬だろう。外気温は、少々肌寒い程度である。それでこの水温は、少々キツい。
「これですぜ、これ。河内壷井の名物みたいなものでござる」
河内出身の者達に言わせれば、これが懐かしいらしい。ぎゃあぎゃあ騒ぎながらぬる湯に浸かり、身体を擦っては立ち上がり、そしてまた寒さに奇声を上げる。
まあ、楽しそうではある。オレも彼らに混じって奇声を上げ、大いに旅の疲れを癒やした。




