思いやり
俺は弟のスキルを脳内で分析する。椅子、照明スタンド、本。三つとも雪風との位置が瞬時に入れ替わっていた。瞬間移動というよりは、物体と物体の位置を入れ替えるスキルといったところか。
「これで分かっただろう? 僕ら兄弟は無敵だ。君に勝ち目はない」
「ハッ。勝った気になるのは早いんじゃないか?」
確かに厄介なコンビネーションだが、打つ手はある。あとは好機を待つだけだ。
☆
地中にて秋人と雪風兄弟の闘いが繰り広げられる一方、地上では――
秋人が雪風の前に現れた時点で、雪風は氷人形の生産を止めていた。しかしまだ地上には百体以上の氷人形が残存しており、依然として脅威は去っていない。しかも秋人がいなくなったことで戦力は大幅に落ちており、決して好転したと言える状況ではなかった。
「みんなー!! 一旦体育館に避難するにゃー!!」
朝野が空を飛び回りながら大声で呼びかけ、動ける者達は体育館に集まっていく。石神は体育館にいる氷人形を、朝野は体育館に入ってこようとする氷人形を破壊する。
「ほら春香ちゃんも!!」
「でも倒れてる生徒がまだ……!!」
「全員助けるのは無理にゃ!! 早く!!」
「……っ!!」
春香は唇を噛みしめ、体育館に入った。そして逃げ遅れた者が誰もいないのを確認した後、出入口のドアを閉めて厳重に封鎖した。
「まだ救える生徒がいたかもしれないのに……!!」
悔しげに拳を震わせる春香。朝野は申し訳なさそうに目を伏せる。
「ごめん、春香ちゃん。でもこれ以上犠牲者を増やさない為には、こうするしか……」
「……分かってる。アンタが謝る必要はないわ」
なんとか避難場所を確保することはできたが、外からは氷人形達が体育館の壁を突き破ろうとする音が何度も響いており、いつまで持ち堪えられるか分からない。
春香が周囲を見回すと、自分と朝野が生徒達から距離を置かれているように感じた。それもそのはず、春香達は皆の前で堂々とスキルを使い、空を飛び回って星の弾を放ったり瀕死の生徒を復活させたり、常人では有り得ないようなことをやっていたのだから。緊急事態だったので仕方がなかったとはいえ、警戒されるのは無理もないだろう。
「朝野、アンタまだ闘えそう?」
「正直お腹が空きすぎて、もうヘトヘトにゃ……」
「石神は?」
「ケッ。見て分かんねーのかよ……」
唯一の戦力である朝野と石神は、とっくに体力の限界だった。氷人形達が侵入してくるのも時間の問題であり、そうなったら今度こそ全滅してしまう。
春香は二人の身体に【逆行】を使うことも考えたが、後遺症のリスクがあるのでむしろ逆効果になりかねない。それ以前に春香の体力的にも、これ以上のスキルの発動は厳しいものがあった。
「せめてお腹いっぱいご飯を食べられたら……春香ちゃん何とかして……」
「アタシに言われても困るわよ……」
「あっ、こんなところに美味しそうなフランスパンが……いただきまーす」
ガブッ。春香の腕に噛みつく朝野。
「きゃあっ!! 何してんのアンタ!? 目を覚ましなさい!!」
「春香さん! 朝野さん!」
春香が朝野をビンタしていると、千夏と他数名が駆け寄ってきた。彼女達の手には大きな袋が握られている。
「よかった、無事だったのね千夏ちゃん。その袋は何?」
「はい……」
千夏が袋を開け、春香達に中を見せる。そこにはなんと様々な食材がギッシリと詰まっていた。
「ち、千夏ちゃんどうしたのこれ!?」
「実は倉庫にあった食材を色々と持ってきたんです。春香さん達に食べてもらおうと思いまして。先生方の許可もちゃんと貰いました」
「アタシ達の為に……!?」
「はい。皆を守ろうと必死に頑張っている春香さん達に、少しでも力をつけてもらいたいんです。生で食べられる食材ばかりなので安心してください」
幸いにも食材が保管されてある倉庫は体育館のすぐ近くだったため、千夏達はなんとか氷人形達に見つからずに食材を持ち出すことができた。
「でも、こんなことしたら……」
「いいんです。皆でそうしようって決めたことですから」
「皆が……!?」
生徒達は、春香達を見て強く頷いた。
「青葉さん達が何者かなんて分かんないけどさ」
「皆を守る為に闘ってくれてるのは確かだしな」
「青葉さん達が倒れたら俺達も終わりだし、しっかり食ってくれよ」
生徒達の優しさに、春香は胸を打たれた。氷人形という敵を前にして、皆の心は一つになっていた。
「ありがとう。でも、やっぱり駄目よ。アタシ達がこれを食べちゃったら、皆の分はどうなるの? アタシ達だけそんな――」
「やったー!! いただきまーす!!」
朝野が凄まじいスピードで食材を口の中に放り込んでいく。
「早っ!? アンタちょっとは遠慮しなさいよ!」
「皆が食べてって言ってるんだから別にいいじゃん! 私達が空腹で闘えなくなったら話にならないにゃ! ぼさっとしてると私が全部食べちゃうよ!」
「まったく……」
だが朝野の言うことも一理ある。正直春香も我慢の限界だったので、罪悪感を覚えながらも食材を頂くことにした。
「ああっ……久々に好きなだけ食べられる喜び……幸せにゃ……」
感動のあまり、朝野は涙を流していた。
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