氷人形
「あのー、さっきから二人とも何の話をしてるの? 私にはサッパリだにゃ」
クエスチョンマークを何個も踊らせる朝野。寝ていたせいで状況が全く呑み込めていないようだ。
「呑気に寝てたアンタが悪いんでしょ! いいから黙ってついてきなさい!」
「は、はいにゃ!」
春香の奴、なんか段々と朝野への当たりがキツくなってる気がするな。
そして俺達は屋上のドアの前に立った。一体この向こう側に何が待ち構えているのか……。
「二人とも、心の準備はいいな?」
「ええ」
「よく分かんないけどバッチリにゃ!」
俺は意を決し、ドアを開けた。
「これは……!!」
俺は衝撃を受けた。石神の証言通り、屋上に人の形をした氷が何体も彷徨いていたのである。名付けるなら〝氷人形〟といったところか。
「うわっ、何これ!? 人間みたいな氷が人間みたいに動いてるにゃ!」
「石神が言ってたことは本当だったみたいね……」
全部で五十体はいるだろう。思ったより数が多い。氷人形共は俺達の存在に気付くと同時に、一斉に押し寄せてきた。どうやら俺達は敵として認識されたようだ。
「寝起きの運動にはちょうどよさそうだな。朝野、こいつら全員ぶっ倒すぞ!」
「了解にゃ!」
朝野はスキルを発動して少女戦士に変身し、氷人形共に星の弾を次々と炸裂させる。俺も負けじと【怪力】を発動し、拳で氷人形共を粉砕していく。この調子ですぐに全部片付けてやる!
「はあっ……はあっ……!!」
などと息巻いたものの、十体を倒したあたりで早くも息切れしてきた。一体一体は大したことないが、なんせこの数だ。しかもこっちは空腹で体力が大幅に落ちているので、普段の力を全然発揮できない。
「ううー、お腹空いたにゃー……」
朝野も同じ状態らしく、俺と闘った時より星の弾の威力が明らかに弱い。残る氷人形はおよそ三十体。せめてあと一人だけでも加勢してくれたら助かるが、春香は戦闘要員じゃないし、俺と朝野でやるしか……。
「どうやらアタシも参戦した方がよさそうね」
そんな時、なんと春香が前に出てきた。まさか春香も闘う気か!?
「危険だ春香、下がってろ!」
「お断りよ。だってどこからどう見てもピンチじゃない。秋人もあと一人加勢してくれたらって顔してたし」
「うっ。そりゃそうだけど……」
「大丈夫、ちゃんと武器も持ってきたから」
そう言って春香が手に持ったのは、木製のバットだった。
「ってそれ、俺が殴られたバットじゃねーか!」
「そうなの? なんかグラウンドに落ちてたから、使えると思って拾っといたのよね。どうりで先っぽに血がついてるわけだわ」
「んなもん拾うな! つーかそんな物で倒せるわけないだろ!」
一体一体は大したことないとは言ったが、あくまでそれは俺基準の話だ。おまけに春香のスキルは治癒系で戦闘に使えるタイプじゃないし、バットなんか持ったところで氷人形とまともに闘えるとは思えない。
「二人ともなにお喋りしてるの!? 私だけじゃどうにもならないにゃ!!」
俺が手を止めている間、朝野が一人で氷人形共に応戦していた。そうだ、今は春香に構ってる場合じゃない。
「いいから下がってろ春香! 俺と朝野に任せとけ!」
「だから大丈夫だってば。少しはアタシを信頼しなさい!」
俺の制止も聞かず、春香は氷人形の集団に突っ込んでいった。
「やあっ!」
春香が氷人形の一体にバットを振り下ろすと、ポコンと情けない音が響いた。当然そいつは無傷である。ほら見ろ言わんこっちゃない――
「えっ!?」
直後、目を疑う現象が起きた。春香が指を鳴らした途端、春香にバットを当てられた氷人形は瞬く間に収縮し、消滅したからだ。春香は俺の方を向いてウインクする。
「ね、言ったでしょ? アタシだってやる時はやるのよ」
「春香、今のは……!?」
いや、それを聞くのは後にしよう。今は氷人形共を全滅させるのが先だ。
「ああもう分かった! 頼んだぞ春香!」
「任せなさい!」
俺達三人は襲い来る氷人形共を次々と薙ぎ倒していった。
「やっと片付いたな……」
最後の一体を倒し、俺は息をついた。一時はどうなることかと思ったが、春香が加勢してからはだいぶ楽だった。一人戦力が増えるだけでも全然違うな。
「ありがとう春香、助かった」
「どういたしまして。ぶっつけ本番だったけど、上手くいってよかったわ」
普段から俺と一緒にジムで鍛えてるだけあって、動きにも無駄がなかった。つーか闘えるなら最初に言っとけよ。
「んにゃー、疲れたにゃー。お腹空いたにゃー」
朝野はやや離れたところで仰向けに寝転がっていた。この距離なら俺達の声は朝野には聞こえないだろう。
「で、春香。早速教えてもらいたいんだけど」
「何のこと?」
「惚けるなって。春香が氷人形共を倒していた方法だ」
あれはどう見ても腕力で倒しているようには見えなかった。おそらくスキルを使ったのだろうが……。
「春香のスキルは治癒系だよな? なのにどうやってあんなこと……」
「あら、アタシは自分のスキルが治癒系だなんて言ったことは一度もないわよ?」
「いやでも、それ以外考えられないだろ」
俺が致命傷を負う度、春香はスキルを使って俺の身体を治してくれた。昨日もそれをやってもらったばかりだ。これが治療系じゃなかったら何だというのか。
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