僅かな休息
「そんなことより秋人。起きたばかりで悪いけど、あまりのんびりはしてられないわ」
「……ああ、分かってる」
七日が経過したということは、今日で倉庫の食材が尽きてしまうため、明日以降は食べ物が配給されなくなる。よって今日中に雪風を倒せなければ、集団餓死へのカウントダウンが始まることになる。
「ところで石神はどうなった?」
「死んだわよ」
「……は!? 嘘だろ!?」
「冗談よ。隣りの個室にいるわ。あいつもついさっき目を覚ましたみたい」
「ったく、驚かせんなよ」
まあ別に死んでも構わない奴だが、あいつには色々と聞きたいことがある。俺は身体を軽く伸ばし、ベッドから下りた。
「んぎゃっ!?」
「あ、すまん」
その拍子に布団の上でぐっすり眠っていた朝野を床に滑り落としてしまった。うっかりしてた。
「秋人さん、まだ安静にしてた方が……」
「大丈夫だ千夏。春香の言う通り、あまりのんびりはしてられないからな」
俺は隣りの個室のカーテンを開ける。そこには両手を頭の後ろに組んでベッドに寝そべる石神の姿があった。
「……ちっ、なんだよ」
俺を顔を見るなり煩わしそうに舌打ちをする石神。謝罪の一言くらい欲しいものだが、まあ許そう。
「よう。身体の調子はどうだ?」
「お前に心配されたかねーよ。それよりさっきからうるせーぞお前ら、保健室では静かにしやがれ」
「そいつは悪かったな」
一丁前に真っ当なこと言いやがって。怪我はそこまで大したことなさそうだし、こう生意気な口が利けるのなら大丈夫だな。手加減してやったとはいえ、俺の拳を喰らってこの程度で済むなんて大したものだ。
「つーかお前こそ、あんだけ派手に殴ってやったのにもう平気なのかよ。どうなってんだお前の身体は」
「……そんなことはない。まだ頭はズキズキするし、こう見えて結構無理してるんだよ。しばらくは瀕死の状態が続きそうだ」
「はっ、そいつはいい気味だ」
勿論今のは嘘だ。身体の節々が痛むこと以外は特に問題はないが、春香に怪我人のフリをするように言われたからな。
「それで、俺に何か用かよ。まだ俺への仕返しが足りねえってのか?」
「それはもういい。これ以上弱者をいたぶるのは俺の趣味じゃないしな」
「殺す……!!」
「やれるもんならやってみろよ」
っと、今は石神とくだらない言い合いをしている場合じゃない。
「お前に二つ、聞きたいことがある。まず一つ目。俺が瀕死になったら氷の牢獄から出られるって噂、それを生徒達に広めたのはお前だな?」
「……ああそうだ。悪いか?」
やはりそうか。そんなことをする奴は、俺に恨みがある石神くらいしか考えられないしな。だがこれには些か不可解な点がある。
「二つ目。その噂はお前が自発的に広めたのか? それとも誰かに頼まれたのか?」
「……けっ、今更どうでもいいだろそんなこと」
「いいから答えろ。どっちだ?」
「それは……」
言い淀む石神。この反応を見て確信した、やはり後者だ。そもそもこいつは噂を流して俺を追い込むなんて回りくどいことを考えるような性格じゃないだろう。言い淀んでいるのはそいつに口止めでもされたからだと思われる。
そしてそいつの正体は、間違いなく雪風だ。つまり石神は雪風と接触した可能性がかなり高い。石神を問い質せば、雪風の居場所を掴む大きなヒントになるかもしれない。
ここに真冬がいたら、真冬のスキルで石神の記憶を読み取ってもらうだけで済んだというのに。まあ無いものねだりをしても仕方ない。こうなったら力ずくでも吐かせて――
「あー、もういいだろ。お前の顔を見てるとイライラするぜ。どけっ!」
石神はベッドから下り、俺を払いのけて保健室から出て行った。
「おい待て! まだ話は終わって――っ!」
俺は石神を追いかけようとしたが、全身に激痛が走り思わず足を止めた。まだ春香のスキルの後遺症が……。
「秋人さん!」
千夏が駆けつけ、床に倒れそうになった俺の身体を支えてくれた。
「……悪いな千夏」
「やっぱりまだ大丈夫じゃないですよ! 今は休んでください!」
「いや、でも……」
「確かにその様子だと、まだ安静にしてた方がいいかもしれないわね。のんびりはしてられないとは言ったけど、また倒れちゃったら元も子もないし」
春香も千夏に賛成した。休んでる暇なんてない……と言いたいところだが、正直まだまともに動ける自信がない。
「……そうだな。それじゃお言葉に甘えて、あと三十分だけ休ませてくれ」
俺は大人しくベッドに戻った。休息を終えたら真っ先に石神を尋問しよう。あいつにはもう俺に歯向かう気力なんて残ってないだろうし、ちょっと脅してやればすぐに白状してくれるだろう。
☆
「どこにいる雪風!! 出てきやがれ!!」
一方の石神はというと、雪風を探して校舎の外を歩き回っていた。
「月坂に致命傷を与えてやったぞ!! 約束通り俺達をここから出しやがれ!!」
姿の見えない雪風に向かって叫ぶ石神。だが仮にこの声が雪風に届いていたとしても、反応が返ってくることはないだろう。
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