乱入
「さあ、どんどんいくよー!!」
始めの内は動きが速すぎて目で追えず、朝野の拳が何発も俺の身体に炸裂した。肉弾戦が得意と言うだけあって、一発一発が非常に重い。あと数発まともに喰らったら失神してしまいそうだ。
だが俺の【怪力】には及ばない。だいぶ目も慣れてきた。そしてついに朝野の動きを捉えたその瞬間、俺は右の拳を放った。同時に朝野も拳を放ち、互いの拳が衝突した。だがやはり威力は俺の方が上だ。
「ぎにゃあっ!?」
力負けした朝野は吹き飛び、コンクリートの上を転がった。拳対決は制したものの、だいぶ威力を殺されたので、そこまでのダメージはなかっただろう。
「いたた……やるねえ秋人くん……」
案の定、朝野はすぐに立ち上がった。どうやらこの勝負は長期戦になりそうだ。
「肉弾戦は俺に分がありそうだな。このまま押し切らせてもらう」
「……ふっ。ふっふっふ……」
朝野が少女戦士らしからぬ笑みを浮かべる。
「どうやらアタシの必殺技を見せる時が来たようだにゃ……!!」
「……もう三回くらい必殺って聞いた気がするぞ」
「今度こそ本当に本当の必殺技にゃ! このアタシを本気にさせたこと、後悔させてあげるよ……!!」
朝野の全身から尋常ではないオーラが迸る。その姿はまさに、ラスボスに正面から立ち向かう少女戦士のようだ。台詞はむしろ悪役っぽいけども。
「秋人、気をつけて!」
春香の声に頷き、俺は身構える。これはとんでもない技を出してくると、俺の直感が告げている。だが俺に逃げるという選択肢はない。本当に本当の必殺技とやらを見せてもらおうか。
「いっくよー!! 必殺――」
朝野が技名を叫ぼうとした、その時。信じられない光景が俺の目に映った。
「なっ!?」
「なにゃっ!?」
俺と朝野は同時に声を上げた。突如、学校の敷地全体を取り囲むように、巨大な氷の壁が地面から突き出てきたのである。
その氷はドーム状に膨張していき、あっという間に学校にいる生徒達を全員閉じ込めてしまった。言うなればこれは、巨大な氷の監獄だ。
「おいおいマジかよ……。これがお前の必殺技か?」
「いや違うにゃ! いくらアタシでもこんなとんでもないことできないよ! 技名も叫ぶ前だったし!」
「何……?」
朝野の慌てっぷりを見るに、どうやら嘘はついていないようだ。朝野の仕業ではないとすると、まさか別の参加者か? おそらく氷系のスキルによるものだろうが、一人の参加者にここまでの規模の氷を展開できるとは俄には信じがたい。
そして重要な事実がもう一つ。氷、ということは……。
「これ……って……!!」
春香は大きく目を見開いていた。そう、かつて春香の大切な人を殺したのも氷の使い手だった。つまりそいつと同一人物である可能性が極めて高い。
「ついに現れた……アタシの復讐の相手が……!!」
復讐を遂げる時が来た、そんな顔で春香は拳を震わせる。しかし今のところ、参加者らしき人物の姿は見当たらない。一体どこに――
『こんにちは。転生杯参加者の諸君』
その時、どこからともなく男の声が響いた。この声の主が、氷の監獄を創り出したと考えて間違いない。
『まさか三人もの参加者が僕の領域に入ってくるとはね。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ』
「どこにいる!? 姿を現せ!!」
『落ち着きたまえ。まずは自己紹介をしよう。僕の名は雪風貴之。〝60〟の痣を持つ転生杯の参加者だ』
「何……!?」
60という数字を聞いて、俺は以前の真冬との会話が頭を過ぎった。あれは黒田を殺してから数日後のことだったか……。
☆
「秋人。もしこの先〝10の倍数の痣を持つ参加者〟と遭遇したら、これまで以上に気を付けて」
ふと作戦会議室の真冬の様子を見に来た時のこと。真冬が俺にこんな忠告をしてきた。
「10の倍数?」
「ん」
今のところまだ10の倍数の参加者はお目にかかったことがないが、一体何故なのか。
「どのくらい信憑性があるか分からないけど、10の倍数の参加者はそれ以外の参加者に比べて、より強力なスキルを付与されるみたい。参加者達の間では密かに〝マルチプル〟と呼ばれてる」
「なんだそりゃ。それじゃそいつらが圧倒的に有利だろ。俺もマルチプルってやつになりたかったな」
俺の痣は88だから、あと二つ後の90だったらマルチプルになれてたわけか。しかし一体どうしてそんな不公平なことをしたんだか。あの支配人のことだから、ちょっとしたイレギュラーがあった方が盛り上がるからとか、そんなくだらない理由だろうけど。
「だけどその分、デメリットもあるみたい」
「デメリット?」
「ん。マルチプルは生前の記憶が曖昧になったり、性格がガラリと変わったり、感情が暴走したり……。要するに、自分が自分じゃなくなるみたい。少なくとも私はマルチプルじゃなくてよかったと思ってる」
「んー、確かにそう言われると微妙だな……」
俺が俺でなくなったら一体どうなるか想像もつかないが、もしマルチプルになったせいで黒田と真犯人に復讐するいう信念を見失うことになるのだとしたら、たとえ強力なスキルと引き替えであっても願い下げだ。
ま、とやかく言ったところで痣の数字が変わるわけでもないし、今の自分を受け入れるしかないだろう。
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