拠点の移転
「挨拶も済んだことだし、そろそろ帰らせてもらうわね」
「なっ……逃げる気か!?」
「もっと遊んであげたかったけど、リーダーから撤退の命令が出ちゃったのよ。ごめんなさいね」
リーダーがいるってことは、こいつもどこかのチームに所属しているのか。
「また会いましょう。月坂秋人」
屋上から奴の姿が消え、ビルの看板らしきものが出現した。また【入替】を使って遠くの看板と入れ替えたのだろう。遺憾ではあるが、どこに行ったのか分からないんじゃ追うこともできない。
俺は小さく息をついた。決着は持ち越しか。しかし奴とは近い内にまた相見えるような予感がした。
☆
翌日。現在俺は春香・真冬と共に、都内のとあるホテルの一室にいた。何故こんな所にいるのかというと、真冬が「今日から一時的に拠点を移す」と言い出したからだ。
あまりに突然のことだったので驚いたが、理由は後で話すとのことなので、ひとまず俺達は各々の私物を詰め込んだ鞄を持って、このホテルへとやってきた。
「いい加減話してよ真冬。急に拠点を移すなんて言い出した理由」
「……ん」
都内を一望できる大きな窓を背景に、俺達はソファーに座った。
「昨夜の闘いで得られた情報をもとに、あの女のスキルについて考察してみた。スキル名は【変身】。能力はその名の通り、特定の人物に変身すること。でも、きっと何か条件があると思う」
それは俺も同意見だ。無条件で誰にでも変身できたらインチキすぎるしな。
「秋人との闘いであの女が変身したのは、雪風・雪風弟・佐竹の三人。この三人にはある共通点がある」
「……既に転生杯から脱落した奴ら、か」
「ん。このことから変身できる対象は転生杯の脱落者のみだと考えられる。だけど実はそう思わせるのが狙いで、敢えて脱落者にしか変身しなかった可能性もある」
「本当は脱落者以外にも変身できるかもしれない、ってこと?」
「そう。可能性は低いと思うけど、最悪のケースも想定しておくべき」
そこまで頭が回るような奴には見えなかったが、何事も見た目だけで判断するのは良くないだろう。
「で、その変身女はアタシ達が拠点を移した理由に関係あるわけ?」
「関係大あり。【変身】の最大の特徴は、姿だけではなくその人物のスキルと記憶までものにできるということ」
「変身可能な参加者の数だけスキルを使えるってことだもんな。厄介な相手だ」
「それもあるけど、最も警戒すべきは、記憶をものにできるという点」
「え、そこ?」
「ん。仮に【変身】が誰にでも変身できる能力で、更には秋人にまで変身できた場合のことを考えてみて」
あの女が俺に変身する、それはつまり俺の記憶を見られることにもなる。
「それは、ちょっとマズいな……」
「そう。秋人の記憶を見られるということは、私達の情報が筒抜けということ。当然アジトの位置もバレバレだから、いつ襲撃を受けてもおかしくない」
「あー、だから拠点を移そうって言い出したのね」
「ん」
そういうことだったのか。今更ながら俺は事の重大さに気付かされた。
「すまん。俺が変身女を仕留め損ねたばっかりに……」
「秋人が謝ることじゃない。あくまで変身可能なのは転生杯の脱落者のみ、というのが私の見解だし。ただ一応、念には念を入れておこうと思っただけ」
「ま、取り越し苦労に終わればいいわね」
だけどもし俺の記憶を見られたらと思うとゾッとする。なんせ知られたらマズい情報が多すぎる。なにより一番の懸念は、俺だけではなく真冬や春香にまで危険が及んでしまうことだ。
「一刻も早く、あの変身女を倒さないとな……」
「その為にもまずは変身女について調べてみようと思う。秋人、名前は分かる?」
俺は昨夜の記憶を呼び起こす。確か変身女は一度も名乗っていなかった。
「いや、痣の数字が〝54〟ということくらいしか……」
「……そう。名前が分かれば簡単だったんだけど」
「まったく駄目ね秋人は。ちゃんと最初に会った時『貴女のお名前は何ですか?』って聞かないからよ」
「不自然すぎるだろ!」
今までの参加者はご丁寧に自ら名乗ってくれる奴がほとんどだったからな。それに名前を聞いたところで素直に教えてくれたかどうか。
「とりあえずドローンで捉えた映像を頼りに変身女の素性を調べてみる。アジトにいる時よりも情報収集の質は落ちるけど……」
真冬がアジトから持ってきたのは、一台のノートパソコンと二台の小型モニターだけだった。さすがにアジトの機材を全て持ち出すのは厳しいので致し方ないと言える。
なお【変身】のスキルについてはまだ未知数の部分が多いため、当面は「変身女は誰にでも変身できる」という前提で様子を見ることにした。
「それと、変身の対象が転生杯参加者だけとは限らない。一般人に化けている可能性もあるから、外出時は十分注意して」
「ああ」
それから俺は改めて室内を見回してみた。
「しっかし高そうなホテルだな。一泊数万はするだろ?」
「ん。宿泊代は全額私が負担するから、そこは気にしないで」
流石はお金持ち。ではお言葉に甘えさせてもらうとしよう。
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