【重力】のスキル
そして再び細道が【重力】を発動し、跳躍して高く舞い上がった。
「どうだ、こうしてしまえば君は何もできないだろう?」
細道は勝ち誇った様子で空中から俺を見下ろす。俺は逃げるフリをしてその場から走り出した。
「無駄だよ!」
細道は空中に浮いたまま俺の後を追ってくる。重力を横方向にかけることで身体を移動させてるのか、器用な真似をするものだ。間もなく俺は走るのをやめて立ち止まった。
「逃げられないのを悟ったようだな。大丈夫、すぐに楽にしてあげるよ」
見るからに油断しているな。なら遠慮なくそこを突かせてもらおう。空中の相手というと朝野との闘いを思い出す。あの時は苦戦を強いられたものだが、今の俺には遠距離攻撃の手段がある。
「早くも勝った気でいるみたいだな、細道」
「まあね。実際、君に対抗する術はないだろう?」
「それはどうかな。運が悪かったのはお前の方だ」
「……何?」
わざわざ逃げるフリをしてまで場所を移したのは、俺の攻撃に真冬を巻き込まないようにするためだ。
「ま、虚勢を張るので精一杯といったところかな」
「虚勢かどうか、その目で確かめてみろ!」
俺は【氷結】を発動して無数の氷塊を生成し、それらを細道目がけて一斉に放った。
「何っ!?」
完全に虚を突いたらしく、回避する間も与えず複数の氷塊が細道の身体に命中した。その衝撃で重力のコントロールを失ったのか、細道は体勢を崩したまま地面に落下した。
今が最大の好機。俺は【怪力】を発動させて突っ走る。いくら身体が頑丈と言っても、氷塊による攻撃が効いてたあたり、夜神ほどの超人的な肉体ではない。この一撃で決めてやる!
しかし俺が拳を炸裂させる寸前、細道は立ち上がり【重力】によって空中へ避難した。行き場を失った俺の拳は地面を大きく抉る。
「ふう。危ない危ない……」
安堵の表情で空中から俺を見下ろす細道。ギリギリ避けやがった。最大の好機を逃してしまったのは痛い。
「驚いたよ、まさか他にもスキルを使えるなんて。だけど妙だな、参加者のスキルは一人につき一つのはず。なのに君は少なくとも地面に潜るスキル、氷を生成するスキル、パワーを上げるスキルの三つを使っている。複数のスキルを操る参加者がいるという噂は聞いてたけど、もしかして君のことか?」
「……さあな」
細道のスキル、思ったより厄介だな。こんなことなら首を締め上げた時に【略奪】で奪っておけばよかった。まあいい、闘いもせずスキルを奪うのは、それこそ目覚めが悪いというもの。死闘を制した上で奪うのが真っ当なやり方だ。
「その謎はさておき、手数ではこちらが圧倒的な不利、か。それでも勝つのは僕だ!」
再び細道が重力を上げて急降下してきたので、俺は後方に跳んで退避する。そして細道が落下したタイミングを狙って拳を炸裂させようとしたが、すぐさま細道は重力を下げて跳躍した。
「おい汚いぞ、何度も空中に逃げやがって!」
「それを言うなら複数のスキルを使ってる君の方がよっぽど汚いんじゃないか?」
俺の六つのスキルはどれも【略奪】による正攻法で手に入れたものだ、汚いなどと言われる筋合いはない。スキルを奪うという行為自体が汚いと言うのなら、それはもう勝手にしろとしか言えないが。
とにかく今は細道を倒すことだけを考えよう。俺は【氷結】を発動し、細道に向けて無数の氷塊を放った。
「同じ手が何度も通用すると思うな!」
細道は【重力】を巧みに操り、様々な方向に移動して氷塊を回避する。氷塊の数を更に増やせば命中するかもしれないが、あまり攻撃範囲を広げすぎると近隣住民に被害が出かねない。それに氷塊程度では命中したところで大したダメージにならないだろう。
やはり決め手となるのは【怪力】による一撃だ。問題はどうやってその一撃をお見舞いするか。すぐ空中に逃げられては拳の当てようがない。
「打つ手なし、といったところかな?」
「お前こそ、トランポリンみたいに飛んだり跳ねたりするだけじゃ俺は倒せないぞ」
「ふっ。そうでもないよ」
いつの間にか細道の右手には、細かいアスファルトの破片が節分の豆のように握られていた。先程落下した際に拾っていたのだろう。細道はそれらを空中からバラ撒く。一体何を――
「がっ……!?」
一部の破片が俺の身体に触れた瞬間、俺は地面に叩きつけられた。何だこの破片、滅茶苦茶重い!! まるで鉄球がいくつも乗っかってるかのようだ!!
そうか、細道の【重力】は自身及び〝物体〟の重力を操作できると真冬が言っていた。つまりコンクリートの破片の重力を増加させた上でバラ撒いたのか。完全に油断した。
まずい、動けない。この状態で細道に落下されたら確実に終わる。俺はなんとか顔を上げて視界を確保する。どこかに手頃な物体は――あれだ!!
俺は【入替】を発動し、道端に落ちていた空き缶と俺の位置を瞬時に入れ替えた。直後に細道の落下音が鳴り響く。同時に俺の身体に乗っていた破片も取り除かれた。
危なかった、入替が間に合わなかったら俺は細道に踏み潰されてペシャンコになっていただろう。鮫島戦ではピンチの誘因となった空き缶が、今度は俺を救ってくれるとはな。
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