人違い
「…………」
衝撃のあまり身体から力が抜けてしまう。細道はその隙を突いて俺の腕を振り払い、俺達から距離をとった。
「お前は……あの事件の真犯人じゃなかったのか……」
「だから事件って何のことだよ!?」
真犯人は別にいるということか? だとしたら現場に残されていた〝42〟の数字の意味は? とにかく真冬がそう言うなら、細道は全くの無関係ということになる。
「……すまない。どうやら人違いだったようだ」
俺は頭を下げ、細道に謝罪した。更に謎が深まる結果となってしまったが、今は置いておこう。細道も転生杯参加者の一人、倒すべき相手ということに変わりはない。
「とんだ迷惑だよまったく……。気が済んだのなら佐由を解放してくれ!」
「ああ、安心しろ。お前の彼女には何もしていない」
「……な、何だと!?」
「さっきの電話の声は偽造したものだ。嘘だと思うなら確認してみろよ。人違いのお詫びとして、それくらいの時間はくれてやる」
「…………」
細道がスマホで彼女に電話をかける。数十秒後、細道は安堵の表情で通話を切り、それから俺達を睨みつけてきた。
「ほら、彼女は無事だっただろ?」
「ああ。よくも騙してくれたな……!!」
「別に彼女を人質に捕ったなんて一言も言ってないけどな」
「……まあいい。このお礼はキッチリさせてもらう」
そう、これではい解散というわけにはいかない。どんな形であれ転生杯の参加者同士が出会った以上、闘いは避けて通れない道だ。
「あらぬ疑いをかけたことは悪いと思ってる。だが、それとこれとは話が別だ。お前を倒すため、全力を出させてもらう」
「臨むところだ。僕としても手加減なんてされたら興醒めだからね」
夜中ということもあって周囲に人気はない。一般人を巻き込む心配はなさそうだ。
「真冬。危ないから下がっていてくれ」
「ん。でも秋人、大丈夫なの? まともに闘える状態じゃないんじゃ……」
「……心配すんな」
正直、俺の頭の中はグチャグチャだ。ついに果たせると思っていた復讐を果たせなかったばかりか、もう何が真実なのか分からなくなったのだから。しかし闘いに影響が出るほどではない、と思いたい。
「闘うのは君一人か? 別に二人がかりでも構わないよ」
「その自信は大したもんだが、悪いな。大事な仲間を戦闘に巻き込みたくないんだ」
「なるほど。君にも守るべき人がいる、というわけか」
「ただ、これだけは言っておく。俺はいつも一人で闘ってるつもりはない」
「……?」
真冬はこれまで何度も俺のサポートをしてくれた。そして今も、俺のことを見守ってくれている。それが俺にとってどれだけ大きな力になっていることか。
「僕に彼女の無事を確認させたのは失敗だったね。あのまま彼女を人質に捕られていると思わせておけば、僕は何もできなかったのに」
「なーに、俺には戦意のない奴をいたぶる趣味はない」
そういう卑怯な手を使って倒しても目覚めが悪いだけだ。復讐の相手ではないと分かった以上、正々堂々と闘って勝つ。それが俺のプライドだ。
「いくぞ、細道」
先に仕掛けたのは俺。【潜伏】を発動して地中に潜り、細道の背後まで移動する。そして地中から出ると同時に【怪力】で細道に強烈な一撃をお見舞いする。
「……!?」
だが地中から飛び出すと、細道の姿が消えていることに気付いた。さっきまでこの場にいたはず――
「秋人、上!!」
真冬の声で素早く上を向くと、なんと細道の身体が空中に浮いていた。これが細道のスキルか。単に浮遊する能力? それとも質量を変化させる能力?
「細道のスキルは【重力】。自身及び物体にかかる重力を自由に操作できる」
真冬が俺の疑問を解消してくれた。さっき細道の記憶を読み取った際に細道のスキルも把握したのだろう。
「自身にかかる重力を低減させてジャンプした、ってところか」
「正解!」
ゆっくりと降下していた細道の身体が急加速した。今度は重力を増加させたのか。重力が大きいほど落下するスピードが速くなるのは小学生でも知ってる常識だ。
「っと!」
俺は瞬時に後方に跳んで退避する。直後に細道が地面に落下し、凄まじい音と共に大きな亀裂が生じた。もし直撃していたらと思うとゾッとする。しかしあんな速度で落下したら本人も無事では済まなさそうだが、細道は平然としていた。
「こう見えて、生前は本格的にレスリングをやっていたからね。身体のタフさには自信があるんだ」
いやレスリングでどうにかなるレベルじゃないだろ。転生杯参加者の仮転生体は少々特殊なので、ある程度スキルに順応できるような肉体構造になっているのだろう。
「女の子の方は記憶を読み取るスキル、君は地中に潜るスキル、といったところかな。残念ながら君にとって僕のスキルは天敵だ。運が悪かったな」
「…………」
俺はまだこいつの前で【潜伏】しか披露していないので、俺のスキルがその一つだけだと思っているようだ。まあ支配人から参加者に与えられるスキルは一つなので、そう思い込んでしまうのは無理もない。
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