破滅の未来
「すみません、変なこと聞いて。今のは忘れてください」
「……そう。あ、ちょっと待っててね」
エミリアさんは一旦リビングを出ると、その数分後に真っ黒なフード姿で戻ってきた。初めて会った時と同じ格好だ。
「わざわざ着替える必要あるんですか?」
「この格好じゃないと身が入らないのよね」
占い師モードといったところか。それならご随意にどうぞと言いたいが、フードを目深に被るのはせっかくの美貌が隠れてしまうので勿体ないなと思った。
「では始めましょうか。両手を見せてくれる?」
「はい、お願いします」
例によってエミリアさんが虫眼鏡のような物を通して俺の両手を見つめる。果たしてこれで千夏の手掛かりが掴めるかどうか。しかし三十秒も経たない内にエミリアさんはフードを上げ、怪訝な表情を見せた。
「おかしいわね……」
「どうしたんですか?」
「秋人さんの未来が視えない……。いえ、正確に言うと視えてはいるんだけど、まるで深海の底のように真っ暗……」
「何も分からない、ということですか?」
「ええ。長いこと占い師やってるけど、こんなケースは初めてよ」
「そうですか……。エミリアさんでもそういう時があるんですね」
俺が気を落としながら言うと、エミリアさんは眉をひそめた。
「あら、まるで私の力が足りてないみたいな物言いね」
「えっ!? いや決してそういうつもりでは――」
「ふふっ、いいわ。私にも占い師としてのプライドがある。このまま引き下がるつもりはないわよ……!!」
エミリアさんの全身から苛烈なオーラが迸る。なんだか変なスイッチを押してしまったようだ。そしてエミリアさんは再びリビングを出て、今度は大きな水晶玉を両手に乗せて戻ってきた。
「占い師といえば水晶玉だけど、これはただの水晶玉じゃないわよ。私が本気を出す時に使う、いわば秘密兵器。これがあれば、より鮮明な未来を視ることができるの」
「な、なるほど」
聞いてもないのに説明してくれた。しかし確かにいかにも神秘的で、見つめていると吸い込まれそうな感覚に陥ってしまう。きっと店やネットでも手に入らないほどの稀少な代物なのだろう。エミリアさんはテーブルに座布団を敷き、その上に水晶玉を乗せる。
「掌が私の方に向くように、両手を水晶玉に当てて」
言われた通り水晶玉に両手を触れさせると、エミリアさんは目を凝らして水晶玉を見つめ始めた。よく分からないが、この水晶玉を通じて手相を見れば、より鮮明な未来が視えるのだろうか。とりあえず俺は邪魔しないように沈黙を続ける。
「視えてきた……秋人さんの未来が……」
数分後、エミリアさんが呟く。だがその直後、何か想像を絶するものでも見えたかのように、大きく目を見開いた。顔色も悪くなっており、明らかに様子がおかしい。
「エミリアさん? 大丈夫ですか?」
「こ……れは……」
一体何が視えたというのか。俺が聞こうとしたその時、ポケットからスマホの着信音が鳴った。
「あっ、すみません。出てもいいですか?」
「え、ええ……」
一旦水晶玉から手を離し、スマホを取り出す。真冬からだ。お使いでも頼むつもりだろうかと思いながら、俺は電話に出た。
「どうした真冬?」
『秋人、学校は終わった!? 今どこ!?』
「えっと、エミリアさんっていう占い師の――」
『とにかくできるだけ早くアジトに戻ってきて!!』
真冬がこんなに声を張り上げるなんてただ事ではない。まさか……!!
「敵の襲撃か!?」
『え? いや、そういうわけじゃ――』
「分かった、すぐに戻る!!」
俺は通話を切った。真冬が危ない!!
「すみません、急用ができたので帰ります!!」
俺の未来のことは気になるが、今はそれどころではない。俺はエミリアさんにお礼も言えないまま、脇目も振らず走り出した。
☆
秋人が去った後もエミリアはしばらく動けず、ただ項垂れていた。先程視えたものがあまりにも衝撃的で、脳裏に焼きついて離れない。
エミリアが視た、秋人の未来。崩壊する大地、響き渡る悲鳴、飛散する鮮血。それは〝ある者〟によって大勢の人間の命が奪われていく凄惨な光景であった。その〝ある者〟こそが――まさに秋人自身だったのである。
「秋人さん……貴方は一体……!?」
答えなど出るはずもない問いを、エミリアは口にしていた。
☆
「真冬!!」
アジトに戻った俺は、真冬の名を叫びながら廊下を突っ走る。何者かが侵入した形跡は見当たらないが、先程の真冬の電話は明らかに助けを求めるような声だった。どうか無事でいてくれと強く祈りながら、真冬がいつも居る作戦会議室のドアを勢いよく開けた。
「おかえり、秋人」
「……は?」
そこには平然と椅子に座る真冬の姿があった。呆然と立ち尽くす俺。
「て、敵はどこだ!? 襲撃されたんだろ!?」
「そんなこと一言も言ってないけど。秋人が勝手に勘違いしただけ」
「はあ!? 何だよもう……」
全身から力が抜け、俺はその場に座り込んだ。何事もなくて良かったけども。
「秋人が一方的に電話を切るから。この前もそうだったけど、秋人は人の話を最後まで聞かずに動き出す節があるから、そこは直した方がいいと思う」
「……はい」
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