疑心暗鬼
「エミリアさんって、人の未来を視ることもできるんですよね?」
「……ええ。断片的ではあるけどね」
「なら、目の前の人が災難に遭う未来が視えたとして、それを伝えたりはしないんですか?」
気付けば俺は、そう口にしていた。何を聞いてるんだ俺は。これじゃまるでエミリアさんを責めてるみたいじゃないか。
「そうね……。遠回しに言うことはあっても、直接伝えることはないわね」
そんな俺の問いにも、エミリアさんは真摯に答えてくれた。
「それは、どうして……?」
「例えば私が『明日、秋人さんの頭上に植木鉢が落下する』と言ったら、どうする?」
「そりゃまあ、そうならないように行動すると思います」
「そうよね。私も占い師として未熟だった頃は、不幸な未来が視えたら包み隠さず伝えていたわ。だけどそれが良い方に転んだことは一度もなかった。むしろ更なる不幸を呼び寄せてしまった。さっきの例で言うなら、植木鉢を回避した矢先に鉄骨が落ちてきたりね。まるで運命に逆らった罰を与えられているかのように」
「運命……」
――言うなれば、彼女達が転生杯の参加者に選ばれたのは〝運命〟なのです。
以前、支配人もその言葉を口にしていた。俺はあまり好きな言葉ではない。まるで誰かに生き方を決められている気がするからだ。
「他人の不幸な未来が視えることはあっても、私にはそれを覆す力はないの。自分の無力さを痛感するわ……」
暗い表情で、エミリアさんは口にした。きっとこれまでも大勢の人達の不幸な未来を視てきたのだろう。
「すみません、変なこと聞いて」
「ううん、いいのよ」
いくら占いの力が凄くても、エミリアさんはあくまで一般人だ。仮に千夏の未来を視ていたとしても、既に支配人によって記憶を改竄されているはず。これ以上この話を掘り下げても意味はない。
「それで今、彼女さんは……?」
「はい。千夏は、その、急にいなくなってしまって……。今は音信不通なんです」
一から十まで話すわけにはいかないので、俺は茶を濁した。とは言え音信不通なのは本当だ。
「行方不明ってこと? 警察には相談したの?」
「いえ……」
真冬ですら千夏の行方を掴めていないのだから、警察に頼ったところでどうにもならないだろう。
「もしかして私に用って、彼女さんを……千夏さんを捜すため?」
「はい。エミリアさんなら、何か分かるかもと思いまして」
流石に察しが良い。しかしエミリアさんは力なく首を横に振った。
「ごめんなさい。私が視られるのは目の前にいる人だけだから、この場にいない人のことまでは……」
「……そう、ですよね」
やはり駄目かと、俺は諦めかけたが――
「だけど秋人さんの未来を視れば、間接的に何か分かるかもしれないわ」
「本当ですか!? 是非お願いします!!」
思わずソファーから立ち上がった。ようやく手掛かりが掴めるかもしれない。
「勿論、占い料はいただくわよ。オフの時は通常よりも高くつくけど、それでもいい?」
「構いません!! いくらでも出します!!」
転生杯の参加者には仮転生した際に支配人から100万円が支給されている。今日まで色々と消費したのでだいぶ減ってはいるが、それを超えない限りは大丈夫だ。
「……千夏さんのこと、とても大切に想ってるのね」
目を細めながら、エミリアさんが言った。俺のせいで人生を狂わせてしまった、心優しい女の子。千夏の為なら何だってする。たとえこの命に替えても。
「それじゃ300万円いただこうかしら」
「さんっ……!?」
想定以上の額に目が回りそうになった。俺の所持金だけでは全く足りない。真冬に頭を下げて借りるしか――
「ふふっ、冗談よ。今回は特別にタダで視てあげる」
「……えっ、いいんですか!?」
「ええ。若い男の子がこんなオバサンの話し相手になってくれたんだから、それくらいのお礼はしないとね」
何度も言うけど中身は26歳なので、なんだか罪悪感を覚えてしまう。
しかし、俺の未来か……。万が一誰かに敗れて死ぬ未来でも視えたらどうしたものか。そう思うとなんだか不安になるが、背に腹は代えられない。下手をすれば転生杯のことが露呈してしまうかもしれないが、その時は支配人が何とかしてくれると信じよう。
「あの、占ってもらう前に一つ聞いていいですか?」
「何かしら?」
「……エミリアさんの力って、あくまで〝占い〟なんですよね?」
俺の質問に、キョトンとするエミリアさん。
「それはまあ、占い師だし。どうして?」
「いや……」
俺が何度も命の危機に直面することを告げたり、複数の女子と親密な関係にあることを見抜いたり、この間のエミリアさんの的中っぷりは、もはや占いのレベルを超えている気がした。それこそ転生杯参加者のスキルのような――
って、何を考えてるんだ俺は。エミリアさんが参加者のはずないだろ。もしそうなら初対面の時に俺の痣が反応してるはずだし、エミリアさんの右腕にも痣は見当たらない。これまで様々な参加者と対峙してきたせいか、些か疑心暗鬼になっているようだ。
明けましておめでとうございます。今年も頑張りますので応援よろしくお願いします。






