タワーマンション
やがて俺はその場所に着いた。が、あの屋台は見当たらなかった。まあ、そうだよな。占い業界ではトップクラスに有名な人だと千夏が言ってたし、きっと毎日のように全国を飛び回っているのだろう。
最後の希望も絶たれ、俺は肩を落とした。そろそろ帰るか。無念だが、やはり千夏の捜索は真冬に委ねるしか――
「あら? 貴方は……」
背後から声を掛けられたので、反射的に振り返る。その顔に見覚えはなかった。端正な顔立ちの大人の女性だ。しかし不思議と初めて会った気がしない。俺はこの人と、どこかで会ったことがある……?
「私のこと覚えてる? あーでも、この格好じゃ分かんないか」
「……まさか、エミリアさん!?」
「おっ、正解」
聞き覚えのある声だと思ったら、なんとその女性は、まさに俺の尋ね人であるエミリアさんだった。この前占ってもらった時はフードで顔が隠れてたし、私服姿で雰囲気も全然違うから一目見ただけじゃ分からなかった。
「えーっと、確かお名前は……」
「月坂秋人です!」
「そう、秋人さん。また会えて嬉しいわ」
「こちらこそ、ちょうど会いたいと思ってました!」
こんな形で会えるとは夢にも思ってなかったので、ついテンションが上がってしまう。エミリアさんが俺のことを覚えてくれていたのも幸いだった。今日の俺はツイてる。
「こんなに綺麗な人だとは思わなかったので、最初誰だか分かりませんでした」
「あら。子供なのにお世辞が上手ね」
「お世辞じゃないですよ。また占いのお仕事で来られたんですか?」
「いいえ、ただの買い物よ。私の家この近くだし。ほら、あそこ」
エミリアさんが指差した先には、金持ちにしか縁がなさそうなタワーマンションがそびえ立っていた。
「も、儲かってるんですね……」
「まあ、それなりにね」
エミリアさんがウインク。生前家賃35000円の安アパートに住んでいた身としては羨ましい限りだ。
「これから帰るところだけど、よかったらウチに来ない?」
「えっ、いいんですか!? ご迷惑なのでは……」
「ふふっ。子供が遠慮しないの」
中身は26歳のオッサンです、なんて言えるはずもなく。しかしこちらとしては願ったり叶ったりの展開だ。
「うおおお……」
マンション30階にあるエミリアさんの自宅に案内された俺は、最初に感嘆の声を漏らした。広々としたリビング、煌びやかな装飾品の数々、窓から一望できる絶景。テレビでしか見たことがないような空間が、そこにはあった。
「エミリアさんって、一人暮らしなんですか?」
「ええ。占いばかりやってたら、すっかり婚期を逃しちゃった。そうだ、秋人さんが大人になったら私を貰ってくれないかしら?」
「えっ!?」
「なんてね。秋人さんモテモテみたいだし、こんなオバサン興味ないわよね」
「いや、そんな……」
エミリアさんが何歳か知らないが、これだけの美貌と財力があればまだ全然いけるだろう。そういや一人暮らしの女性の自宅にお邪魔するのは(生前も含めて)初めてのことだ。なんか余計に緊張してきた。
「今お茶を出すから、適当にくつろいでて」
「は、はい……」
そう言われましても、このような所で適当にくつろげるはずがない。汚してしまうといけないので、俺はソファーにできる限り浅く座った。今にも身体がズレ落ちそうだ。程なくしてエミリアさんがいかにも高級そうな紅茶とお菓子を運んできてくれた。
「あら、面白い座り方してるのね」
エミリアさんも俺の正面のソファーに座り、全く音を立てずに紅茶を口に運ぶ。優雅な所作から金持ちの貫禄が滲み出ている。
「秋人さんは高校生よね? 学校は楽しい?」
「んー、そうですね……」
「部活は、やってる?」
「最近将棋部に入りました」
「へえ、将棋が好きなのね」
「いえ全然。ただ学校の決まりで部活に入らないといけなくて、楽そうだから将棋部にしただけです。それまで将棋なんて全然やったことなくて」
「あら、そうなのね。他に部員はいるの?」
「同じクラスの圭介って奴と……。部員じゃないですけど、ちょいちょい部室に来る人ならいます。その度に将棋を挑まれるんですが、全く手応えがなくて」
「秋人さんは初心者なんでしょ? 将棋の才能あるんじゃない?」
「いえ、その人が弱すぎるだけです」
エミリアさんと他愛もない話をする。おかげでだいぶ緊張も解れてきた。そんな中、エミリアさんが悲しげな顔で、こう口にした。
「彼女さんのことは、残念だったわね……」
「……!!」
彼女とは千夏のことで間違いないだろう。まさかこの人、千夏の身に起きたことを知って――
「あっ、これはその、今日は彼女さんが一緒じゃなくて残念だったわねって意味よ!」
慌てたようにエミリアさんが付け加えた。まあ、いくらエミリアさんでも千夏が一度死んで蘇ったことまでは見通せないだろう。だが以前占ってもらった時、一つだけ引っ掛かる点があった。
――彼女さんのこと、大切にしてあげてね。
別れ際のエミリアさんの言葉と表情が脳裏を過ぎる。あの時エミリアさんは千夏の未来が視えていたのではないか、そんなことを考えてしまう。だとしたら何故、そのことを俺達に教えてくれなかったのか……。
2022年もよろしくお願いします。良い御年を。






