メイドの出迎え
「ありがとな、カーペット。だけど急な減速ができないのなら予め言っといてくれよ、死ぬかと思っただろ」
『…………』
「カーペット? おいどうした!?」
俺はカーペットを抱える。その表面に具現化していた顔が消えかかっていることに気付いた。
『どうやら……力を使い果たしたみてーだ……』
「何……!?」
まさか【息吹】の効力が消えて、ただの物に戻ろうとしているのか……!?
『この前……オイラは人間が大っ嫌いなんて言ったけど……ありゃ嘘だ……。カーペットとして人間の役に立つことが……オイラの誇りだった……』
か細い声で、カーペットが語り始めた。
『だけど俺もすっかり古くなって……いつからか使われなくなって……そのことにイジけてたんだろうな……。だから心にもないことを言っちまった……』
「すまん。急いでるから手短に頼む」
『情緒ゼロかお前! やっぱ人間嫌いかも……』
本音を言うと早く春香のもとに行きたいが、こいつの最期の言葉はちゃんと聞いてやりたいと思った。
『まあなんだ……どうせオイラは近い内に捨てられてただろうし……。お前に命を与えられて……最後にもう一度だけ人間の役に立てて……嬉しかったぜ……』
「カーペット……」
『じゃあな……お前の仲間……ちゃんと救ってやれよ……』
間もなくカーペットの顔は完全に消滅し、声も聞こえなくなった。駄目元で【息吹】を発動してみたが、もう二度とカーペットに命が宿ることはなかった。
「ありがとう。お前のことは忘れない。ゆっくり休んでくれ」
墓でも建てて供養してやりたかったが、今は時間が惜しい。俺はカーペットを近くの木の根元に寝かせ、その場を後にした。待ってろ春香……!!
☆
とある一室で、優雅に紅茶を嗜む女がいた。黒の長髪に、妖艶な容姿。彼女の名は夜神恋歌という。
「紅茶のお味はいかがでしょうか? 今日は新しい葉を使ってみたのですが……」
夜神の隣りには、メイドの格好をした人物が立っていた。名は夕季子音。夜神の仲間の一人である。
「うん、実に美味だ。やはり夕季が淹れてくれる紅茶は最高だ」
「あ、ありがとうございます」
夜神は再び紅茶に口をつけようとしたが、途中で手を止めた。
「……来たか。思ったより早かったな」
窓の外に目を向けながら、夜神が呟いた。
「分かるんですか?」
「気配の察知力には自信があるからな。残念ながら真冬ではなさそうだが……。おそらくは月坂秋人」
「えっ、スキルを奪うスキルを持ってるという、あの……?」
「ああ。スキルについてはまだ確証はないがな」
すると夜神は悪戯っぽい笑みを夕季に向けた。
「そうだ夕季。外で月坂秋人を出迎えてやれ」
「ぼぼ、ボクがですか!?」
「せっかくここまでご足労いただいたんだ。礼は尽くさないとな」
「だ、大丈夫ですか!? 殺されたりしませんか!?」
「大袈裟だな。そこまで短絡的な性格ではないだろう。それに奴の仲間がこちらの手中にある以上、迂闊に手は出してこないはずだ」
「だといいのですが……」
夕季はしぶしぶ夜神の指示に従い、いかにも不安そうな顔で退室した。
「月坂秋人。どんな奴か楽しみだな……」
不敵に微笑みながら、夜神は紅茶を口に運んだ。
☆
生い茂る草木をかき分けながら、ひたすら進む。真冬からの地図によれば、夜神という奴の拠点はこの山の中腹にある。
そして数分後、俺は巨大な建造物を発見した。それはまるで中世に建てられた城のようであり、別世界にでも迷い込んだのかと錯覚してしまう。だが間違いない、ここだ。この中に春香がいるのか……!?
直後、俺の痣が光り出した。城の入口を見てみると、メイド喫茶で働いてそうな服を着た女が立っている。痣が反応したので、転生杯の参加者であることは間違いない。俺はその女のもとに駆け出した。
「あっ! 貴方は……ひゃあっ!?」
俺はそいつの右肩を掴み、鋭く睨みつける。
「お前が夜神か……!?」
「違います違います! ボクは夕季っていいます!」
すっかり怯えた様子で女が名乗った。まあそうだろうな。まず格好がアレだし、とても誘拐を企てるような輩には見えない。
「夜神の仲間か?」
「は、はい! 夜神さんからここで出迎えるように言われて……」
わざわざ出迎えか。随分と余裕だな。
「えっと、月坂秋人さん、ですよね……?」
「そうだ」
俺の名を知られていることに今更驚きはしない。不本意ながら参加者の間ではある程度有名になってるみたいだからな。もしくは春香から強引に聞き出したか……。
「夜神に会わせろ。この中にいるんだろ?」
「は、はい! すぐにご案内します!」
こいつが夜神の仲間なら、この場でこいつをとっ捕まえて春香の解放を要求する手も――いや駄目だ。春香を人質に捕られている以上、下手な行動を取ればますます春香を危険に晒しかねない。まずは夜神がどういう人間か探る必要がある。
俺は夕季という女に先導され、城の中に足を踏み入れた。やけにあっさり入れてくれたな。罠という可能性もあるが、今は春香の救出が最優先だ。たとえ罠だとしても踏み越えてやる。
「こ、ここで夜神さんがお待ちです」
やがて俺はとある部屋の前まで案内された。再び俺の痣が反応する。この中に、春香を攫った張本人が……!!
ブックマーク・評価をいただけると心地よい秋風が吹きそうです。よろしくお願いします。






