スピード辞任
正直に言うと、何ともないわけではない。確かに今回の闘いは労せず勝てたが、後味の悪さは断トツだ。
これまで闘ってきた参加者は、ほとんどが分かり易いほどの悪人だったので、殺すことにあまり抵抗はなかった。だが佐竹はそこまで悪い奴じゃなかったので、俺は少なからず罪悪感を抱いていた。
しかし俺達が転生杯を最後まで勝ち抜くためには仕方のない犠牲だ。今後もそういう奴と闘うことだってあるだろう。その度に心を痛めていたらキリがないし、切り替えていくしかない。
「実は、春香に渡したい物があるんだ」
「アタシに?」
俺ははるにゃんフィギュアを春香に手渡した。
「えっ、もしかしてアタシのフィギュア!? 何これすっごいリアル!!」
「まあ、戦利品ってやつだ。春香にやるよ」
本当は俺が欲しかった物だが、春香が持っていた方が佐竹も喜ぶだろう。
「『君は本当に素敵だ。君との出会いは僕の人生の中で一番の喜びだ。これからも君の活躍を期待しているよ』――あいつから春香へのメッセージだ」
なんか所々違う気がするが、ニュアンスは合ってるだろう。
「そんなにアタシのこと応援してくれてたのね。その期待に応える為にも、これからもっとアイドル活動を頑張らないと!」
「まあ、ほどほどにしとけよ」
「あ、でもこのフィギュアは秋人にあげるわ。自分のフィギュアを部屋に飾るのってなんか嫌だし」
「いらないのかよ!」
結局はるにゃんフィギュアは俺の所有物になったのであった。なんかすまん佐竹。
朝になり、俺は眠気が覚めないまま、一人で通学路を歩く。春香は日直だからと言って先にアジトを出てしまった。ひとまず転生杯参加者の脅威は去ったことだし、まあ一人でも大丈夫だろう。
しかしいくら16歳の若々しい身体でも、さすがに五時間ほどしか寝てないと戦闘の疲労は完全には癒えてくれないな。せめて八時間は睡眠時間が欲しかった。今日くらい休んでもよかったかな……。そんなことを思いながらも、俺は陸奥高校に着いた。
佐竹との戦闘で荒れ果てていたグラウンドはすっかり元通りになっていた。いつものように支配人が痕跡を消してくださったのだろう。
そういえば創設者かつリーダーの佐竹がいなくなった今、はるにゃんファンクラブがどうなったのか気になる。ファンクラブの存在自体をなかったことにされたのか、あるいは誰か別の奴がリーダーに宛われているのか……。
「あっ、いた! 秋人さん!」
「探しましたよ秋人さん!」
その時ちょうど、はるにゃんLOVE法被を着た数名の男達が俺のもとに駆け寄ってきた。どうやらファンクラブは存続しているようだ。しかし俺に何の用だろうか。こいつらは俺のことを親の仇かってくらい憎んでるはず――
「もう朝礼の時間ですよ秋人さん! 早く屋上に来てください!」
「いつもの唱和をお願いします!」
朝礼? 唱和? 何のことだ? あとなんで敬語?
「なんだかよく分からんけど、ファンクラブの活動なら勝手にやってればいいだろ」
「何言ってるんですか! 秋人さんは僕達はるにゃんファンクラブのリーダーじゃないですか!」
……は?
「はるにゃんファンクラブを創設したのも、ファンクラブの皆をここまで引っ張ってきたのも、全部秋人さんじゃないですか!」
はいいいいいいいいいいーーーーー!?
「んなわけないだろ!! 確かに俺ははるにゃんファンではあるけどファンクラブとは何の関係も――」
いや待て。一般人が記憶を改竄された場合、その改竄部分には代わりとなる記憶を入れられる的なことを前に春香と話した。つまり記憶の改竄により、佐竹に代わって俺がはるにゃんファンクラブの創設者&リーダーってことになったのか!?
「いつものように屋上でファンクラブの朝礼をお願いします、秋人さん!」
「朝日に向けて誰よりも元気良くはるにゃんファンクラブ四箇条を叫ぶ姿は僕達の尊敬の的です!」
んな恥ずかしい真似するか!! どんな記憶を入れられてんだよ!! 絶対ふざけてるだろ支配人!!
「待て待て待て! つーかお前ら俺のことをはるにゃんに付きまとう害虫だのゴミだのボロクソに言ってたじゃねーか! その憎しみはどこいった!?」
「ハッ!? そうだ僕達は、分を弁えずはるにゃんと仲良くしているお前のことを憎んで……」
「いやでも秋人さんは僕達のリーダーなわけで……あれ?」
いかん、記憶の整合性が取れなくなってきてる。これ以上突っついたら面倒なことになりそうだ。
「あーもういい!! とにかく俺はお前らのリーダーなんて御免だ!! 新リーダーはジャンケンとかで決めろ!! じゃあな!!」
「そんな、秋人リーダー!」
「待ってください、秋人リーダー!」
「リーダー呼びやめろ!!」
というわけで俺は、はるにゃんファンクラブのリーダーを辞任したのであった。そもそも就任した覚えもないんだが。
☆
佐竹との闘いから五日が経った。俺は朝っぱらからアジトの裏庭で、日課であるスキルの自主練をしていた。【氷結】で氷を生成したり【潜伏】で地面に潜ったり【入替】で適当な物体と物体を入れ替えたり、スキルの調子を確認する。
いつの間にか40万字突破してました。100万字目指して頑張ります。






