空の旅

「まさか、あれは貴様が……!?」

「ええ。私が呼び寄せました」

　先程の千夏はただ景色を眺めていたのではない。遠くの空港に駐機していた一機の旅客機を発見していた千夏は、自身のスキルにより秋人の【操縦】を発動し、その飛行機を操作していたのである。当然乗客は一人もいない。

　飛行機は真っ直ぐこちらに向かっている。このままでは、あと一分もしない内に飛行機はこのビルに衝突することになるだろう。いくら【無効】を有する向井でも、建物ごと吹き飛ばされたら一溜まりもない。だがそれは千夏も同じはずだ。

「どういうつもりだ……私と心中でもする気か!?」

「まさか。死ぬのは貴方一人です」

　千夏は【氷結】を発動して向井に氷塊を放つ。自動的に向井の【無効】が発動し、それらを弾き飛ばす。一見すると無駄な攻撃だが、これには意味があった。

「貴様……一体何を考え……て……」

　突然、向井の口が動かなくなる。いや口だけではなく全身が動かない。これは千夏が発動した【釘付け】の効力である。

　これは以前、千夏を拉致した神崎が秋人に使ったスキル。発動者が対象とした物体・人物に強く意識を向けた者は、その瞬間から行動不能になる。

　千夏は飛行機を対象に【釘付け】を発動した。これにより飛行機に意識を向けていた向井は行動不能に陥ったのである。本来なら【無効】で無力化できたはずだが、千夏の攻撃を無力化している最中だったので、それができなかった。

「それでは最期までごゆっくり、空の旅をお楽しみください」

　千夏は秋人の【入替】を発動。遠くにあった病院の看板と自身の位置を入れ替え、この場から姿を消した。

　屋上に一人残された向井。身体が動かないので逃げたくても逃げられない。結局、兵藤達も間に合わなかった。こうしている間にも飛行機が迫ってきている。

「あ……ああ……!!」

　飛行機から意識を逸らすことができれば【釘付け】は解除されるが、そんなことは向井は知る由もない。そもそも迫り来る飛行機から意識を逸らすことなどできるはずもなく、向井にはどうすることもできなかった。

「ああ……ああああああああああ!!」

　飛行機がビルの最上階付近に激突し、大爆発を起こす。向井はそれに巻き込まれ、地上へ真っ逆さまに落下していった。

　　☆

　同時刻。兵藤を倒し、秋人達を捜してビル内を駆け回っていた春香だったが……。

「えっ!?　ちょっ、何!?」

　凄まじい衝撃音と共にビル全体が大きく揺れ、春香は尻餅をついた。地震、というわけではなさそうだ。上の方で何か起きたのだろう。まさかビルに飛行機が衝突したなど、春香は夢にも思わなかった。

「なんかこれ、ヤバくない……!?」

　床や壁に亀裂が生じ始めている。最悪ビルが倒壊しかねない。皆の状況は気掛かりだが、ビルからの脱出が最優先だ。そう判断した春香は秋人達の捜索を中断し、子供達を待機させている図書室へ引き返した。

「みんな大丈夫!?　怪我とかしてない!?」

　春香は子供達の安否を確認する。春香の言いつけをちゃんと守ってくれていたらしく、誰も勝手に部屋から飛び出したりはしなかったようだ。

「お姉ちゃん……私達どうなっちゃうの……？」

　一人の女の子が怯えながら口にする。春香はその子の頭を優しく撫でた。

「安心して、お姉ちゃんがついてるから。みんな、ビルの外に避難するわよ！　ちゃんと〝おはしも〟を守ってね！　押さない走らない喋らない戻らない！　あ、でもちょっと走った方がいいかも！」

　春香は子供達に声を掛けながら、冷静に避難を行った。

「……春香！」

　無事にビルから脱出した春香達のもとに、真冬が駆けつけてきた。

「真冬！　よかった、先に脱出してたのね！」

「ん。その子供達は、春香が？」

「そっ、この私が兵藤を倒して救い出したのよ！　そんなことより真冬、秋人と千夏ちゃんを見なかった!?」

「見てない……春香も？」

「ええ。きっとまだビルの中にいるのね……。って真冬、どこにいく気よ!?」

　ビルの中へ駆け出そうとした真冬を、春香が腕を掴んで止めた。

「離して!!　二人を助けに行かないと!!」

「落ち着いて真冬！　きっとこのビルはもうすぐ倒壊する！　今この中に入ったら巻き込まれるわ！」

「でも二人を見捨てるわけには……!!」

「秋人と千夏ちゃんは必ず自力で脱出してくる！　それを信じるのよ！」

「……!!」

　真冬は自分の衝動を抑え込むように、強く拳を握りしめた。

　　☆

　昼山と死闘を繰り広げていた最中、突然上から爆音が響いた。同時に大きな揺れに襲われ、思わず転倒しそうになる。

「な、何だ!?」

「……!?」

　やむを得ず俺と昼山は戦闘を中断した。何らかの巨大な物体がビルに激突したような、そんな衝撃だった。一体何が起こった……!?

「今のは……!!」

　窓の外に目を向けていた昼山が、驚愕の表情を浮かべていた。

「どうした昼山!?」

「…………」

　昼山は沈黙する。何か落下物でも見たのだろうか。昼山の動体視力ならそれが何か捉えられても不思議ではないだろうが、だとしたら何を見たというのか。まさかとは思うが……。