謎の声
「ふざけんな!! 俺は絶対に……お前を……!!」
視界が霞み、昼山達の姿がぼやけて見える。くそっ、意識が朦朧としてきやがった。こんな所で倒れるわけには――
『どうやら相当ピンチのようだな……』
その時、男の声がした。昼山ではない。初めて聞くようなような、聞き覚えのあるのような声。だがこの場に第三者が現れた様子はない。一体どこから……!?
『ようやく僕の声が届いたか。こうしてお前と話すのは初めてだな』
まただ。昼山に何の反応もないのを見ると、俺にしか聞こえていないようだ。
感じる……。俺の中から、何者かの存在を。まさか声の正体はそいつなのか。誰だお前は……!?
『薄情だな。僕のことは何度か夢で見せてやったじゃないか』
夢……!? そうだ、思い出した。大地と京谷という、二人の男が登場する夢。間違いない、これは大地の声だ。
『正解。僕の名は大地だ。よろしくな、月坂秋人。なんて挨拶を交わしてる場合ではなさそうだな』
どうしてこいつの声が……やはりあれはただの夢じゃなかったのか……!?
『お前は今、強敵との闘いで窮地に追い込まれているのだろう? お前に死んでもらっては困るんだ。お前の身体は僕の身体でもあるからな。そこで、だ。僕の力をお前に貸してやろうか?』
何を言って……!!
『僕の力があれば、どんな敵でも蹴散らせる。勝ちたいんだろう? さあ、僕の声に応えるんだ』
突然俺に話しかけてきたかと思えば、俺に力を貸すだと……!?
「黙れ!! これは俺の闘いだ!! 部外者は引っ込んでろ!!」
俺が叫ぶと、声は聞こえなくなった。それを見て昼山が怪訝な顔を浮かべる。
「突然どうした?」
「気にするな。ただの独り言だ……!!」
昼山にとっては何故俺が叫んだのかサッパリだろう。どんな力か知らないが、この手の誘惑に乗るのはろくな結末にならないと相場が決まっている。昼山を倒すのは俺の力だけで十分だ。それに秘策もある。
俺がこの闘いで使用したスキルは【怪力】と【氷結】のみ。他のスキルは条件を満たしていないので使えない――ただ一つのスキルを除いて。ここまで俺が敢えて使わずに温存しているスキルがある。それは【入替】だ。
これは俺が〝パワーを上げるスキル〟と〝氷を生成するスキル〟しか使えないと昼山に思い込ませる為の作戦である。まさかここまで追い込まれておきながら、他にもスキルを隠し持っているとは昼山も思わないだろう。
あのクマは昼山の【守護霊】によって呼び出されたもの。つまり昼山を倒すことができれば、クマも連鎖的に消滅するはず。ならば先に倒すべきは昼山だ。【入替】で瞬時に昼山の背後に回り【怪力】で強化した拳を炸裂させれば――
と、普通は考えるだろう。もし俺が奥の手を隠し持っていることを昼山が想定していたとしたら……? 昼山の戦闘センスを考えると、たとえ初見のスキルでも対処してくる可能性が高い。普通では駄目だ。裏の裏をかくぐらいじゃないと、昼山には勝てない。
「……いくぞ、昼山」
俺は昼山に向けて突っ走る。チャンスは一度きりだ。
「まだ諦めないか。ならば仕方ない、返り討ちにしてやろう」
昼山とクマが俺を待ち構える。ギリギリまで注意を引きつけて――ここだ、スキル【入替】!! 俺は昼山の視界から姿を消した。
「消え……!?」
昼山が素早く背後を振り向く。俺がスキルで背後に移動したと一瞬で判断したか。流石だと言いたいが、そこに俺の姿はない。俺がいたのは、クマの背後だった。クマの後ろにあったランニングマシンと俺の位置を入れ替えたのである。
ありきたりな手では読まれてしまうと考えた俺は、先にクマに狙いを定めた。実際今のは昼山を狙っていたら確実に失敗していた。最も厄介なのは昼山とクマの連携だ。クマを倒せばその連携も崩れ、一気に形勢が逆転する。
完全に昼山の盲点を突いた。俺は【怪力】を発動し、クマの背中に渾身の拳を放つ。もらった!!
だがその瞬間、俺は自分の目を疑った。なんと昼山がクマを左肩で突き飛ばし、代わりに俺の拳を喰らったのである。
「がはっ!!」
昼山は派手に吹き飛び、壁に激突した。なんという反応速度。いやそれ以上に驚いたのは、昼山が自らクマの盾となったことだ。
「ぐふっ……良い拳だ……今のは効いたぞ……!!」
血を吐きながら、昼山は起き上がる。やはり戦闘不能とまではいかなかったが、図らずも昼山に大ダメージを叩き込むことができた。しかし解せない。
「お前、どうしてそんな真似を……!?」
「愚問だな。ワンは俺の家族も同然。家族を守るのは当たり前だろう……!!」
ただスキルで呼び出しただけの関係ではないとは感じていたが、どうやら俺が思っている以上に昼山とクマは固い絆で結ばれているようだ。
『ガウアアアアア!!』
昼山を傷つけられた怒りで、クマが激しく吠える。
「気にするな、ワン。今のは奴が一枚上手だった、それだけだ」
昼山はクマを宥めるように、その背中を撫でた。
「一つ、聞いていいか?」
「……何だ?」
「どうしてお前はこんな組織に……ニーベルングに入った? 闘ってみて分かった、お前は向井のような悪党の下につくほど愚かな奴じゃない。本当にお前は、心から向井に忠誠を誓っているのか?」
季節の変わり目に弱いのでこの時期はかなりしんどいです……。






