利用価値
兵藤との闘いを制し、子供達の救出に成功した春香だが、これで全てが終わったわけではない。秋人と真冬は今どういう状況なのか。もしかしたらこのビルのどこかで誰かと闘っている最中かもしれない。そしてなにより、千夏は無事なのか。
「みんなはここに居て! 私が戻ってくるまで絶対出ちゃ駄目よ!」
そう子供達に言い残し、春香は図書室を飛び出した。だがこの直後、事態は急転することになる……。
☆
――ニーベルングビル二階・管制室――
この場で繰り広げられていた真冬と広瀬の闘いにも、ついに終止符が打たれた。
「嘘……でしょ……こんな……ことが……!!」
瀕死の状態で床に這いつくばっていたのは――広瀬であった。【分身】のスキルで生成した分身は全て消滅し、もう新たな分身を生成する力も残っていなかった。
「……私の勝ち」
真冬がそう口にする。全ての分身を消滅させ、広瀬を瀕死に追い込んだのは、紛れもなく真冬本人であった。
「どういう……こと……貴女のスキルは……ただ他人の記憶を読み取ること……それ以外の情報はなかった……!!」
「その力は私のスキルの一部にすぎない。参加者の中には貴女のような情報収集のスペシャリストが必ずいると思っていた。だから私は情報が渡らないように、仲間にすらスキル名もスキルの全容も明かさなかった。貴女が見たのが、私のスキルの真の力」
見事に出し抜かれた広瀬であったが、もはや感心すら覚えていた。
「ふふっ……私達が対立する……ずっと前から……情報戦は始まってたってことね……完敗よ……」
間もなく真冬のスキルの効力が切れる。それと同時に真冬は床に膝をついた。
「はあっ……はあっ……!!」
苦しげに呼吸をし、全身から多量の汗を流している。真冬のスキルはその能力をフルに引き出すと、とてつもない反動により満身創痍に陥ってしまう。自らの命を削る危険な力であり、今まで温存していたのも、それが理由の一つだ。まさに諸刃の剣であり、真冬の奥の手である。
しかしこれで終わりではない。虫の息ではあるが、広瀬はまだ生きている。真冬は立ち上がり、広瀬のもとに歩み寄る。まずは奪い返されたUSBメモリを再び奪おうと、広瀬の胸ポケットに手を入れた。
「……!!」
だがそのUSBメモリは一部が破損していた。おそらく戦闘の流れ弾で壊れてしまったのだろう。一度ノートパソコンに接続して中身を見てはいたが、その一瞬で全てを記憶できるほど真冬の記憶力は飛び抜けていない。果たして復元できるかどうか。
それから真冬は、しばらく床に横たわる広瀬を見下ろしていた。他の参加者を脱落させて最後まで生き残ること、それが転生杯のルールだ。脱落させる、それは即ち殺すことに他ならない。
「さあ……早くやりなさいよ……」
「……言われるまでもない」
広瀬も転生杯の参加者である以上、ここで殺さなければならない。真冬は広瀬が使っていたナイフを拾い上げ、握りしめる。あとはこれを勢いよく振り下ろすだけで、広瀬は絶命するだろう。
その瞬間、真冬の脳内で広瀬の顔が沢渡と重なった。あの時、真冬は沢渡を殺すことができず、結果的に秋人が沢渡を殺して復讐を遂げる形となった。もう同じ撤を踏むわけにはいかない。頭の中では分かっているのだが――
「躊躇ってるようね……貴女まだ……人を殺したことないんでしょ……」
広瀬の言う通りである。真冬は秋人や春香のように、誰かの命を奪うことをそう簡単に割り切ることなどできなかった。真冬はナイフを握りしめたまま、固まってしまう。真冬の優しさが、ここでも障害となっていた。
ふと、真冬に一つの考えが浮かぶ。真冬のスキルには他者の記憶を読み取る力がある。転生杯参加者の情報を集めていた広瀬の記憶を読み取れば、その情報が手に入るのではないか。USBメモリに期待できなくなった以上、広瀬の記憶には十分な価値がある。
ただし先程の反動がまだ続いており、今はスキルを発動できないので、この場で広瀬の記憶を読み取ることはできない。参加者の情報を手に入れるためにも、今すぐ広瀬を殺すのは早計だろう。それに広瀬のスキルは有用だ。秋人に差し出して【略奪】で奪ってもらうのも悪くない。
「……貴女はまだ生かしておく。貴女には利用価値があるから」
ナイフを持った手を静かに下ろしながら、真冬は言った。
「利用価値ね……なんだか私を殺さない為の……言い訳に聞こえるけど……?」
「…………」
真冬は否定も肯定もしなかった。
それより皆のことが気掛かりだ。真冬は秋人と春香にスマホで連絡を試みるが、どちらも繋がらなかった。二人とも電話に出られる状況ではない、つまり誰かと闘っている可能性が高い。
だが加勢に向かったところで、スキルを使えない上にまともに動けない今の状態では足手まといになるだけ。広瀬をここに置いていくのも不安が残る。よって下手に動くべきではないと真冬は判断した。千夏と子供達は秋人達が必ず助け出してくれると信じて、今は待つしかない。
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