因果応報
「もはや万策尽きたな女!! 今度こそ私の可愛い子供達の手で葬ってやろう!!」
春香の策は空振りに終わった。もはや春香に打つ手はない――そう思われた。だが、それでも春香は笑みを浮かべる。春香の勝利への自信は微塵も揺らいではいなかった。
「……何がおかしい!?」
「アンタが向井のスキルを取り込んでたのは予想外だったわ。けど残念だったわね。私の真の狙いは別にあったのよ」
「ハッ!! この期に及んでまだ強がりを――」
「どうやら随分と視野が狭まってるようね。ちゃんと周りを見てみたら? アンタの可愛い子供達、今どうなってるかしら?」
「……なっ!?」
兵藤は大きく目を見開いた。春香の〝時間を10年進める力〟は、室内の空気に触れる全ての物体・生物に適用される。それは当然、兵藤の操り人形と化していた子供達も含まれる。つまり子供達の身体は10年分成長したのである。
「これって……!?」
「急に身体が大きくなった……!!」
「ていうか私達、ここで何を……!?」
困惑する子供達。急激な身体の成長と経年劣化によって衣服も破け、全員が裸になっている。そして最も注目すべきは、兵藤の【洗脳】が解けて皆が自意識を取り戻していたことだ。
「あら、いつの間にか皆の洗脳が解けてるわね。どうしてかしら? あーそっか! アンタの【洗脳】は対象の自我が発達しているほど効き目が弱くなるんだったわね!」
わざとらしく手を叩く春香。今の子供達は20歳前後であり、自我が十分に発達している年齢である。子供達を成長させて兵藤の【洗脳】から解放すること、それが春香の真の狙いであった。
「よくも私の愛しい実験道具を……こんな醜い姿に……!!」
形勢は完全に逆転した。子供達を闘わせることも、人質として使うことも、もはや叶わない。兵藤は完全に孤立してしまった。
「みんな!! もうあんな奴の言うことを聞く必要なんてないわ!! みんなを散々苦しめてきたあの男に、今こそ復讐を果たす時よ!!」
春香の決起の声で、子供達は鋭く兵藤を睨みつける。これまで子供達には年齢的に十分な意思能力が備わっておらず、ただ虐げられるしかなかった。だが急成長を遂げた今の子供達は違う。何が正しくて何が間違っているのか、自分で判断する意思能力がある。そして兵藤は、明らかに間違っている側の人間だ。
「兵藤さん……いや兵藤……!!」
「私達がどれだけ苦しい思いをしてきたか……!!」
「絶対に許さねえ……!!」
兵藤の顔が絶望に染まっていく。子供達が自分に何をしようとしているのか理解したからだ。
「待て待て待て待て!! 今まで誰がお前達を育ててやったと思っている!? 私はお前達の父親も同然なんだぞ!! 恩を仇で返すつもりかあ!!」
もはや兵藤の言葉など誰にも届かない。子供達は怒りと憎しみを糧に各々のスキルを発動する。ある子供は【火炎】を、ある子供は【光線】を、ある子供は【念力】を。どれも兵藤が強引に取り込ませたスキルである。
「そういえばアンタは【無効】のスキルを使えるんだったわね。でもこれだけのスキルを全て無力化するのは厳しいんじゃない?」
「や……やめろ……やめっ――ぎゃああああああああああーーーーーーーーーー!!」
兵藤の悲鳴が響き渡る。数十秒後、子供達からの集中砲火を浴びた兵藤は、まるでボロ雑巾のような見るも無惨な姿と化していた。
「因果応報ってやつね。ざまぁみろよ」
床に横たわる兵藤を見下ろしながら、春香は言い捨てた。
「この……私が……こんな……ところで……嫌だ……まだ……死にたく……」
間もなく兵藤の身体は塵となり、完全に消滅したのであった。
「……はー」
安堵感からか全身から力が抜け、春香はその場に座り込んだ。最後に子供達の協力があったとはいえ、転生杯参加者との一対一の闘いで勝利したのは、春香にとって初めての経験であった。
「本当に、ありがとうございました」
「貴女のおかげで、私達は自由になれました」
「なんとお礼を言ったらいいか……」
すっかり大人の身体となった子供達は、口々に春香への感謝の言葉を述べた。
「ま、アタシが本気を出せばこんなもんよ!」
春香は立ち上がり、いつもの調子で胸を張った。
「あっ。そういえば私達、裸だった……」
「この姿だと余計に恥ずかしいかも……」
「こ、こっち見ないでよ」
皆が自分の大事なところを隠し始める。殆どの子供達が元々十歳前後であり、中身が6歳の春香と違って羞恥心が芽生えている年頃なので、女子達は特に恥ずかしいだろう。春香の目には男子達の裸も映っていたが、普段から秋人の裸を見慣れているので特に何も感じなかった。
「あの、僕達って、ずっとこの身体のままなのでしょうか……?」
「安心して。そろそろ元に戻る頃だと思うから」
春香がそう言った矢先、子供達の身体が縮み始め、元の姿に戻った。春香の〝時間を進める力〟は左手と右手の能力を掛け合わせたものであり、また左手の能力は一時的なものなので、その法則が適用されたのである。
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