千夏vs向井
千夏は【氷結】を発動し、無数の氷塊を放つ。だがやはり向井の【無効】によって防がれてしまう。
「馬鹿が!! 私には通用しないと何度言えば――」
千夏は【氷結】を維持しつつ同時に【剣製】を発動し、一本の剣を放った。
「何っ……!?」
向井は瞬時に横に跳び、辛うじて剣を回避した。これまでの向井からは考えられない行動である。
「おや、どうして【無効】で防がなかったのでしょうか? それとも防ぎたくても防げなかったのでしょうか?」
「くっ……貴様……!!」
「そう。貴方の【無効】は同時に二つ以上の事象を無力化することができない。それが弱点です」
千夏の言う通りであった。今のは【無効】で【氷結】による攻撃を無力化している最中だったので【剣製】にまで無力化が及ばなかったのである。
よって複数のスキルを同時に発動できる千夏は、向井にとってまさに天敵。向井が秋人との闘いを昼山に委ねたのも、複数のスキルを所有する秋人を警戒していたからだ。もっとも秋人の場合は同時に発動できないので杞憂ではあったが。
とはいえ転生杯参加者が使えるスキルは基本的に一つだけ。千夏や秋人のようなケースは滅多にない。向井が最も危惧していたのは、複数人を相手にする状況であった。複数人から同時に攻撃されたら【無効】では対処できないからだ。
「確かに一対一の闘いにおいては貴方は無敵かもしれません。ですが多対一となったら話は別。それを怖れた貴方は安全な場所に引き籠もり、代わりに子供達にスキルを与えて闘いの道具にした。まさに臆病者ですね」
「黙れ!!」
向井は逆上しながら【剣製】を発動して無数の剣を生成し、一斉に投射した。
千夏は余裕の表情で【氷結】を発動し、巨大な氷壁を作り出して剣から身を守った。その規模は、秋人のスキル因子を取り込むことで得ていた時とは比べものにならない。
「所詮はイレギュラーな手段で得た紛い物のスキル。大したことありませんね」
「ぐっ……!!」
向井の表情に焦燥が見え始める。一度目の闘いとは立場が完全に逆転していた。
「いい顔ですね。もっともっと苦しませてあげましょう。この私を殺したことを後悔するほどに……!!」
まるでこの闘いを楽しんでいるかのように、千夏は口元を歪めていた。
☆
生前の兵藤は生物学の研究員であり、後に小学校教師に転職した。表向きは温厚な性格ながら子供達と真摯に向き合う理想的な先生で、保護者からの評判は非常に良かった。
しかし裏では放課後に気に入った生徒を空き教室に連れ込んで暴力を振るうという、最悪の教師であった。それが兵藤にとって最大の快楽となっていた。
だがそれは突然終わりを告げる。ある日、複数の警察官が兵藤のもとを訪れた。兵藤の所業がバレたのである。一体どこから漏れたのか。子供達には絶対に告げ口しないよう教育していたはず――
その場から逃走する兵藤。追いかける警察官。兵藤は逃げることに必死になるあまり、自分が道路に飛び出したことも、トラックが迫っていることにも気付かなかった。
死の間際に兵藤は酷く嘆いた。ああ、もっともっと子供達をいたぶりたかった。まだ全然心が満たされていない。もし生まれ変わることがあったら、次はもっと上手くやろう、と。
――ニーベルングビル十三階・図書室――
荒れ果てた室内の中、春香と兵藤の闘いは依然として続いている。兵藤は【洗脳】のスキルで子供(実験体23番)を操ってレーザーを乱発し、春香は【逆行】のスキルで生み出した壁でひたすらそれを凌いでいた。
「ううっ……!!」
だが程なくしてその子供は動かなくなり、床に倒れてしまう。スキル発動の負荷により肉体がとっくに限界を超えていたにもかかわらず、強引に操って闘わせていたからだ。
「ちっ、この能なしが。もういい邪魔だ!」
兵藤はその子供の首を掴んで激しく壁に叩きつけた。春香はますます怒りを募らせる。
「そんなことをして……アンタの心は痛まないの!?」
「これっぽっちも痛まないなあ! 言っただろ? 私は子供をいたぶるのが大好きなんだよお!!」
掌に爪が深くほど春香は拳を握りしめる。だが子供達の命を兵藤に握られている以上、不用意に動けない。
「まあいい、代わりはいくらでもいるからな。おい、実験体58番。次はお前だ」
「……はい」
別の子供が生気のない目で頷き、兵藤の前に立った。この子供も動けなくなるまで使い潰すつもりなのだろう。
「お前が展開する透明な壁……確か〝逆行壁〟とか言ったか。あれはお前のスキルを応用したもので、壁を通過した物質・物体の時間を強制的に巻き戻す、そんなところだろう。それでお前はレーザーを打ち消してたわけだ」
「……どうかしらね」
兵藤の読みは的中していた。他者にスキルを付与する方法を発見しただけあって、その洞察力は馬鹿にできないようだ。
「厄介だが、攻略法はある。例えばこんな攻撃はどうだ?」
子供が右手を前にかざす。何か仕掛ける気だ。春香は逆行壁を展開する。直後、床に散らばっていた無数の本が独りでに動き出し、空中を浮遊し始めた。
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