蘇りし魂
「何だ……!?」
明らかに何かが起ころうとしている。何者かのスキルによる現象だろうか。やがてその渦の中心から黒い光が放たれ、向井の目の前に降り注いだ。
「何だ……何が起きている……!?」
雷鳴のような轟音と共に、激しい突風が吹き荒れる。向井は目を眩ませながらも、その光の中に立つ一人の人物の影像を捉えた。
間もなく向井の右腕の痣が赤く光り出す。間違いない、あれは転生杯の参加者だ。先程殺した女の仲間か? それとも全く別の勢力の人間か? 様々な憶測が向井の脳内で交錯する。
「何者だ!!」
思わず向井は叫んだ。間もなく光が収束し、その人物の姿が顕現した。
「ば……馬鹿な……!!」
かつてのないほどの衝撃が向井を襲った。その人物の正体――それはたった今落下死したはずの千夏だった。雰囲気こそ違うが、間違いなく同一人物である。
動揺しながらも向井は屋上の端に戻り、再び地上を見下ろした。間違いなくそこには千夏の死体がある。その千夏が何故、向井の目の前にいるのか。
「まさ……か……!!」
一度死んだ千夏。痣の反応。この二つから、向井は一つの結論を導き出した。
千夏は静かに自らの右腕を胸の前に上げる。そこには〝100〟の痣が煌々と輝いていた。そう、千夏は100番目の参加者として選ばれたのである。
「……ハハッ。ハハハハハ!!」
全てを理解した向井は、高らかに笑い声を上げた。
「支配人も粋なことをする!! まさかお前が転生杯の、しかも100番目の参加者として蘇るとはな!! 最後の参加者の出現に立ち会えるなんて光栄だよ!!」
興奮状態の向井を余所に、千夏は氷のような目で向井を見据えていた。
「……そう。貴方に殺された私は、その悲しみを糧に蘇りました。貴方をこの手で……殺すために」
その瞬間、向井に戦慄が迸った。生前の千夏は一度として誰かに殺意を向けたことなどなかった。向井と闘っていた時も、決して相手を殺そうとはしなかった。
その千夏が今、はっきり〝殺す〟と口にした。向井がマルチプルに選ばれた代償として生前の記憶を失ったのと同様、千夏は生前の人格を失ってしまったと思われる。
だが向井が気後れすることはない。たとえ相手が誰であろうと、向井には自分が敗北することなど有り得ないという絶対的な自信があった。
「この私を殺す、だと? 私と同じステージに立った程度で、随分いい気になっているようだな。無敵のスキルを持つ私を殺す手段などありはしない。あれほど思い知らせてやったというのに、まだ分からないのか?」
「戯れ言なら今の内に聞いてあげましょう。死んだ後では遅いですからね」
妖しく微笑みながら、千夏が言った。
「ほう、言うようになったではないか。いいだろう、相手になってやる。蘇ったばかりの命をすぐに捨てようとは、まったく愚かな女だ。私に二度も殺されたという屈辱を抱きながら、今度こそあの世へ逝くがいい」
千夏と向井。両者の二度目の闘いが始まろうとした。
「知っているか? 10の倍数の痣を持つ者はマルチプルと呼ばれ、一段と強力なスキルが与えられるという。私は10、お前は100。つまりこれはマルチプル同士の闘いというわけだ。最初のマルチプルである私と、最後のマルチプルであるお前、どちらが上か楽しみではないか」
「興味ありませんね。私は貴方を殺す……それだけです」
先に動いたのは千夏。千夏は無数の氷塊を生成し、向井に放つ。だが向井の【無効】によって全て弾かれてしまった。
「ふん。何を見せてくれるのかと期待したら、死ぬ前と同じことを繰り返しているだけではないか。あまり私を失望させないでくれよ?」
「……これを見た後でもそう言えますか?」
続いて千夏が生成したのは――無数の剣。これには向井も驚きを隠せなかった。
「馬鹿な、何故お前がそのスキルを使える……!?」
千夏が発動したスキルは、向井が使っている【剣製】と同じものであった。しかし他者のスキルを取り込むにはその所有者の血が必要となるので、本来なら千夏が使えるはずがない。考えられるとすれば一つだ。
「……そうか。それがお前のスキルというわけか」
「ええ。私のスキルは【再現】。これまで私が認識したスキルを私のスキルとして再現できるのです」
それは生前の千夏が認識したスキルも含まれる。よって秋人の【氷結】は勿論のこと、向井が取り込んだ【剣製】も使うことができる。千夏は全ての剣を一斉に投擲した。
「なるほど。マルチプルに相応しい強力なスキルだ。だが!」
再び向井の【無効】が発動し、全ての剣を弾き飛ばした。
「どれほど強力なスキルだろうと私には通用しない! 私は無敵だ!!」
「無敵? 貴方は無敵などではありません。貴方のスキルには決定的な弱点がある。違いますか?」
千夏の発言で、一瞬向井に動揺が走る。
「……はっ、面白いことを言う。私の【無効】に弱点など存在しない!」
「無理して虚勢を張らなくてもいいですよ。今それを証明してあげましょう」
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