時限式ウイルス
こうしている間にも、時限爆弾のタイムリミットが迫ってくる。既に残り一分を切っていた。部屋に閉じ込められている以上、時限爆弾を止めなければ真冬は爆発に巻き込まれてしまう。
『はあ、さっきから同じことの繰り返し。なんだか拍子抜けね。私の見込み違いだったのかしら』
スピーカーから広瀬の気だるい声が聞こえてくる。実際に時限爆弾が起動してからの四分間、真冬はただ除去されると分かっているウイルスを送り込んでいるだった。端から見れば悪足掻きでしかない。
『もう少し楽しませてくれると思ったのに、ガッカリだわ。こんなことならさっさと爆破させておけばよかったかも』
「……ちょっと静かにしてくれる?」
『あらごめんなさい。だけどもう諦めた方がいいんじゃない?』
残り40秒。30秒。そして20秒を切った時――とうとう真冬は手を止めてしまう。その様子を管制室から見ていた広瀬は、自身の勝利を確信した。
『勝負ありみたいね。残念だけど貴女とはここでお別れよ。さようなら、東雲真冬さん』
真冬は静かに立ち上がり、スピーカーの方に目を向けた。
「ん、勝負あり。ただし勝ったのは私」
『は? 何を言って……え!?』
広瀬が驚愕の声を上げた。いつの間にか時限爆弾が、残り15秒の時点で停止していたのである。
『嘘でしょ!? どういうこと!?』
「簡単な話。セキュリティプログラムが破壊されたから、コンピュータをハッキングして時限爆弾を止めた。ただそれだけ」
『そんなはずないわ!! 外部からのウイルスは全て除去したはず!! セキュリティが突破されるはずは――』
何かに気付いたように、広瀬の声が途切れる。
『まさか、内部から……!?』
「流石、察しが早い。先日ここのコンピュータをハッキングした際、その内部に時限式のウイルスを潜り込ませておいた。それが今になって発動した」
奇しくも広瀬が時限式の爆弾を用意していたのに対し、真冬は時限式のウイルスを仕掛けていたのである。
『貴女が無駄だと分かっていながらもウイルスを送り込んでいたのは、私の注意を時限式ウイルスから逸らすため……!?』
「そういうこと」
『だけど時限式ウイルスが発動するタイミングは後から変更できなかったはず!! まさか貴女はこの状況を全て予測していたというの!?』
「未来が視えるわけでもないのに、そんなの無理。私の運が良かったというだけ。ただ貴女がセキュリティを強化してこちらのハッキングを封じてくることは予測できたから、そこを利用させてもらった」
真冬が仕掛けた時限式ウイルスは、セキュリティプログラムの実行に反応して起動する仕組みになっていた。つまり広瀬はセキュリティを強化したことで、自ら時限式ウイルスのスイッチを押してしまったのである。とはいえ時限爆弾のタイムリミット内にウイルスが発動したのは、真冬の運が良かったと言えるだろう。
「貴女の敗因は二つ。一つ目は、私達を罠に嵌める為に敢えてセキュリティを甘くしていたこと。おかげで簡単に時限式ウイルスを仕掛けることができた。二つ目は、私との勝負に拘ったこと。普段の貴女なら時限式ウイルスの存在にも気付けたかもしれない。だけど貴女は勝負に熱中するあまり、ウイルスが発動するまで気付けなかった」
『くっ……こんなことが……!!』
敗北感を味わっているのか、しばらくスピーカーが沈黙する。
「貴女のコンピュータ技術は大したもの。だけど私の方が一枚上手だった。勝負は私の勝ち。約束通り、私をこの部屋から出して」
『……ふっ。くくっ……あははははは!!』
突然、広瀬の狂ったような笑い声が響いた。
「何がおかしいの?」
『認めるわ!! コンピュータ技術も、頭脳も、貴女の方が私より優れてるってこと!! でもね、最後に笑うのは私よ!!』
「……なっ!?」
真冬は大きく目を見開いた。停止したはずの時限爆弾が再起動したからだ。
『残念だったわね!! その時限爆弾は不正アクセスを検知すると強制的に起動するようプログラムされていたのよ!!』
「そんな……話が違う!!」
『これも全ては向井様のため!! 貴女にはここで確実に死んでもらうわ!!』
爆発まで残り5秒。もはやハッキングも間に合わない。真冬はできるだけ爆弾から離れようと部屋の奥へ逃げる。
『無駄よ!! 言ったでしょう、半径十メートルは木っ端微塵だって!! さようなら東雲真冬!!』
3……2……1……0。時限爆弾が起爆した。
『あははははは!! ははははは……はは……は!?』
相変わらずスピーカーからは広瀬の声が響いている。そう、スピーカーが無事ということは、そこまで甚大な被害ではなかったということ。爆発の威力は広瀬の想定よりも遙かに低く、ただ部屋の壁の一部を破壊した程度であった。当然、真冬も無事である。
『どういうこと!? 爆発の威力は最大に設定していたはず……!!』
「貴女がこういう卑怯な手に出ることも想定して、時限爆弾を停止させるのと同時に爆発の威力も調整しておいた」
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