3つの理由
「へえ、良いスキルだな。是非ともお前の血もいただきたいものだ」
相変わらず兵藤は椅子に座ったまま、悠長に春香と子供の闘いを眺めている。春香は兵藤を鋭く睨みつけた。
「その子にも、他の子供達にも、無理矢理スキルを取り込ませたの!?」
「ああ。この実験体23番に取り込ませたスキルは、確か【光線】だったな。シンプルだが強力なスキルだ。能なしにはぴったりのスキルだと思わないか?」
これも他の転生杯参加者の血から採取したスキルなのだろう。兵藤が喋っている間も、子供のレーザー攻撃は続く。〝逆行壁〟の持続時間はそれほど長くないため、春香は次々と〝逆行壁〟を展開して攻撃を凌ぐ。
今のところなんとか無傷で済んでいるが、春香にも反撃の手立てがない。子供達の命が兵藤の手中にある以上、下手な動きをすれば子供達が危ないからだ。今の春香は防戦に回るしかなかった。
「ふっ。いつまで耐えられるか見物だな……」
すると突然、子供が攻撃を中断した。兵藤が洗脳を解いたわけではない。スキルの発動は一般人の肉体には負担が大きすぎるため、限界が来たのだろう。その子供は苦しげな顔でうずくまっていた。
「おいおい……なに勝手に休んでんだ? もっと働けよ能なしが!!」
兵藤は椅子から立ち上がり、子供の身体を蹴り飛ばした。だが兵藤の【洗脳】で操られている状態のため、悲鳴や泣き声を上げることもない。それを見て春香はますます怒りを露わにした。
「どうして……どうしてそんな……!!」
「んん?」
「監禁して!! 道具のように扱って!! 傷つけて!! どうして子供達にそんな酷いことをするのよ!!」
「……どうして、か」
兵藤はわざとらしく考える素振りを見せた後、右手の指を三本立てた。
「理由は三つある。一つ目、私の【洗脳】は対象の自我が発達しているほど効き目が弱くなってしまう。つまり発達段階の子供に使うのが一番効果的だ。二つ目、子供は馬鹿だから扱いやすい。なまじ知識や知恵があると反逆されかねないからな。そして三つ目、これが最も重要なんだが……」
兵藤はヌルリと舌を出して、言った。
「私はね。小さい子供をいたぶるのが、大大大大だぁい好きなんだよ……」
「……!!」
春香にかつてないほどの悪寒が走る。
「子供を痛めつける度に!! 子供が悲鳴を上げる度に!! 私の全身に快感が迸る!! 私はもう子供をいたぶらないと生きられない身体になってしまったんだよ!! 生きる為なんだから何をやっても許されるよなあ!!」
春香は今、ハッキリと理解した。こいつはもう救いようがない。ここで殺さなくては駄目だ、と。
☆
――ニーベルングビル屋上――
千夏は【氷結】のスキルで生成した氷塊を向井に次々と放つ。千夏にスキルが発現したのは幸運だったが、その一方で二つの不運に見舞われていた。
一つ目は発現したスキルが【氷結】のみだったということ。つまり【怪力】【入替】といった秋人の他のスキルは使うことができない。とは言えいくつもスキルが発現していたら逆に千夏の命が危なかったので、ある意味幸運ではあったが。
二つ目は千夏の【氷結】が秋人のよりも威力が格段に低いこと。向井が秋人に話していたように、この方法で得たスキルはオリジナルよりも劣化してしまうためだ。
だが威力が高かろうが低かろうが、向井には関係ない。スキル【無効】によって、千夏の攻撃は全て弾かれていた。
「はあっ……はあっ……!!」
その上、早くも千夏の息が上がり始めていた。やはりスキルは一般人の肉体には負荷が大きい。元々体力があまりない千夏なら尚更だ。
「おや、もう限界か? 無理もない、我々の実験道具ですらスキルの負荷にある程度耐えられるよう、肉体を鍛えさせているからな。果たしてお前はどのくらい保つかな?」
「まだ……です……!!」
千夏は歯を食いしばり、氷塊による攻撃を続ける。依然として向井には届かないが、それでも千夏は僅かな勝機を見出していた。
「よく頑張るものだ。しかし困ったな。考えてみれば、私には反撃する手段がない……」
そう、向井の【無効】は完全な防御特化型スキル。防御に関しては無敵だが、攻撃に関しては何の能力もない。
おそらく向井も無限に攻撃を無力化できるわけではない。攻撃を続ければ、いずれ向井にも限界が来るはずだと千夏は考えていた。だが――
「……とでも言うと思ったか?」
向井の周囲の虚空に、数多の剣が出現した。千夏は驚愕の表情を浮かべる。
「それ……は……!!」
「何を驚いている? 最初にスキルを取り込む方法を確立させたのは我々だ。ならば私がそれを活用するのは不思議ではないだろう?」
千夏は炎丸が消滅した映像を見ていないので知る由もないが、これは炎丸を殺した子供が使っていたスキルと同一のものである。それを向井も取り込んでいたのだ。
「このスキル名は【剣製】。見ての通り無数の剣を生み出すスキルだ。私の【無効】とは正反対の攻撃特化型スキル、それ故に相性は抜群だ。なによりノーモーションで発動できるのがいい。私に相応しいスキルだ」
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